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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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7.死霊狩り先生のアンデッド講座



 部屋の隅に浮かぶゴーストをスプリアがしげしげと見つめる。どうやら気分は大分落ち着いてきたようだ。

 精神的に強いのか、或いは鈍感なのか。ゴーストも死の瘴気を放つ魔物に違いないのだが、見た目がグロテスクでさえなければ彼女にとっては別段恐れるものでは無いらしい。


「……ゴーストはアンデッド系統モンスターの一種では無いのですか?それも、攻撃してくることも無く不気味なだけの非常に弱い、言ってしまえばどうでもいいような魔物だと聞いています」


 それがゴーストに対する一般的な認識である。

 精々、近づくと声が聞こえた気がした、とか嫌な感じがする、と言われているのが被害といえば被害だろうか。


 ゲインはゴーストこそがアンデッドの本体だなんて言い方をしていたが、この吹けば飛びそうな存在がリビングデッドなどの他の魔物を操っていたなんて話は伝わっていない。

 もし仮にこの青白いガス状の魔物がアンデッド系の魔物の司令塔のような役割を持っているなら、彼らの危険度はもっと上がっている筈だ。


「ゲイン様がアンデッドの専門家であることは承知の上で……少し話が飛躍してはおりませんか?」


「そもそも、アンデッドやリビングデッドなんていう呼び名自体が適当なものではあるがな。奴らは間違いなく()()()()()。まぁこんな奴らの定義なんぞ誰も興味は無いだろうし仕方が無い。

 さて、『ゴーストがアンデッドを操っている』と言うと確かに語弊があるな。分かりやすく言うなら、『アンデッドは内側にゴースト、つまり亡霊を内側に宿している』だ。奴らが存在の核となって、外側の肉体を動かしているに過ぎない。それがアンデッドという魔物だ」


 各地に出現するアンデッド系モンスターは大抵は人間の死体が元になっており、リビングデッド、スケルトン……ついでのようではあるが、一応はゴーストもその枠に入っている。

 出現率から言えば、冒険者も含め大抵の人間はリビングデッド以外を目にする事は少ないだろう。


 それに加えて、出現数は少ないが魔獣などがアンデッド化したものも含まれる。魔獣の凶暴性を色濃く残したそれらは危険度が高く恐れられているものの……滅多に現れないので名称が定まらず『アンデッド化した○○』又は『○○ゾンビ』『○○スケルトン』等と呼ばれている。


 それら様々な種類のアンデッド達全ては元々ゴーストから派生した存在なのだとゲインは言った。


「なるほど、そういう意味で……そういう事だったのですね」


 口元に手を当てて考え込み始めたスプリアに、ゲインは内心驚く。やはりこの少女は理解が速い、とうか、受け入れるのが速い。

 ゲインが語ったのは、もし世間一般に公表すれば独創的な考えだと一蹴される類の突飛な考えだ。ゴーストとリビングデッドは全く別の種類の魔物と捉えられている。屍体と青白い半透明の霊体では見た目が違いすぎるからだ。

 そもそも世間はアンデッドの成り立ちになんて興味は無いだろうが。


「しかしそれが正しければ、アンデッドを倒すと中からゴーストが飛び出てくる、なんてことが起きるのでは?先程のリビングデッドは全てそのまま倒れていましたよね」

「こいつらは非常に脆い。強風で霊体がかき混ぜられるだけで形を保てなくなり勝手に消滅する様な弱い存在だ。武器などで肉体部分を壊す時の風圧で勝手に死ぬ、というかかき消える」


 だからこのように霊体のまま風が吹かない屋内でしか存在し『続け』るのは難しいのだと目の前のゴーストを指差す。


「一度リビングデッドの身体を懇切丁寧に分解してみたことがある。腕や足を落とした後、慎重に内臓を出して肉を削いで骨を外して……と繰り返してると、押し出されるように身体の中からゴーストが出てきた」

