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16 不思議な辺境伯

 リリアがセルに美味しいお酒を飲ませてもらってから一週間が経った。この日、二人は貴族が主体で開く会議に出席していた。


「会議に出席の皆様。会議の前に、このたび新しく加わった一員を紹介したいと思う」


 議長がそう言うと、隣に座っていた男性が静かに席を立つ。銀髪に少し切長の紫水晶色の瞳、年齢はセルより少し下だろうか。誰もが見惚れるだろうその男性は、ゆっくりとお辞儀をした。


「ガイザー・ヘインドルと申します。このたび、ヘインドル辺境伯の地位を継ぎこの会議に出席する運びとなりました。まだ若輩者ではございますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 美しく通るその声、そしてその美貌に会議中の誰もがガイザーに釘付けだった。


(すごい、こんなに美しく完璧な所作、声も耳障りの良い声だわ。前ヘインドル卿にこんな素敵な令息がいらっしゃったなんて全然知らなかった)


「前ヘインドル卿のご子息がこんなにも聡明そうな方だったとは。貴殿についての情報は全くと言っていいほど無かったので、皆驚いていますぞ」

「もともと体が弱く、成人の披露パーティーの際も体調を崩し出席できませんでした。体調が万全になり、家を継ぐまでは公の場に出さないと言うのが我が家のポリシーでしたので、こうしてご挨拶できるのがこの場となってしまい申し訳ありません」


 申し訳なさそうに微笑みを浮かべるその顔はあまりにも美しく、話しかけた議員の一人は思わず息を呑む。


「……コホン。それにしても、体が弱かったとお聞きしたが、国境の軍事を担う辺境伯の任を貴殿が問題なくこなすことができるのですかな?父上は軍人としても優れておりましたからな」


 ガイザーを試すかのように他の議員が口を開く。


「それについては、騎士団長セル殿の折り紙付きだ。そうであろう、セル殿」


 議長がそう言ってセルを見ると、セルは机にむけていた垂れ目がちな瞳をあげ、気怠げな視線を議員たちへ向けて頷いた。


「ええ、前ヘインドル卿の頼みを受けて彼を騎士団でみっちりしごきましたが、根を上げることなく最後までやり遂げました。彼の剣術、魔術は騎士団でも認めるところです」


(そうだったんですか?いつの間に……)


 リリアが驚いた顔でセルを見つめると、一瞬だけ目が合いセルは小さく微笑む。だがすぐにいつもの騎士団長の顔に戻っていた。


「騎士団長のお墨付きであれば問題ありますまい。父上もさぞ鼻が高かろう」

「これで彼も問題なく議会の一員として今後参加できますな。それでは、紹介はこのくらいにして、今回の議題についてですが……」


 議長がそう言って話を進め始める。ふと、リリアが視線に気づいてその視線の先へ目を向けると、ガイザーとばっちりと目があった。


(えっ、何……?)


 ガイザーと目があった瞬間、リリアの背筋が凍りつく。それはまるで獲物を捕らえるような、絶対に逃がさないとでも言うような視線だ。リリアが驚いて目を大きく見開くと、ガイザーは口の端をほんの少しだけあげ、すぐに視線を手元の書類へ下ろした。





「それでは、本日の会議はこれで閉会とします」


 議長が終わりを告げ、議員たちは次々に席を立ち会議室から出ていく。リリアとセルも目配せをして静かに会議室から出て廊下を歩き始めた。


「騎士団長、リリア様」


 後ろから、美しい声音で名前を呼ばれ、二人はハッとして振り返ると、そこにはガイザーがいた。


「……ヘインドル卿。どうかしましたか」

「会議や公務の場以外ではガイザーで構いませんし敬語もいりません。騎士団で鍛錬していただいた時もそう言いましたよね。会議は終わりましたし、今はガイザーと呼んでください」

「……ああ、それじゃ、そうさせてもらう。どうかしたのか?」


 セルが溜息混じりにそう聞くと、ガイザーはリリアを見てにっこりと微笑んだ。


「この国の聖女であるリリア様に、まだきちんとご挨拶をしていなかったと思いまして。リリア様、お初にお目にかかります。ガイザー・ヘインドルです。以後、お見知り置きを」


 そう言って、ガイザーはリリアの片手をそっと取り跪いて手の甲にキスを落とした。


(ただの挨拶なのはわかるけど、それにしてもガイザー様の所作が美しすぎてドキドキしてしまう……!それに)


 手の甲にキスをしてからリリアを見上げたガイザーの視線が、何か怪しいものを秘めているようでリリアはまた背筋がひんやりと冷たくなるのを感じた。


「丁寧なご挨拶をありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 不安な心を隠しながらリリアが聖女として完璧な挨拶を返すと、ガイザーは満足したように笑みを浮かべた。


「それでは、これで失礼します。また会える日を楽しみにしていますね」


 そう言ってガイザーはお辞儀をしてその場から離れていった。


(どうしてこんなに不安な気持ちになるのかしら……それに、どこかでお会いしたことがあるような気がしてならないのだけど、でも初めてお会いしたと言っていたし、気のせいなのかしら)


「リリア?」


 立ち去るガイザーの背中を不安げに見つめるリリアに、セルがそっと手を添えながら優しく声をかける。ハッとしてリリアがセルを見ると、セルは心配そうにリリアの顔を覗き込んでいた。


「……ぼうっとしてごめんなさい。そろそろ私たちも行きましょうか」

「ああ、そうだな」


 リリアが歩き出すとセルは後ろを振り返り、ガイザーの背中を目を細めて睨みつける。そしてすぐにリリアの横へ立って歩き出した。


 リリアとセルが歩き出してからすぐ、ガイザーは歩みを止めて後ろを振り返る。ガイザーは不敵な笑みを浮かべてリリアをじっと見つめ、一言呟いた。


「ようやく見つけた」



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