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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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6.リリフ村のリビングデッド


「半年ほど前、リリフ村という僻地の村が魔獣の群れに襲われた。突発的な集団暴走(スタンピード)だな。村人たちに対抗する力は無く、大勢の犠牲者を出しながら村を捨てて逃げ出した。その後戻って来た元村人が見たのは、魔獣に食い殺された後リビングデッドと化した村人たちの姿だった。

 弔いとしてギルドに討伐依頼は出したが、僻地の上に報酬が安すぎて誰も受けない。住む場所を追われたばかりの奴に金がある訳も無いからな」


 幸運にも前回と同じ御者を雇い、スプリアとゲインは再び馬車で揺られていた。

 ゼフムダルカ大霊園のある北へと。でも少しだけ進路をずらして。


「それが、今から行く場所だ」

「何故です??」


 スプリアが困惑を多分に含ませて問う。

 聞くからに不快そうな場所だ、進んで行きたい場所ではない。


 現在進行形で整備されていない森の中の道を進んでいるのも忌避感の理由だ。悪路だけあってその振動は激しい。持ってきた敷物が役に立ってはいるが、それを素直に喜ぶ気にはなれなかった。


「ほぼ確実にアンデッドが駆除されず湧いたままで、目的地に対して遠回りしすぎない所がそこしか無かった。言った筈だ、馴らしだとな」

「『アンデッド系モンスターへの感覚的な耐性付け』、でしたか」


 スプリアはゲインの言葉を思い出しつつ、首を傾げる。


「でも私達は大霊園に行くのですから、どちらにせよそこで必ずアンデッドには出会う事にはなるのではないですか。意味があるようには思えませんが……」

「実際見なけりゃ分からんものはある。それに、あそこ(大霊園)のアンデッドは質が違う。怨念が、素体が、量が全くの別物だ。基本的に雑魚扱いされているアンデッドしかいないのに禁則地認定を受けているのには理由がある。あんたはそこに行こうとしてるんだ。

 臭くて、冒涜的で、悍ましい。奴らの姿を始めて見た時、動けなくなる奴は多い。……まぁ死にたがりのスプリア嬢なら、嬉々として飛び込んでいくのかもしれないが」

「馬鹿にしていますね?」


 軽く怒りつつも、ひとまずは寄り道の理由を理解するスプリア。

 超一級の危険地帯であるゼフムダルカ大霊園の中では迅速な行動が求められる。アンデッド系モンスターに慣れるならば比較的安全なうちに、という事だろう。

 スプリア個人としてはそんなに用心するべきことか疑問に思うが、専門家の考えに口を挟もうとも思わない。


「──美しく感じる筈が無い」


 ぽつりとゲインが呟く。

 その声は非常に小さかったため、スプリアの耳には届かなかった。




「この辺りで良い、降ろしてくれ。30分ほどで戻る」


 細道を抜けて馬車が停止する。前方には、集落があった事を示す看板が立てられていた。

 リリフ村。既に滅びた村の名前。しかし、かつての村人達は変わり果てた姿となって今もここで蠢いている。


「少し早いが、もうマスクを着けておけ。臭うぞ」

「……アレですか、はい」


 スプリアが、旅行カバンから烏の嘴のような形の、黒くて不気味な革製のマスクを取り出す。

 ゲインがレレトランの質屋でひょんなことから手に入れた短刀やら時計たらを売り払った時に、その店で見つけた珍しい商品だ。


 馬鹿でかい旅行カバンが初めて役に立ったな、と中に詰め込ませて貰った。

 当然だが巨大な旅行カバン自体は馬車に置いていく。スプリアはかなり渋っていたが、組合に入っている御者は滅多なことはしない。ましてやゲインを相手に窃盗などできる度胸も無いだろう。


 口と鼻全体を覆い、中に香草を入れられるつくりになっている奇妙なマスク。

 それをスプリアが装着すると、気品のある清廉な見た目に怪しい嘴が加わり、仮装感のある中々にアンバランスな風体になった。

 スプリアがぐらぐらと前後に頭を揺らす。


「頭が重いです.……」

「我慢しろ、行くぞ」




 ──村の敷居をくぐると、早速ソレらが現れた。


 腐り爛れた顔が来訪者へと向けられる。

 それはまさしく腐敗した人間。魔獣に雑な食い荒らされ方をした身体には所々に変色した肉が残っており、黄色に濁った汁と合わさって吐き気を催す悍ましさを見せていた。侵入者たるゲインとスプリアの姿を確認すると、うめき声に似た異音を喉からひりだしつつよたよたと近づいてくる。


