15 騎士団長の色気
「どうして後ろを向くんだ?」
セルの色気に当てられて慌てて後ろを向くと、セルに後ろからそっと抱きしめられてしまう。セルの気怠そうなのに低く良い声が耳のすぐそばでダイレクトに聞こえて、リリアの心臓はドッドッと激しく高鳴ってしまう。
「そ、れは……セルの色気が、すごすぎて、直視できません!」
(って私、何を正直に言ってるの!?)
混乱し真っ赤になっているリリアの顔は、美しいローズピンク色の髪の毛に隠れている。だが、セルはその美しい髪の毛をそっと手に取ってリリアの顔を覗き込むと、気を良くしてフフッと小さく笑った。
(いや、ちょっと、耳元で笑わないで!)
「そ、そんなことよりセル、どうしてセルが私のすぐ横で、寝てるんですか!?」
昨日の記憶があまりにも曖昧過ぎる。セルにおいしいお酒をたんまり飲ませてもらっていたが、途中から記憶がすっぽりと抜けていた。リリアの問いに、セルはリリアから離れてよっこいしょ、と体を起こした。
「そりゃ、リリアが途中で急に気絶するみたいに寝てしまったから、俺がリリアをベッドまで運んだんだ。そしてリリアを横に寝かせて俺は離れようとした。でも、リリアが俺に抱き着いたまま離れないから。無理矢理引き離すわけにもいかないし、そうなったら、俺も一緒に寝るしかないだろ?」
(なん、ですって……!?)
途中で寝てしまったあげく、セルに抱き着いて離れなかっただなんて、同じベッドに寝ていたセルを責めるに責められない。
「それは……そうだったんですね。すみません。私、何も覚えていなくて……セルにご迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」
リリアは慌てて起き上がると、正座をしてしゅんとしながらセルに謝る。そのリリアの様子に、セルは何かを企むような、意地の悪そうな顔で微笑んだ。
「いや、俺は愛するリリアと同衾できたんだからむしろ嬉しいよ。それに、……その様子だと本当に何も覚えていないんだな」
「……え?何も、とは?」
何か嫌な予感がする。ドキリとしてリリアはセルを見ると、セルは目を細めてニヤリ、と笑った。
「いや、覚えていないなら別に……そうか、リリアは覚えていないのか」
「えっ、な、なんですか!?何か、私、何かしました!?えっ!?私たち、何もなかったですよね!?」
「いや、リリアは別になにもしてないよ。俺たちも、そうだな、リリアが想像しているようなことは何もなかったよ。酒に酔ったリリアに手を出すほど俺も落ちぶれてないからな。まあ、我慢した俺を誉めてほしいとは思うけど」
(我慢て、な、何を!?)
何かを含んだ言い方をするセルに、リリアは混乱して視線をあちこち泳がせる。そんなリリアの頬にそっと手を添えて、セルはリリアの視線が自分に向くようにした。リリアの紫水晶のような瞳と、セルのたれ目勝ちなルビー色の瞳がかち合う。
セルは口角を上げると、頬に添えた手の親指でそっとリリアの唇をゆっくりとなぞっていく。リリアの唇に向けられたセルの瞳はあまりにも妖艶で、リリアは心を射抜かれたように動けない。
「あんなに熱い口づけを交わしたのに、リリアは何も覚えていないのか。それは残念だな。覚えていないなら、今ここでまたしても?」
(えっ、な、は!?熱い口づけ!?)
セルの言葉にリリアは目を大きく見開く。セルの顔がどんどんと近づいてきて、逃げたいのに体が全く動かない。セルの唇がリリアの唇に今にも触れそうになったその時、セルの動きがぴたり、と止まった。そして、セルはフッと小さく笑う。
「くくく、リリアは本当に可愛いな。今リリアに口づけしてまた気絶されても困るし、気絶しなかったとしても今度は俺の自制がきかなくなってしまうかもしれないから、やめておこう」
そう言って、セルは楽しそうに微笑みながらリリアから体を離した。
(な、は!?え!?気絶!?私、気絶したの!?)
リリアの顔がどんどん真っ赤になっていく。そんなリリアを見て、セルは満足げに微笑むとベッドから降りた。
「さて、俺は支度をして仕事へ行ってくる。リリアは今日は何もなかったはずだよな、ゆっくり休むといい」
そう言って何事もなかったかのように颯爽と部屋から出て行くセルを、茹蛸のようになったリリアは茫然と見つめていた。




