2 騎士団長
「聖女、様……?」
騎士団長であるセルは、リリアの方を見上げて見つめている。
(いやいやいや、しっかり目があってるんだけど!しかもどうして私ってわかったの?私、変身魔法で青年に化けてるのに!)
リリアは万が一の時のために、変身魔法で男の姿に化けていた。金髪にトルマリン色の瞳、少し華奢だが男の体格をしている。
「は、はい?何を言っているんだ?どうみても、聖女ではなくただの青年だろ」
リリアは慌てて男っぽい口調をしてみるが、慌てたせいで声がうわずってしまう。そんなリリアを見ながら、セルは目を細めた。
「いや、魔力が確実に聖女様です。男に化けてこんなところで何してるんですか?って、酒臭いな」
セルは急に顔を顰めてリリアが手に持っている酒瓶を見た。
(うっ、飲酒してることがバレちゃった。って、その前になんで私の魔力がわかったの?完全に隠してるはずなのに……結界が解かれてしまったせい?)
「ま、魔力って、そんな、何かの間違いだ。わ、……俺は、聖女なんかじゃ無い」
「……へえ、そうですか。とりあえず、そんな所にいないで下に降りてきてくださいませんかね」
圧の強い低い声で言われてしまえば、嫌とは言えない。リリアはセルのこういうところが苦手だった。相手に有無を言わせないような低く強い声。普段なら良い声だと思えるけれど、話し合いなどの時にこれを出されると誰もセルに太刀打ちできないのだ。
リリアが仕方なく木から飛び降りてセルの目の前に立つと、セルはズイッと顔を近づけてきた。
(ちょっと待って!近い近い近い近い近い!)
セルの気だるげな垂れ目が目の前にある。ルビー色のその瞳の奥には何かギラついたものを感じて、まるで獣に捉えられた獲物の気分だ。しかも、セルの顔はなぜかどんどん近づいてくる。そして、いつの間にか今にもキスしてしまいそうな距離になっていた。
(ま、待って、何?なんで!?)
リリアは慌てて後ずさろうとするが、セルの腕がリリアの腰に回って動きを封じ込めてしまった。
「な、何をするんだよ、俺は男なのに……!」
「それが何か?この国は同性同士の恋愛も結婚も自由に認めています。俺が聖女様、……ああ、君は聖女様じゃ無いんだったか?とにかく、君にキスしたいと思ってもおかしくも何とも無いだろう。君は随分と魅力的な見た目をしている。俺の好みだ、だからキスがしたい」
そう言って、不敵に微笑む。その笑みがあまりにも色っぽくて、リリアは思わず心臓が高鳴った。
(いや、セルにドキドキするなんてあり得ない!っていうか、セルって男が好きなの?初耳なんだけど、……って、近すぎる!)
「さあ、どうする?正体を白状しなければこのまま君にキスをする。とびきり甘くてドロドロに溶けてしまうようなキスだ。それが嫌なら、正体を明かすんだな」
そう言ってセルはリリアの後頭部にもう片方の手を回した。もう、絶対に逃げられない。リリアは絶体絶命の状況に、白旗を上げるしかなかった。
「……!白状、白状しますから!手を離して!」
「フッ、俺はこのままキスしてもよかったんですが、仕方がないですね」
そう言って、セルはリリアから手を離して距離をとる。リリアは大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。
「それで、聖女様。そんな格好で、ステルス魔法までかけて、どうしてここで酒なんか飲んでるんですか」
セルは腕を組んで少し呆れたような口調でリリアに言う。リリアは、しゃがみ込んだまま顔を真っ赤にしながらセルを見上げて唸った。