 ”動く屍体”、リビングデッド。

 駆け出しの冒険者でも倒せる低級の魔物なれど、多くの人間に忌避感と共に恐れられる最もありふれたアンデッド。生ある者を襲う腐りかけの死体。


 ゾンビとも呼ばれるそれが異臭と共に襲い来る。

 スプリアは、俊敏な動きでゲインの後ろへと隠れた。

 ゲインが危惧していたように恐怖で動けなくなるような事こそ無かったが、色々と達観している彼女でもこれは視覚的にキツいようだ。


「ゲイン様、ゲイン様、彼らが亡くなったのは半年は前だと言っていませんでしたか……!?」

「アンデッドになった時から、その肉体は腐敗しづらくなる。完全に肉が腐り落ちればスケルトンと呼ばれるようになるんだが、半年程度じゃまだまだ遠いな、と」


 加えて、アンデッドに変じるのは()()()()()()()死体のみ。このような見た目になるのも無理はない。

 言いつつ、ゲインは近付いてきた一体の胴体を鈍銀色のメイスで吹っ飛ばす。

 腐った肉と液が辺りに飛び散る。粘着質な破砕音と共に、動く屍体(リビングデッド)は崩れ落ちた。


 仲間が倒された事に恐れや関心を持つ様子も無く、同じように近づいてきた二体目、三体目をこれまた同じようにゲインは屠っていく。ゲインの常人離れした膂力のせいで、一連の戦闘は単純作業のように呆気なかった。


 しかしそれだけに、苛烈で凄惨だ。


 スプリアのマスクの先端に入っている香草は周囲の匂いを誤魔化すためのものだ。香草の香りが強烈すぎて『匂いを誤魔化す』というよりは『嗅覚を麻痺させる』と言った方が適切な具合になっていたが.……スプリアはその事に感謝していた。

 飛び散った肉片が視界に入る。目を背けたくなる光景だが、ゲインがどんどん先へと進んでいくのでそうも言っていられない。踏んでしまわないように気を付けながら後を着いていく。


 幸いなことに、襲い掛かってくる屍体達の視線は、全てがゲインへと向けられている。

 ある意味、ゲインが死なない限りスプリアの安全は担保されているという事だ。


「それにしても.……」


 スプリアは、レレトランの宿屋でふとよぎった考えを思い出していた。


 スプリアの視線が新たに現れたリビングデッドとゲインの間で何度も行き来する。気分の悪くなる外見ではなく、その内から発せられるものを確かめるように。

 まるで別物だ。ゲインの気配の方が昏くて濃く、底など存在しない深淵の様に重厚であり、スプリアにとっては引きずり込まれるように魅力的で……

 それでも、比べられるくらいには。


「ゲイン様ってその、やっぱりアンデッドと似ています……よね?」

「ああ、よく言われる」


 捉えようによっては侮辱そのもののような言葉だが、今更な話でもあるためゲインは軽く答える。

 彼としてもアンデッド風情と同一視されるのは非常に不愉快な事なのだが……似通ったものがあるのは純然たる事実であり、()()()()()()()()。否定はしない。


 ただ、その理由に言及する気は無いだけだ。


「──疾ッ」


 たちまちの内に屍体たちの骨を砕き、頭を割り、肉を擂り潰す。


 ゲインが刃物を武器とせず武骨なメイスを担いでいるのは、それが最も効率が良いからだ。

 彼が相手にするモノ達には出血による負傷などという概念は無く、単純な破壊力で肉体の枠組みを壊すのが最も適している。余計なトゲや装飾のないメイスは手入れの手間も少ない。


 振り切った効率性は一見すれば残虐なものだ。

 だが、ゲインはあえて過剰に暴力的なやり方をしているわけでは無い。まだ少女である同行者にもっと配慮が出来なかったかと問われれば疑問は残るが……これが最適であるからそうしているだけだ。


 例えば、華麗な剣閃でリビングデッド(動く屍体)スケルトン(意志持つ骨)の首を刎ねたとしよう。八割方はそのまま倒れてくれる。

 スマートなやり口、というやつだ。

 だが、稀に頭を失っても構うことなく襲い掛かってくる場合がある。そうなればやはり、結局は乱暴に肉体を破壊するより他にないだろう。手間であるし油断にもつながる。


 脳味噌だとか、神経だとか。彼らがそういった理屈で動いている訳では無いという証明であろう。


「そもそも、スプリア嬢はアンデッドがどのように生まれた存在だと認識している?」

「.……は。え、どのように、ですか.?」


 ゲインの暴威に呆けていたスプリアは少し考えこみ、彼女の持つ知識と一般論を合わせて答える。


「無念を残して死んだ者たちの残した怨念が魔素によって変質し、生前の身体を操っている魔物、でしょうか」


 魔物とは魔素によって変質したモノ、一般的にはその中でも人間範疇種族に敵対的な生態を持つ者達の総称である。リリフ村を襲ったとされるホーンウルフ(角付き狼)等の魔獣もこの枠組みの中に入る。