「そ……それは……」


 スプリアが口ごもる。擁護不能の凶行、ドン引きである。


 言葉を飲み込もうとして……もしそれが自分だったらと想像し、代わりにスプリアはそっと問いかけた。

「もしかして……そういうご趣味が?流石にそういうのは好みではないと言いますか……」

 ゲインは無視した。


 しかし、これはアンデッドの中身が亡霊である何よりの証拠だ。なにせ中から物理的に──霊的に?──出てきたのだから。


「まず死んだ者からゴーストが生まれ、それが生前の肉体に憑くことでリビングデッドになる。肉体の損壊が激しすぎたりして失敗したらそのままゴーストのままだし、永い年月をかけて霊体が骨子に定着して肉が落ち身軽になればスケルトンと呼ばれるようになる」

「……なんだか、まるで成長のようですね」


 それなら確かにゴーストをアンデッドの派生元と表現しても間違いでは無いだろう。


 スプリアが『成長』という表現を使うとゲインは渋い顔を見せたが、否定まではしなかった。


「では、ゴーストの成り立ちとは?」

「ゴーストが生まれるには、大まかに三つの条件があると俺は見ている」


 ゲインが指を折りながら説明する。


「まず風の少ない環境、室内はもちろん、この村の様に木々の密度の高い森に囲まれていれば屋外でも条件は満たしていると言えるな。次に一定の濃度の空気中の魔素、これは大体どこでも足りている。

 ──そして最も重要なのが、死に際の強い感情だ」

「死に際の強い感情……それが怨念の正体ですか?」


 先ほどのゲインの言葉にニュアンスの違いを感じていたスプリアが尋ねると、狩人はそこが肝心だと頷いた。


「そんなところだ。必ずしも何かを憎しみ呪おうとする意志が必要な訳じゃ無い。この世にしがみつこうとする未練、その強さが重要なんだろう。

 そうだな……スプリア嬢、試しにそのゴーストに近づいてみるといい」


 ゴーストに、つまりは魔物に近づく。

 その指示には少し驚いたが、説明を聞き終えた後でも別に目の前の存在が恐れるべき相手では無いという認識に変わりはないので、臆することなくスプリアは青白いガス状の人影へと近づく。


 ゲインで慣れてしまったのか元々の性格が起因するのか、ゴーストに近づいた所で話に聞くような不快感を覚える事はなかった。

 馬車という密室空間で丸一日ゲインの瘴気を浴び続けても涼しい顔をしていたのだがら、ある意味当然ではある。寧ろ興味深いとすら思っていた。


 充分に近づいたと思ったところで、ゲインに「もっとだ」と言われ更に歩を進める。

 そしてマスクの先端がガス状の蒼白の中へと入りこみ、頭が霊体に触れそうなほどに近づいて止まると、またしても「もっとだ」と声が掛かる。


「これ以上は顔が入ってしまうのですが……」

「ああ、それで良い」

「私は良くないのですが……?」


 なんだか雑に扱われている気がして不満を言ってみるもゲインはどこ吹く風だ。

 話が進まなそうだと、しょうがないな、と。

 そんな軽い気持ちでスプリアはゴーストの中に顔を入れ……



(コナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデコナイデ────!!)

「ひゃっ!」



 反射的に身を離す。

 言葉として音声で聞こえたわけじゃない。強い思念を……感情を、直接脳味噌にぶつけられたような感覚だった。


 恐怖であり悲しみ。拒絶。唯々一方向の強烈な感情。



 自分の中に久しく感じていなかった、激情。



「……今のは……?」


 早鐘を打つ心臓を抑える。

 目の前の亡霊を見る。揺らめくそれにはやはり知能や意志は感じられない。

 それでも、今確かに感じたものは……。

 あの感情は間違いなく本物だった。今もまだ少し、スプリアの中には誰のものとも知れない悲しみが残っている。


「死に際に人が抱く感情、それは確かに恨み辛みである事は多い。だが魔獣に襲われただけの戦う力の無い村人が死ぬときに覚えるのは、悲しみや恐怖だ。それが魂か何かに引っ付いて魔素によって変質することで……()()()()()()()の存在になる。

 スプリア嬢が今感じたのがそれだ。笑いながら死んだ奴は、笑うゴーストにでもなるかもしれないな」


 何故、人間由来のアンデッドと比べて魔獣由来のアンデッドの出現数が少ないのか?

