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12 不審人物

 夜会に二人で出席した日から一週間が経った。この日、リリアはいつもの森のお気に入りの場所で酒を飲んでいた。いつものように変身魔法で変身してステルス魔法をかけ、周囲には結界魔法をかけて厳重に守りを固めている。

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、リリアは片手に持っていた酒瓶を開けて一口飲む。ぷはあっと音がして、リリアは嬉しそうに喉元を通り過ぎていく酒の感触を楽しんだ。


(はあ、やっぱりここは落ち着くなぁ。私のお気に入りの場所)


 セルに見つかってからはもう来れないと思っていたが、セルは快くこの場所にくることを了承してくれた。最初は屋敷で飲んだらいいと勧められたが、リリアはそれを断ってここにくることにこだわった。


(セルの屋敷で好きに飲んでいいとは言われていたけれど、やっぱり落ち着かないし思う存分飲もうって気になれないもの。それに)


 リリアは浮遊魔法で木の上に登ると、遠くを見つめる。紫水晶のような美しい瞳は、小高いその場所から見えるはるか向こうに広がる景色を映し出していた。


(ここから見える街の景色が好きなのよね。特に夜明けの光や空、のぼってくる太陽に照らされる街も、全部が宝石みたいにキラキラして綺麗で、そんな宝石みたいな世界のために私はいていいんだって思える)


 また酒を一口飲み、リリアはふうっと息を吐いた。時刻は夜明け前、次第に空の色が深い青から明けの色へと変化していく。太陽がゆっくりとのぼり始めるその様子を、リリアはただじっと見つめていた。


(それにしても、セルがこの場所でお酒を飲むことを快く許してくれるとは思わなかった。もうやめろといわれてもおかしくないのに)


 セルはリリアの意思をいつも尊重してくれる。屋敷で飲むことを強制してもおかしくないのに、今まで通りこの場所へ来てもいいと言ってくれるのだ。


(セルって一見無愛想に見えてとても優しいのよね。いつもは気怠げで覇気がないのに、ここぞという時にはすごく頼りになるし、なにより騎士としても尊敬できる人だもの。そんな人が婚約者だなんて……しかもダメダメな私を受け入れてくれてる。どうしてなんだろう?)


 未だに不思議でならない。どうしてセルは自分を好きでいてくれるのか、しかもずっと前からだと言っていた。交流も騎士と聖女として最低限しかなかったはずなのに、不思議でならない。うーんと考え込んでいると、ふとリリアは何かに気づく。


(……誰か来る?どうしてこんなところに)


 リリアは思わず隠れるように木の上にしゃがみ込み、地上へ視線を落とした。息を顰めてじっと見つめていると、人が一人歩いて行く。旅人だろうか、軽装でフードを深くかぶっている。体格からすると男性のようだ。そのままリリアのいる木のそばを離れて行くと思ったその時。


(!!)


 その男は、リリアのいる木のそばで立ち止まり、ふと木の上を見上げる。そして、リリアの方をじっと見つめた。リリアは驚いて目を見開くが、その男は首を傾げてからすぐにまた前を向き歩き始めた。リリアはその男の姿が完全に見えなくなるまで一歩も動かず、見えなくなって初めて小さく息を吐いた。


(びっっっくりしたあああああ!セルの時みたいに、気づかれたのかと思った!)


 まさか、急に立ち止まりこっちを見上げるだなんて思いもしなかった。ステルス魔法をかけているし、結界魔法もかけて誰にも見つからないようにしている。魔力だって感知されないように徹底的に隠しているのだ。それで見つかるなんてことは絶対にありえない。


(ありえないはずなのに、セルには見つかったからびっくりしたんだけど。まさかあの旅人もセルと同じなのかと思って心臓が止まるかと思った)


 リリアは思い切り深呼吸をして息を整えると、木から飛び降りた。いつもならこのまま夜明けを完全に待ってから帰るのだが、今日は一刻も早くこの場から立ち去りたい。


(それにしてもあの旅人、どこから来たんだろう。こんな危ない森を通り抜けるなんて普通の人ならありえないのに)


 獰猛な魔物がいるため、この森に人の出入りはほとんどない。こんなところをわざわざ通って行くなんておかしすぎる。嫌な胸騒ぎがして、リリアは盛大に顔を顰め、酒を一口かっくらう。喉をカッと熱いものが通って、リリアはさらに顔を顰め、転移魔法を発動した。





「森に不審者が?」


 屋敷に帰ったリリアは、翌朝セルへ森の中で見た光景を報告した。リリアの話を聞いたセルは、盛大に眉間に皺を寄せた。


「フードを被っていて顔は見えなかったけど、体格からするとたぶん男性かと思います。すぐにいなくなったので何も詳しい情報はありませんが……あんな危険な森の中を歩くなんて、普通ならありえないと思ったんです」

「……少し前、あの森で魔物が活発に動いていると報告があった。騎士団で調査に入ったんだが、魔物と争った形跡があった。誰かが森の中を歩き回った形跡もあったから、もしかしたら同一人物かもしれないな。最近はずっと不審な動きがなかったから問題ないと思っていたが、また現れたのか」


 セルは顎に手をあてて神妙な顔で考え込んでいる。いつもの覇気のないうつろな瞳とは打って変わって、真剣そのものだ。


(騎士団長の顔をしてるわ……セル、こういう時はものすごくかっこいい。って、そんなこと今考えることじゃないわ、不謹慎よね)


 思わずセルに見惚れそうになったリリアは首をブンブンと振って気を引き締める。


「リリア、その不審者に気付かれたりは?」

「えっ……あ、いえ、たぶん大丈夫だと思います。一瞬、こっちを見られたので気づかれたかと思ったけどすぐにいなくなったからーー」


 リリアの話に、セルの顔が盛大に曇る。リリアはまずい、と思った。


(……なんか怒ってる、かも)


「あ、でも、本当にすぐにいなくなったから気づかれてはいないと思いますよ!うん!きっと大丈夫!」


 苦笑いをしながらリリアは賢明にそう言うが、セルは気だるげな瞳をリリアに向けてはあ、と小さくため息をついた。


「たとえ気づかれなかったとしても、もしかしたら何かしらの気配は感じられてしまったかもしれない。リリアの魔法は国の中でもトップクラスだから疑ってはいないが、あの森を歩き回り魔物を殺すことができるほどの実力者だ。安心はできないだろう」


 そう言って、顎に手を置きふむ、とセルは小さくうなった。


「当分、あの森で酒を飲むのは控えたほうがいい。またその不審者があの場所を通らないとも限らないからな」

「えっ!?ええっ!?そんな!」


(あの場所でお酒が飲めないなんて、無理!私の唯一の救いの場所が!)



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