20.悪霊
『プラウトゥス家に栄光あれ──』
「……は?」
それはあり得ない出来事だった。
ゲインはこれまで死霊狩りとして、それこそ何百、何千というアンデッド達を屠ってきた。
だが、こんな事は一度だってなかった。スケルトンが言葉を……言葉を喋ったというのか?
言葉が肉声として空気を震わせたわけではない。
不意に身体に響いて聞こえた、そんな感覚だ。
それは亡霊に頭を突っ込んだ、或いは取り込んだ時の、無理矢理に感情を流し込まれる感覚に似ており──それらとは違う、明確な意思が感じられた。
その『声』が、今二人の目の前で滅びつつある骸骨騎士から発されたものである事は明らかだった。
「……何が起きてやがる」
ゲインは一瞬、足元が揺らいだ心地になった。
経験に無い、まるで意味の分からない現象に困惑の極みにある中、隣に立つスプリアを見る。
今まさに、決別の宣誓を行おうとしていた少女を。
その決意を、言い終える前に遮られた少女を。
そこで息を吞む。
白髪の令嬢は……どこか納得したかのように目を伏せていた。
その無力な佇まいが、一言も喋ろうとしない立ち姿が、何故だか物凄く危険な兆候に感じられて、悪寒がゲインの背中を伝う。
それは予感だった。
少女の向かう先が決定づけられてしまうような。全てが台無しになるような。
続く『声』が響いたのもその時だった。
『仇なす者共に──』
「──ッ!」
今度こそゲインは、一瞬の躊躇いもなく骸骨騎士の体を砕き割った。
鎧と骨片がはじけ飛び、残った体がすぐさま炎で覆われる。言葉が続く前に念入りな処置で破壊する。
それを受けてカヴァリア・プラウトゥスの骸骨騎士は、間違いなく完全に沈黙した。
もうその古き人骨からは、醜聞も声も響いてくることはない。
討伐、完了。
「……クソ」
依頼を達成した高揚感など、微塵も無かった。
何故このアンデッドが喋ったのか、そこにどのような理屈が働いたのか、理由は分からない。
死霊狩りたるゲインにとっても、全くの理解の外である。
それでも……聞かせてはいけない言葉だったという確信があった。
その言葉を、彼女の耳へ入れるべきではなかった。
『プラウトゥス家に栄光あれ』
……ゲインの行為は既に手遅れであったかもしれない。
スプリアは何事かを語りかけていた祖父を強制的に破壊したゲインに対して非難を向けることはなく、ただ静かに長い息を吐いた。
スプリアは祖父の死霊の討伐に、特別な意味を持たせようとしていた。
言わば、それは一つの儀式であって……儀式は最悪の形でひっくり返ることになった。
「嗚呼──」
腹の内を全て出し切るような、長い長い嘆息だった。
蒼炎に覆われた祖父の骸骨の半身を見つめながら小さく呟いて、静かに空を仰ぐ。
当然、見えるのは天蓋に覆われた煤けた檻のような世界のみ。
そして……指から外していた家紋の指輪を再び嵌めなおした。
地面に埋められる筈だった銀の輪は、あるべき場所に戻ったかの如く、炎の蒼を反射してスプリアの指先で光ってみせた。
「スプリア嬢、それは……」
「──行きましょうゲイン様」
想定よりも冷静なスプリアの態度に、ゲインは思わず口をつぐんでしまう。
「帰り道には崖に近い斜面を利用するのでしたよね?炎の壁が消える前に急いでここを出なくては。傾斜を群がって襲い掛かられたら、それこそ大事故になってしまいます」
「お前……いや、そうだな、考えるのは……後にするべきだ」
自分に向けて、そして、少女にも言い聞かせるように、ゲインはスプリアの意見に賛同した。
巨大天幕の裏側を破壊して退路を作る。予想通り、炎に釣られたスケルトンたちは入り口に固まったまま、裏側にまで集まっていなかった。
爆火鉱の粉末で増幅された蒼炎が鎮火して天幕内部にスケルトンたちが雪崩れ込んでくるまでにはまだ時間がある。
気づかれないように、二人は大本営を後にした。
多少の物音は炎が消し去ってくれた。
(……スプリア嬢。お前は今……何を考えている?)
帰路について冷静に話すスプリアの顔に浮かぶのは諦観ではなかった。そこには、変わらず前へと進む意思が窺い知れた。
だが、ゲインをそれを素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
感じるのは、何かが致命的に間違ってしまったという焦燥だ。おかしな矛盾の存在だ。
ある意味で前向きな意見を述べるスプリアの表情からは……そこに抱いていた筈の祈りも期待も消え去ってしまっていた。
冷然とした意志の篭った瞳。そこには今までの彼女の泰然とした様には無い鋭さが混じっていた。
おかしいのはそれだけではない。そもそも、彼女の前へと進む意思自体が、祖父の骸骨の討伐を一つの終着点としたものであった筈だ。
ならば、彼女は今──何を目標として進もうとしている?
その意図が分からないことが不気味であり、同時に不吉だった。
何よりも、ゲインには指輪を嵌め直す前のスプリアの小さな独白が聞こえていた。
「結局私は……逃げられないのですね」
そんな、諦観そのもののような言葉を。
彼女は呪縛から解き放たれるために此処に来た。
そして、彼女に新たな呪いがかけられた。




