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18 お茶会と嫌がらせ

 この日、リリアは有力貴族の令嬢たちのお茶会に招かれていた。庭園の中にある広めのガゼボに、リリアを含めた複数の令嬢たちが集まっている。


 リリアは貴族出身ではない。だが、聖女の生い立ちについては徹底的にシークレットとされており、貴族出身かどうかわからずとも「聖女」という肩書だけでリリアをお茶会にさそったり夜会に招いたりする貴族は多い。


「リリア様、こちらの茶葉はリリア様がいらっしゃるということで特別に取り寄せたのですよ。リリア様のお口に合うかどうか……」


 お茶会の主催者であるオリビア・マギウス公爵令嬢がにこやかに言ってお茶をすすめる。オリビアも他の貴族たちと同じように、リリアが聖女だというだけでリリアに近づき、お茶会に誘ってきた一人だ。


「わざわざお取り寄せいただき、ありがとうございます。香りも良く味もまろやかで、とても美味しいです」


 お茶を飲んでからリリアがいつものように完璧な笑顔で微笑むと、同席していた他の令嬢たちは、その美しさに思わずほうっと感嘆のため息をつく。だが、すぐにオリビアの様子をうかがって視線をそらし、小さく咳ばらいをした。


「まあ、それならよかった。……あらやだ、リリア様にお出ししたお茶だけ、街中で買ってきた安い茶葉でしたわ。ごめんなさい、気が付かなくて。すぐに取り換えさせますわね。ああでも、リリア様はそんなお茶でも美味しいとおっしゃっているので、このままでも構いませんかしら」

「リリア様、街中の安い茶葉を高い茶葉と勘違いして美味しいと思ったんですか?」

「まあ、リリア様は庶民の味に慣れてらっしゃるのね。リリア様の出生はシークレットとされていますけれど、もしかして庶民の出なのかしら。だとしたら、安いお茶でも美味しいと思ってしまうのも仕方ないですわね」

「おやめなさいな、これでもこの国のれっきとした聖女様なのよ。そんな失礼なこと言ってはいけないわ」


 オリビアを筆頭に、その場のご令嬢たちが口々にそう言ってクスクスと笑い合っている。


(ああ、また始まった)


 リリアは心の中で小さくあきれたようにため息をつく。


 太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女リリアは、清楚で見た目も中身も美しく、国中の多くの国民に愛され、誰もが羨む憧れの存在だ。


 長いこと聖女が現れなかったこの国では、久々の聖女の登場に国自体が色めき立ち、国を挙げて「聖女」という存在を神格化している。そして、それに応えるかのように、リリアはずっと完璧な聖女を演じ続けているのだ。


 そんなリリアを、中にはよく思わない貴族もいる。聖女というだけで敬られ、特別視されているように見えてしまうのだ。聖女にもきちんと役割があり、リリアは聖女としての仕事をこなしている。だが、聖女の仕事を良く知ろうともせず、ただ「聖女」だから特別扱いされていると決めつけ、リリアへ嫌がらせしようとする貴族や令嬢がいるのだ。


 ミステリアスな方が神格化されやすいのだと、リリアの生い立ちは国で徹底的に隠されているのだが、だからこそそこを逆手にとって揚げ足をとりたがる。


(私が嫌がらせされていると国に訴えればこんな人たちひとたまりもないだろうけど、清廉潔白な聖女の私はイメージを保つためにそんなことできないとわかった上でみんな嫌がらせしてくる)


 それに、国に訴えたところで、相手が有力貴族の場合は簡単に解決することもできないのだ。国としても力を持つ貴族との関係性は良くしておきたい、だから少しのことは目を瞑っておけと言われてしまうに決まっている。


(どうしていちいち他人にイラついたりやっかんだりするんだろう。自分自身に集中していたら他人のことなんてどうでもいいってなりそうなんだけど。みんな暇なのかな?嫌がらせする労力だって時間を取るだろうし……そんなことに自分の時間とエネルギーを使うなんて無駄だし勿体ないと思うのだけど、みんなにとってはそうではないんだろうな。理解に苦しむ)


 ふう、とリリアは小さく深呼吸して、にっこりと笑顔をつくった。


「街中で買ったお茶だったのですね。それでも、とても美味しいと思えます。どんな茶葉であろうと、そこには生産者さんたちの思いが、労力がこもっているんです。それを思えば、より一層美味しいと感じられるのは当たり前なのではないでしょうか。そんな大事なことを忘れることなく、常にそう思える聖女でありたいと、私は思っています」


 ゆっくりとした口調で優しく、だが力のこもった強い瞳をオリビアたちに向けてリリアは完璧な微笑を浮かべた。それはまるで、その場一帯が清浄化してしまったのではないかと思えてしまうほどの美しさと清らかさだった。


「……っ!」


 オリビアも、他の令嬢も誰一人なにも言えない。そんなオリビアたちを見ながら、リリアはそろそろこの場から立ち去るべきかなと思っていたその時。


「リリア」


 ふと声が聞こえた後ろを見ると、そこにはなぜかセルがいる。


「セル?どうしてここに?お仕事中なのでは?」


 リリアが驚いて尋ると、セルはほんの少し口角をあげてリリアへ近づき手を差し伸べる。


「リリアがお茶会に参加していると聞いて、迎えにきたんだ。そろそろ頃合いかと思ってね。オリビア嬢、申し訳ないがうちの聖女様は忙しい方なので、そろそろお返しいただきますよ」

「えっ、あっ、はい……」


 突然の騎士団長の訪問に、オリビアを含めたその場の令嬢たちが唖然としている。その様子を気にすることもなく、セルはリリアを優雅にエスコートした。


(そろそろこの場から立ち去ろうと思っていた時だったから、とってもナイスタイミング!)


「大変美味しいお茶をありがとうございました。それでは、あとは皆様で楽しくお茶会を続けてください」


 リリアは笑顔でそう言ってお辞儀をすると、セルに導かれてその場を立ち去って行った。



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