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10 夜会での出来事

 リリアとセルの婚約が正式に決まって一ヶ月ほど経った頃、リリアとセルは上流貴族が開催する夜会に出席していた。婚約者として二人で夜会に出るのはこの日が初めてだ。


「見て、聖女リリア様よ。相変わらずうっとりするほど美しいわね」

「そういえば、騎士団長のセル様と婚約したんでしょう?びっくりしたわ」

「まさか騎士団長が……あの完璧な聖女様の心をどうやって落としたのか聞いてみたいものだ」


 ひそひそ話は巡り巡ってリリアやセルの耳に入って来る。だが、リリアは何も聞こえていないというような顔で平然といつものように完璧な聖女姿を演じていた。


(ああ、早く帰りたい!夜会とか会議とか、人が集まる場所は本当に苦手だわ……苦手とか言ってる場合じゃないのだけれど)


 表情は一切崩さないまま、リリアは心の中で悲鳴を上げていた。セルはそんなリリアをいつもの気怠げな瞳で見ながら、何事もなかったかのようにエスコートしている。


 時折、チラチラとあちこちから令嬢たちの熱い視線がセルへ向けられる。それと同時に、隣を歩くリリアへ戸惑いと厳しさの混じる複雑な視線も向けられているのを感じていた。


(セル、ご令嬢たちにとてもモテるのよね。ひっきりなしにいろんなご令嬢がセルに思いを伝えているとか……それを断ることなく受け入れて、なんならその後の行為もしてるとかなんとか噂されていたけど)


 セルはきっぱりと、それを否定していた。すべて断っているけれど、プライドの高いご令嬢たちが断られたことを言いたくなくて見栄を張って嘘をつき、それにありもしない尾ひれがくっついてしまっていると言っていた。数が多すぎて対応するのがめんどくさいから放置していたけれど、リリアが嫌ならきちんと止めさせるとも言ってくれた。


(そうだとしても、やっぱりご令嬢たちは私とセルが婚約したことを良くは思わないんだろうな)


 モヤモヤとした気持ちが心の中に広がっていくが、そんなことを表情に出すことはできない。この国の聖女はいついかなる時も揺るがず、美しく、澄んでいて完璧でいなければいけないのだ。

 向けられた視線に、リリアは完璧ともいえる美しい微笑みで小さく会釈すると、令嬢たちはすぐにバツの悪そうな顔で視線をそらしていった。

 リリアをエスコートするセルの瞳は相変わらず気怠そうだが、リリアと令嬢たちの様子を見て心なしか口角が上がっている。


「これはこれは聖女リリア様。騎士団長のセル様もご一緒で。この度はご婚約、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 リリアとセルの前に、一人の令息が現れた。年はリリアより少し上、セルよりは年下だろうか。サラサラの金髪にトパーズ色の瞳、爽やかという言葉がぴったりの見た目だ。


「まさか聖女リリア様が婚約するとは思いもしませんでした。リリア様は、誰かのものになるわけがない、この国皆の聖女様だと思っていたので……。でも、リリア様がお決めになったことならば、誰も何も言わないでしょう。それにしても……」


 そう言って、目の前の令息はセルを上から下へと舐めるように眺める。どう考えても失礼極まりない態度だが、セルは表情を変えない。


「リリア様、本当にこの男でよろしいのですか?騎士団長のセル様は、確かに騎士としては優秀で、この国には欠かせない人物でしょう。ですが、その……あまり女性関係ではいい噂を耳にしません」


 卑しいものを見るような目でセルを見ながら、令息は言う。その言葉に、周囲にいた貴族たちもチラチラとセルを見てヒソヒソと何かを言っている。


「こんなことを言いたくありませんが、女性関係にだらしのない男が、リリア様にふさわしいとは到底思えません。それに、いくら強くてモテると言っても、リリア様とは歳が離れている。もっと若い男性の方がリリア様にとって魅力的なのではありませんか?」


 その言葉を聞いて、ほんの一瞬、セルの片眉がピクリと動いた。だが、相変わらず表情は変わらず無表情のままだ。その隣で、リリアは小さくふう、と息を吐いた。それから、美しい微笑みを浮かべ、口を開いた。


「皆様が私のことを心配してくださるのは、本当にありがたいと思っています。ですが、私の婚約者のことをそんな風に悪く言うのはやめていただけますか?」


 リリアはそう言って、セルの腕に静かに自分の腕を絡める。


「確かに、セル様は噂の絶えない方です。私も、そのことについては気になっていました。ですが、セル様は婚約を申し込む際にそれをきちんと否定してくださいました。本当は御令嬢たちへきちんと断りを入れていて、噂は全て噂でしかないと。私が気にするのであれば、きちんと釈明するとおっしゃってくださいました。私は、そう言ってくださったセル様を信じています」


 リリアの美しい紫水晶のような瞳が、その場一体を見渡す。リリアの動き一つ一つが美しく、誰もが、その洗練された所作に魅了され、黙り込んだ。リリアを隣で見つめるセルでさえも、その動きに魅了され、言葉を失う。


 リリアは隣にいるセルを見上げてにっこりと微笑んだ。その瞬間、セルは目を大きく見開き、奥歯をグッと噛み締める。


「ああ、その通りだ。俺は聖女リリアに婚約を申し込んだ時、全てを話した。そこに嘘偽りはない。俺は今まで何ひとつやましいことはしていない。ずっと、リリア一筋だった。そして、これからもそれは変わらない」


 そう言って、セルはリリアの目の前にひざまづき、リリアの片手をそっと持ち上げる。


「リリア、あなたを愛しています。今までも、これからも、未来永劫ずっとです」


 そう言って、セルはリリアの手の甲にそっと口付ける。その姿に、令嬢たちの黄色い声があちこちから聞こえ、会場に鳴り響いた。




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