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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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3.後方注意!



 スプリアは座席をぽふぽふと叩きながら、流れていく景色をどこか気が抜けたように眺めている。


「それにしても、馬車の座席というものは思ったより柔らかいのですね。長旅で腰をやられたなんて話があるから覚悟していたのですが……」

「仮にも人を乗せるものだぞ。それにこの辺りの道は舗装も行き届いている、揺れる場所になったら話も変わるだろうな」

「そうでしたか。では敷物を用意してきたのも無駄では無いかもしれませんね」

「嘘だろ、まさかそんなもので荷物を増やして……?」


 ゲインが恨めし気に巨大な旅行バッグを睨む。この分ではどれほど余計なものが詰められているのか分かったもんじゃない。


 緊張からの緩和。

 いくらか感情的な会話を終えたことで、馬車の中には弛緩した空気が流れていた。


「はぁ、何だか気が抜けてしまいました」

「そうか。ずっと妙な調子で張りつめられていられるよりはそっちの方がありがたい」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのですね、騎士(ナイト)様」


 ぞわぞわっと、ゲインの首筋を悪寒が駆け上がる。


「なんだ、その気色の悪い呼び名は」

「良いじゃないですか。だって私のことを守り抜いてくれるのでしょう?それに、声からは分かりませんでしたがフードを外したらまだお若いじゃないですか。少々陰気ではありますが、充分に物語の騎士としても通用しそうな──」

「今すぐ止めろ、依頼を破棄したくなる」


 むぅ、とスプリアが頬を膨らませる、しかしその表情はどこか楽しげだ。

 ころころ態度が変わる女だとゲインは辟易した気分になった。


「何度も言うが、金の為だからな?」

「ゲイン様はお金が好きなのですね。何か元手の掛かるご趣味でも?」

「.……いや、別にそういうわけじゃない。むしろ金は嫌いなくらいだな」


 想像していなかった答えにスプリアが疑問符を浮かべる。


「では、何故です?」

「そうだな、例えば────貧困のガキが一か月を生き延びるために必要な金は、金持ちにとって財布から無くなった事すら気づかないくらいのものだ」

「そうなのでしょうね」


 金銭感覚に疎いスプリアではあったが、ゲインが大げさな事を言っているわけでは無いことは分かる。

 同じ金額でも、小銭程度にしか感じない者がいる一方で命を繋ぐに足る大金と受け取る者もいる。

 貧富の差というのは残酷でもあり、それ以上に当たり前のことだ。それが資本社会というものである。


「だから、俺が金を稼ぎたい一番の理由は、金を大事なものだと思いたくないからだな」

「大事なものと思いたくない、ですか」

「ああ、つまり、俺は俺にとっての金の価値を下げたいんだ。──増えれば増えるほど、そのものの重要性は際限なく低くなっていくものだろ?」


 スプリアは曖昧に頷いた。

 嫌い故に、その価値を下げたい。故に稼ぐ。

 ゲインの考え方自体は理解できないでもないが……やはり納得しがたいものがある。


 「.……変に喋りすぎたな」ゲインが頬を掻いた。そのまま視線をスプリアへと向ける。

 

