13 奪われたくない場所
「お願いです!あの場所に行くのを禁止するのだけはやめてください!あの場所が無くなったら、私、私は……」
リリアはセルの胸元に縋りつき、必死に訴えかける。そんなリリアの両肩をセルは優しく掴み、リリアの瞳を覗き込んだ。
「リリアにとってあの場所がどれだけ大切で重要な場所かというのはわかっているつもりだ。だが、不審者がまた現れた以上、あの場所に行っていいと言うことはできない。それに、もしかしたらリリアの気配を感じ取ったのかもしれないんだ。もしリリアの身になにかあったら、俺はリリアにあの場所へ行く許可を出してしまった俺を絶対に許せない」
グッとリリアの両肩を掴む手に力がこもる。セルの赤い瞳はいつになく真剣で有無を言わさない圧がある。
「騎士団でもう一度あの場所を調査する。それで問題ないと判明するまではあの場所へは行かないでくれ。……これは、騎士団長としての願い、いや、命令でもあると思ってくれ」
(騎士団長の命令……)
セルが騎士団長としての決断をしたということは、やはりよっぽどのことなのだろう。騎士団長としてセルへ絶大な信頼を置いているリリアは、その命令に背くことはできなかった。
「……わかりました。騎士団長としての命だと言うのであれば、それに従います」
しゅん、と悲し気にリリアがそう答えると、セルはホッとしてリリアを抱きしめた。
「本当は、婚約者としての思いだって強い。だが、それだけだとリリアは納得してくれないだろう。今、騎士団長でよかったと心から思ったよ」
「セル……」
(セルは騎士団長としてだけではなく、婚約者として心配してくれている。その気持ちをわかろうともしないで、私はただ自分の居場所を失うことを恐れてわがままを言ってしまった……)
「……ごめんなさい、セルはとても心配してくれてるのに、私、わがまま言ってしまいました」
「わがままを言うのは構わない。いくらでも言ってくれ。でも、今回のことは話しが違う。リリアの命に関わることかもしれないんだ。俺はリリアをどんなことからも守りたい。だから、今は辛抱してくれ」
リリアがセルの腕の中で小さくこくりとうなずくと、セルはホッと息を吐いてリリアから体をそっと離した。
「リリアがまたあの場所で思う存分酒が飲めるように、全力であの森を調べ上げる。それから……そうだな、あの場所に行けない間、この屋敷で酒を飲むことになるだろう。俺の部屋とリリアの部屋、どちらがいい?なんなら専用の酒飲み部屋を作っても構わないよ」
(専用の部屋を作ったとして、屋敷の人たちに怪しまれないかな。セルは屋敷の人たちは一切詮索をしないよう徹底しているって言ってたけど、でもやっぱり気をつかってしまう)
「……私の、部屋がいいです」
「わかった。元々リリアの部屋には防音魔法が施されているし、酒を飲んでもし騒いだとしても気づかれることはないだろう」
「私、酔って騒ぐほど飲みませんよ!いつもたしなむ程度です!」
ふんす!とリリアがムキになって言うと、セルはくすっと楽しそうに笑う。
「それはそれは良い心がけですね、聖女様。だけど、せっかくだから酔って色々な表情をするリリアも見てみたいものだな。……そうだ」
そう言って、セルはにやり、と笑った。何かを企むような笑みにリリアは思わず警戒する。
「この間の夜会の時に、主催者から良い酒をもらったんだ。どういう理由かは知らないが、リリアはいつも同じ酒ばかり飲んでるだろ?せっかくだから他の酒の味も知ってみるといい。今夜一緒に飲まないか?普通なら手に入らない、お高い酒だそうだぞ」
お高いお酒。その言葉にリリアはゴクリ、と喉を鳴らす。リリアがいつも隠れて飲んでいるお酒は、街で流通している一般的なお酒で手ごろに入手できる安い値段だ。魔法で変装して街へ行き、いつも同じお酒を買っている。
(別に色々なお酒を買ってもいいんだろうけど、隠れて飲んでいるから後ろめたい気持ちもあって、つい同じお酒を買っちゃうのよね)
聖女として食事会に参加する時も、他の出席者に振舞われる高そうなお酒をうらやましい目で眺めている。だが、聖女は飲酒が禁止されているためリリアの席にはいつもノンアルコールのものしか置かれない。高いお酒にありつきたくてもありつけないのだ。
「……でも、そんなことしたら、セルも共犯になってしまいますよ?もしバレたら、聖女にお酒を進めた悪い騎士団長というレッテルをはられてしまいます」
口をとがらせて困ったようにそう言うリリアに、セルは目を丸くしてから盛大に笑い始めた。
「ははは、そんな、こんな時まで俺のことを心配してくれてるのか?全くリリアは本当にお人好しで……愛おしいな。そもそもバレたらまずいなんて今更だろう。俺はリリアが飲酒していることを知った上で秘密にして、婚約を取り付けたんだ。むしろリリアには我慢せずに美味しいお酒をたくさん味わってほしい」
ふふふ、と嬉しそうに笑いながらそう言うセルを、リリアはぼんやりと見つめた。
(本当に、いいんだ?)
「そ、それなら、そのお酒、飲んでみたいです」
「よし、決まりだな」
セルは嬉しそうににんまりと笑った。