 それは、人間こそが最も感情豊かな生き物であるからだろう。


 言うと、ゲインは亡霊に向かってメイスを振るう。

 空気と混ぜられ、形を保てなくなった亡霊は声もなく溶けて消えた。

 最弱、どころかどうでもいい、と評されるほどの、矮小な魔物らしく。


「あっ……」


 スプリアから声が漏れた。

 相手はあくまで魔物であり、倒されて当然の存在。

 しかし、それが抱えていた感情を知ってしまったから、当てられてしまったのだ。

 怯えを、悲しみを持ったその弱き存在がゲインという強者に一瞬で散らされてしまったことに、言いようのないものを覚えたのだ。

 

 もちろん、ゲインは承知の上で行った。


「……強い感情に魔素が反応するっていうのは冒険者の中ではそれなりに有名だ。怒りや必死の思いに任せた魔術の火力が普段より少し高かった、みたいな経験をしてるやつが多いからな。

 だからといって、感情なんて本来は一時的なものだけで一つの存在が生まれる訳も無い。そこにはきっと何かが関係している」


 「それが恐らくは魂とよばれるもの、なんだろうな」とゲインは小さく呟いた。

 少しだけ、嫌がるように。


「だが、俺には魂の存在なんか知覚できない。感じとれるのは感情だけだ。そして、奴らからは一つのそれしか感じ取れない。いろんな感情を持っていた筈の人間から、一種類のものしか感じ取れなくなるんだ」

「それは……」

「哀れな存在だと思わないか?」

「……」


 スプリアは明晰な頭脳で、渋々ながらもゲインの言いたいことを理解した。

 スプリアもまた、一方向の感情しか感じとれなかったのだ。

 あの亡霊はもはや、怯え遠ざける事が存在意義の全てであった。それしかできない存在であったのだ。

 それは確かに.……どうすることもできない、悲しい存在だ。


 スプリアは溜息を吐いた。

 彼女は知っている、この世にはどうにもならないものがあると。きっと、この世とあの世の境目に在る存在も例外ではないのだろう。


「さて、ここからが肝だ」


 ゲインはもう何も居なくなった空間を見つめながら続けた。


「ゴーストは霊体だからか行動に繋がらずにあてもなく彷徨っているだけの存在だ。だが、肉体さえあればアンデッドは盲目的に生あるものを襲う。

 本能なんだろう、失っているからこそ生を憎む」

「つまり、感情が核であり存在の根幹であるにも関わらず、それは肉体を持つアンデッドとしての本能に大した影響を及ぼせない……と?」

「……その通りだ。本当に理解が速いな」


 スプリアの脳裏に、先ほど自分達を襲ってきたリビングデッドが思い出される。

 彼らは自分たちの姿を見るなり緩慢な動きで、しかし迷うことなく襲い掛かって来た。


「恨み、憎しみの中で死んだ奴がアンデッドになって生者を襲い始めるのは理解しやすいだろう。だが、そうじゃなくても奴らは人を襲う」


 嫌な方向に思考が組み立てられる。

 魔獣から逃げたいと思いつつ死んだ者がこの家の中のゴーストになった一人だけ、ということは流石に無いだろう。

 二人を見るなり襲い掛かってきた村の中のリビングデッドの中にも、きっとそういう思いでアンデッド化した者は居た筈だ。

 その内側には脅威から逃げたいと渦巻く感情があったのだろうか?いや、ゲインの言葉を信じるならあったはずなのだ。


 そして……それはアンデッドとしての本能とやらにたやすく負けてしまったのだろうか。腐った肉の内に簡単に押し込められたのだろうか。

 それは──動かす肉体すら持たない亡霊(ゴースト)である事とどちらがマシなのだろうか?

 比較することでは無いのかもしれない。どちらも歪で、間違っている。


「アンデッドは──奴らは、死に方を間違えたんだ」


 だから、ゲインのその言葉は、スプリアの胸にすとんと落ちた。


 美しくない。スプリアもこんな終わりは望まない。

 いや、むしろこれは()()()()()()()()

 だからこそ彼女の価値観からすれば絶対にありえない末路だ。



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