「今度はそっちの番だ。いい加減事情を説明してもらうぞスプリア嬢。あんたは何がしたいんだ?何でそこまで命に執着しようとしない」

「……未来に展望が持てないというだけですよ。そうですね、詳しい事情は後ろの方々にでも聞いてみてはいかがでしょうか」

「あ?……」


 後ろの方々。

 突拍子のない言葉についキレそうになってから少し考えた後、ゲインは馬車の後ろに付いたカーテンの間からそっと後方を覗く。

 整備された街道だけあって見晴らしは良い。直ぐに、数百メートル離れたところに馬が二頭付いてきているのを確認した。

 乗っている男たちは遠目には旅人か何かにしか見えないが……


「いつからだ?」

「私達が帝都を出てすぐですね。その時から、多分今と同じくらいの距離のままでした」

「ハッ、これだけ時間があったのに人間一人乗せてるだけの馬が馬車を追い越せない筈が無いな」


 つまり、あの二人はわざわざ速度を落としてこちらの後ろに付いてきているという事。つまり、見失なわず怪しまれない程度の距離を意図的に維持しているという事。

 つまりは──追手。

 ゲインが獰猛に笑う。それと同時に、馬車に小さな揺れが起こった。

 「ひゃっ」とスプリアが小さな悲鳴を上げる。


「悪い事をしたな。驚かせたようだ」

「いえ、お気になさらず。私は別に──」

「お前ではなく、馬の方だ」

「……それはそれで遺憾に思いますが、成程、貴方は馬には乗れなさそうですね」


 瞬間的にゲインから放たれる死の気配が濃くなった事で、荷台を引く馬が怯えてしまったのだ。

 厄介な体質である。直接馬の背にでも乗ったなら、その暴れ様は想像に難くないだろう。


「やかましい……それにしても追手とはな。心当たりが有るようだが?」

「その可能性はある、と考えていただけですよ。だから景色を眺めている最中に気づけただけです」


 「まさか本当に居るとは思いませんでしたが」と小さく残念そうに呟くスプリア。


 偶然気づいたとでも言うような口ぶりだが……帝都を出た時点で彼らの存在を認識していたと言うのなら、きっとスプリアは最初から意識はしていたのだろう。

 それこそ、ゲインに死を飾る鳥の話をした時にも。

 不安を感じているのか、何か他の感情があるのか、その表情からは読み取れない。


 ……まぁ少なくとも、良い気分になるわけは無いだろうとゲインは思う。


「プラウトゥス家の人間か?スプリア嬢を連れ戻しに来たなんてことは……」

()()()()()。大方、狙いは私の命でしょうね」

「そいつはまた……」


 『どういう成り行きだ』とスプリアのほうを見ても、彼女が説明しそうな気配はない。

 ただ、何かを受け入れているような諦めているような、儚げな微笑を浮かべるだけ。

 気に入らない表情だ。


「チッ」


 ゲインはぶっきらぼうに座りなおすと、腰につけた聖水を弄びながら言う。


「あの二人に事情を吐かせて、それで納得がいかなかったら次はあんただ。その時はちゃんと説明してもらうぞ」

「えっ?」


 意表を突かれて素っ頓狂な声を漏らしたスプリアは、ゲインの言葉の意味を理解して頭を下げる。


「……はい、約束いたします」

「心配するな。後ろを気にしながら進むなんざ御免だ。今日中にケリをつけてやるよ」

「ふふ、頼もしい限りです」


 スプリアの顔が綻んだ。今度は幾らか自然な笑みに見えた。


「……そろそろ着くぞ、レレトランだ」


 整えられた道では馬の進みも早い。

 時刻は夕暮れ。半日と少しばかりの乗車を終えて、前方に商業の町が見えてくる。オレンジ色の光が並んだ建物に柔らかく掛かり、同時に陰を生んでいた。

 とりあえず目的地には着いた。しかし、それは単純な休息を意味するものではないのだろう。



***



 レレトランに入って御者にチップを渡した後、ゲインが最初に始めたのは宿探しだった。

 繁盛していない宿屋を選んで、部屋を借りる。受付の女性の怯える視線にも慣れたものだ。


 スプリアの部屋に付いてきたゲインは、そこでおもむろに身につけていた瓶類などの装備を床に並べ始めた。

 染みの付いたメイスに携帯性の鞄、魔法瓶が3本と聖水瓶が5本。何かしらの粉を入れた黄土色の袋。それらを並べた様は、まるで裏路地の怪しい物売りが商いを行っている所場(しょば)のようだ。置かれた品物からも異様な雰囲気が漂ってくる。


「な、急になにをしているのですか?」

「あんたはこっちの部屋の窓際で待っていろ。無いとは思うが、相手が入って来た時はすぐ叫べ」


 質問に答えず聖水瓶を1本つかみ取ると……ゲインは頭の上からそれを3分の1ほど回しかけた。

 聖なる液体が惜しげもなく彼の上へ降り注がれ……当然の如くゲインはびしょ濡れになった。

 水を吸った髪が肌に張り付く感覚に不快感を覚えながら、残りも自分の身体へと塗り込むようにかける。


「チッ、気持ち悪い……」

「本当に何をしているのですか??」


 スプリアが思わずといった様子で突っ込む。

 いきなり装備を脱いで部屋の中で聖水を使った簡易水浴びを始めたと思ったらこの不満顔である。意図が全く分からない。

 何らかの高度な嫌がらせかと思うほどだ。


()()()()だ。今のままじゃ目立ってしょうがないからな」


 そう言われてはっと気づく。

 馬車の中で常に感じていた、スプリアを誘うような、命を脅かすような暗い感覚が無い。

 いや、正確に言えば完全に無くなったわけでは無い。だが意識しないと感じ取れないくらいに弱まっている。

 ゲインから放たれる死の瘴気が()()されて薄まっているのだ。


「お友達に詳しい事情とやらを聞いてくる。大人しく待っていろ、良いな?」


 更に一本聖水瓶を掴むと、懐にしまう。

 短く告げると、ゲインは外気を取り込むための窓を開き、窓枠へと足を掛けた。

 そのまま外まで身を乗り出したかと思うと──一気に屋根の上まで跳躍した。

 スプリアが慌てて窓へと駆け寄るも、上を見てももうその姿は確認できない。


「……凄い身体能力ですね」


 見事な跳躍に感心しつつ、色々と一方的過ぎやしないだろうかと少し不満を抱く。

 部屋の中には、残された装備品たちが主人の代わりと言わんばかりに不気味なオーラを漂わせていた。


「それにしても、聖水で気配が薄まるだなんて、」

 それはまるで──。


 スプリアは、頭の中に浮かんだ失礼な想像を止めた。

 一緒にするのは適切ではないと感じたからだ。そもそも彼女は()()をまだ見たことがない。

 この旅が上手くいくなら、必ず見ることになるのだろうが。


 さて、一人になったがこれといってやることもない。自分を狙う追手が近くまで迫ってきている事に対しても今や不安は全く無い。

 彼女としてもどこの誰とも知らない人間に殺されるのは本当に避けたい事ではあったのだ。が、そうはならなそうだ。

 出会って二日しか経っていないが、ゲインが根拠なく言葉を吐く人間ではないという事くらいは理解できた。何より、彼がそこらの暗殺者程度に敗れる姿はどうしても想像がつかないのだ。


 何とはなしに、白菊の家紋の彫られた指輪を見つめる。

 微妙にぬるい夜風を身体に感じながら、スプリアはゲインの帰りを待つことにした。





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