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11 完璧聖女の疑惑

 夜会が無事に終わり、セルとリリアは転移魔法でセルの屋敷へ戻って来た。夜会の開催場所とセルの屋敷は馬車での移動だと数日かかるので主催者に泊って行けばいいと言われたのだが、セルは丁重にお断りした。


「リリアはこの国の聖女ですので、婚約者である俺の屋敷と王城以外での滞在は禁じられています。それに、愛する婚約者との時間を、できれば自室でゆっくりととりたいので。おわかりいただけますね?」


 含みのあるセルの言葉に、夜会の主催者はにんまりとしてうなずき、セルの隣にいたリリアは内心慌てふためいていたものの、相変わらず完璧な微笑みを浮かべ表情を崩さなかった。



「さ、俺の部屋に戻って来たんだから、完璧な聖女の仮面をはがしていつものリリアに戻っても大丈夫だ」


 セルがそう言うと、リリアは大きくため息をついてからその場にしゃがみ込む。


「もおおおお無理です!本当に無理!あんなに人が多くてみんなから注目されるなんて、辛い、辛すぎます……うっ、ううっ」


 そう言ってから、リリアはすっくと立ちあがると、キッ!とセルへ厳しい視線を向けた。


「セルもセルです!皆の前で、私の前に跪いて、あ、あんな、恥ずかしい台詞……!」


 言いながらその時のことを思い出し、リリアは顔を真っ赤にする。それを見てセルはにやり、と笑ってリリアの目の前に歩み寄った。


「あんな恥ずかしい台詞って?俺は本当の気持ちを伝えたまでだが?」

「なっ、えっ、はあっ?」

「俺はずっとリリア一筋だ。この気持ちはこれからもずっと変わらない。未来永劫、ずっと」


 そう言って、セルはリリアの手を取って手の甲にキスを落した。


(セ、セルの唇の感触が、感触が!それに、一途だなんてそんな……)


 顔を真っ赤にするリリアを見て、セルはくすくすと笑う。


「それにしても、あの状況でもいつも通り完璧さを崩さなかったのは本当に見事だったよ。最初から最後まで、皆の望む理想の聖女様だった。相当疲れただろう、本当にリリアは偉い、すごいよ」


 セルはそう言って労わるようにリリアを優しい眼差しで見つめる。いつもは気怠く覇気がないのに、リリアを見つめる瞳には光があり、溢れんばかりの愛がこもっている。そんなセルに、リリアの心は一気に溶けだしていくのだ。


「……私、ちゃんとできてました?いつもちゃんとしよう、皆の理想の聖女様でいようって思ってやってるつもりなんです。でも、それでも不安で、怖くて……」

「ちゃんとできていた。大丈夫だ。リリアはいつだって皆の前では完璧な聖女様だ。完璧すぎて、心配になるくらいに」


 そう言って、セルはふんわりと優しくリリアを抱きしめる。突然のことにリリアは動揺して身じろぐが、セルが逃がさないと言わんばかりに腕のなかにリリアを閉じ込めた。


「リリアは頑張りすぎだ。頑張りすぎて、いつか壊れてしまうんじゃないか、突然みんなの前からふっといなくなってしまうんじゃないかっていつも心配だった。だから、俺の前では完璧じゃなくていい。どうしようもない聖女でいていいんだ。むしろ聖女じゃない、ただのリリアとしていてくれていいんだよ」


 セルの低く良い声が、体を伝ってリリアの体内にじんわりと浸み込んでいく。緊張で張り詰めていた心と体が、一気にほぐれていくのが分かって、リリアはセルの腕の中で瞳を閉じた。


(セル、とってもあたたかい。それに、こんなにも私のことをわかって、受け入れてくれる。でも、どうして?完璧じゃなくていいだなんて、どうして言ってくれるんだろう。完璧じゃない私なんて、価値がないのに)



――聖女の力が!?この役立たずに?

――それなら、完璧な聖女としてしっかり国のために働いてもらわないとね。そうしたら、国から褒美が貰えるんだろう?

――聖女としてでしかお前には価値がないんだ。国に、国民に認められなければお前なんて意味がないんだよ。しっかり働くんだな



 ふと、とある昔の記憶が蘇ってきてリリアは思わずセルの服をギュッと掴んだ。


「リリア?」

「……本当に、セルは完璧じゃない私でも、聖女じゃないただの私でも受け入れてくれるのですか?私は、完璧な聖女でしか価値がないのに?」


 リリアのか細い声に、セルは驚いてリリアの顔を覗き込む。セルの瞳に映るリリアの顔は、弱弱しく不安げで今にも崩れ落ちてしまいそうなほどだった。


「……完璧な聖女じゃなくてもリリアはじゅうぶん価値がある。俺にとってはかけがえのない、たった一人の大切な女性だ。安心してくれ、俺はどんなリリアでも受け入れる」


 そう言ってまたセルが優しくリリアを積み込むと、リリアはセルの腕の中でホッとしたように体を預け、そのままいつの間にか寝息を立てていた。





 腕の中で寝てしまったリリアをリリアの部屋まで連れていきベッドへ寝かしてから、セルはまた自室に戻り窓の外を眺めていた。


(いつの間にか寝てしまうなんて、夜会で完璧な聖女を繕うことに神経を集中させて、さぞかし疲れたんだろうな。俺の腕の中で寝てしまったのは誤算だったが、俺に気を許してくれている証拠でもある。いい進歩だ。それにしても……)


 セルは目を細める。


(リリアはなぜあんなにも恐れているんだ?みんなの憧れの完璧な聖女でいようと頑張ることは、リリアの真面目な性格の上でのことだと思っていたが、……あれはそれだけじゃなさそうだな)


 リリアは何かに怯えていた。完璧でいなければ、まるで自分には価値がないと思い込んでいるようだった。


(リリアの何がそうさせる?ああなってしまったのは、聖女になる前なのか、聖女になってからなのか。リリアの聖女になる前の過去までは詳しく調べたことはなかったが、こうなるとしっかり調べる必要がありそうだな)


 この国の聖女になる人間は聖女の力があると判明すると国に保護され、成人までの間に聖女としての教育を受けることになる。聖女の力は生まれつきの場合もあれば突然発現する場合もあるらしい。リリアの場合は生まれつきではなく途中で発現し、国に保護されたということまではわかっているが、それ以前のことについては個人情報のため非公開だ。


(国に保護される前の環境、実家での生活が影響しているのか?それとも、正式に聖女となるまで国で受けてきた教育が原因なのか……なんにしても調べてみないことにはわからないな)


 国によって非公開となっているリリアの過去については調べるのはなかなか難しいだろう。だが、セルは今までもリリアについて情報を徹底的に獲得してきた。


(リリアのことならどんな手を使っても調べ上げて見せる)


 窓に映るセルの表情はいつもの気怠げさを消し去り、瞳の中には強い炎がメラメラと燃えているようだった。



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