 魔素は、大気から身体の中に取り込み自分の魔力とすることで魔術を行使するためのエネルギーとなる物質だ。魔術の根底となる物質であると同時に、古くからこの世界の動物や植物、果ては鉱物にまで影響を与えてきたものだ。人に他種族と交わる力を与え、生物を異形化させ、植物や鉱物に特殊な性質を備えさせた。

 それは人間範疇種族にとって利にもなり害にもなり──確かなのは、この世界の歴史を語るにおいて魔素の存在は欠かせないことだ。


 想定よりも正確なスプリアの表現にゲインは軽く驚きつつも頷く。どうやら予習は済ませてきているようだ。

 だが、ゲインの持つ知識──と言うより、ゲインが死霊達と実際に対面して感じてきたもの──からアンデッドという存在を語るならまだ少しアバウトではある。


 ゲインは血で汚れた民家の扉を開けて中を覗く。

 居ない、ハズレ。


「では、怨念とは何だ」

「怨念の定義ですか.……?ええと、死者の呪いとか憎しみ、みたいなものでしょうか」


 「堕ちた魂、なんて表現もありましたっけ」と戯曲的な言い方を思い出しつつスプリアが答える。確信が無いのか、先ほどとは違って歯切れが悪い。


「魂か、まぁ確かなことは言えないが()()()()()()()。憎しみってのはかなり近い。つまりは、感情こそが最も重要な要素だ」


 言葉だけでは説明しづらい、実物がいれば楽なのだが。


 村の中心位置までくると、生者の気配と戦闘で起きた騒ぎに反応して残りの動く死体(リビングデッド)達が周囲から集まって来た。

 ざっと数えて十五体ほど。大きな村でもないし殺された村人が必ずアンデッド化するわけでもないため、恐らくは村にいる動く死体(リビングデッド)はこれで全てだろう。


 位置を調整しながら、ここと決めた場所で立ち止まる。

 スプリアに屈んでおくように言ってから、ゲインは左手を前へと突き出した。音も無く現れた蒼炎が、一瞬死体達の動きを止める。

 そのまま炎が揺らめき.、腕の回転に合わせて円状に死体達を飲み込むべく放たれた。


 ボウ、と。


 蒼炎がアンデッドを内側から焼き尽くす。

 村の中を彷徨っていた元村人達の死体は、青い炎に身を包まれたまま一体、また一体と静かに地面へと横たわっていった。

 ゲインは顔をしかめる。腐敗臭程度には慣れ切っているが、腐った肉と脂の焼ける強い匂いは未だに好かない。


「それで話の続きだが」

「え、あ.……はい」

「.……流石に気分が悪くなってきたか」


 見れば、スプリアの顔は血の気が引いて青くなっていた。骨肉が吹き飛ぶ光景位ならまだ我慢できていたが、大量の焼死体に囲まれるのには流石に堪えたらしい。

 無理も無い。燃え盛るそれらアンデッドの枠組み、見た目自体は人そのものなのだから。


 ゲインも流石に少し反省する。

 死体でできた炎のリングからスプリアを連れ出し、一旦休ませようと手ごろな民家に入ろうとして……


 居た。アタリだ。



「まあ……一応は目当てにしていたのを見つけたわけだが」


 当初の目標を見つけたは良いものの、ゲインは微妙な表情だ。スプリアの気分を落ち着けさせるために入った場所で遭遇するとはタイミングが良いのか悪いのか。


 そこに居たのは半透明で青白い、人の輪郭だった。

 凹凸も無くガス状のソレは、家に入って来た侵入者に怯えるように部屋の隅までふよふよと浮いて逃げていく。魔素で構成されたそのおぼつかない霊体は、移動するだけでも形を保つのに精一杯という様子だった。

 傍らには、白骨化しつつある女性の死体。恐らくはこのヒトガタの”元”である人物。


 亡霊(ゴースト)

 最弱の魔物、宙浮かぶ未練。


「あれは……」

「.……悪いがよく見てもらうぞスプリア嬢、これがゴーストだ。最も貧弱な魔物の一つであり、吹けば飛ぶような矮小な存在。だからこそ、知られていないことがある。

 アンデッドを動かしているのは、この空気みたいな存在だとな」


 もしアンデッドを『魔素により変質した怨念が身体を操っている魔物』と定義するならば、ゴーストはその『変質した怨念』そのものなのだとゲインは言った。


スプリアが着用したのはハーフペストマスクです。

可愛いですね。

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