1.死霊狩りと貴族令嬢
リフジオ帝国帝都五番区の大通りに居を構える冒険者ギルド。歴史ある建物の中は、今日も冒険者たちの喧騒で活気づいていた。
リフジオ帝国は他種族に寛容な国だ。冒険者たちの中には動物の如き体毛を持つ獣人や爬虫類の鱗を身にまとう蜥蜴人などの亜人が交じっているが、それを気にする者は誰もいない。
冒険者たちはそれぞれの武器を傍らに、自分達の武勇や苦労話に花を咲かせていた。
そんな中、音を立ててギルドの扉が開く。
扉を開いたのは黒衣の男。その男が入ってきた途端、ギルド内の空気が一変する。冷たい風が一瞬で行き渡ったかのように、静寂が広がった。
奇妙な風体の男だ。十人が見れば十人とも「ああ、この人には何か後ろ暗いことがあるんだろうな」と勝手に納得する様な。
背に挿した得物たるメイスには落としきれない汚れが滲んでおり、腰につけている魔法瓶や聖水が、ガチャガチャと耳障りに音を立てる。
何よりも彼が醸し出すその雰囲気だ。熟練の冒険者でも息を吞むような、鬱屈とした気配。
「……死臭がする」ハーフエルフの狩人は、そう呟くとそっと顔をそらした。
「……」
多種族の中にあってなお異質。
そのような扱いには慣れているようだ。周囲からの視線を気にかけることなく、男は二階への階段へと迷わず歩を進める。
彼が居なくなると、場にはどこかほっと安心したような空気が流れた。話題は自然と、今通り過ぎて行った男の事へと移る。
「あれが例の、アンデッドばかり狩ってるとかいう異名持ちカ。話には聞いてたガ、想像以上にヤバそうな気配だナ」
「それって儲かるんすか?ゾンビやらスケルトンなんて雑魚だし、魔獣のアンデッドなんてそうそう出ないっすよね。稼げる相手じゃない気が……」
「別に普通の依頼受けないって訳じゃないだろ。それに、実際儲かってはいるんじゃないか?」
歴の長い冒険者が、黒衣の男が入っていった二階の扉に顔を向ける。
「迷わずあの扉に入るってことは指名依頼だ。金が嵩んでも奴に頼みたいって物好きがいるんだろ
────”死霊狩り”ゲイン・アヴァ―ロに」
***
「────。お待ちしておりました」
部屋に入り依頼者の姿を認めたゲインは、僅かに驚きの表情を浮かべる。
そこにいたのは、まだ年端もいかない白髪の少女だった。高額の討伐依頼を出した依頼主としては意外な人物だ。
良い所の令嬢であろう。依頼主の名前から貴族であることは分かっていたが……
(……厄介そうだな、色々と)
受けた依頼の内容が内容であるだけに、ゲインは内心悪態をついた。彼は元々貴族が嫌いであり、貴族連中なんてものとはタダでさえ関わり合いになりたくないのだ。
とはいえ話を聞かなければ始まらない。大人しく席に着く。
金を稼ぐチャンスを逃してはならない。彼が見るからに訳アリの依頼を受けたのは金の為なのだから。
「ゲイン・アヴァ―ロ様。貴方はアンデッド系統モンスター退治の専門家だそうですね?」
「ああ。俺以上に奴らへの理解が深い冒険者は居ないだろう」
「頼もしいお言葉です。その腕を見込んで、この危険な依頼を貴方に受けて頂きたく──」
「その前に少しいいか」
少女の大仰な言い方を静止して、ゲインは懐から紙を広げる。
「依頼内容の確認だ。討伐対象はゼフムダルカ大霊園にて目撃されたプラウトゥス家の家紋が彫られた鎧を纏う骸骨騎士。確認方法はその鎧を持ち帰る事。
それで合っているな?スプリア・プラウトゥス」
「……えぇ。恐らくはご想像の通りです」
討伐対象のアンデッドと同じプラウトゥス家の名前を持つ少女は少し沈黙を見せてから、用意してたかのようにその言葉を口にした。
「貴方には、私の祖父の死霊を祓っていただきたいのです。ただし、確認方法については私の現地確認に変更させて頂きます」
衝撃的な台詞。
しかし、真に問題なのは実は二言目である。
「祓う、か。……………………いや、待て。今何と言った?現地確認だと?」
「はい。これに合わせ、報酬金額は300万ゼルから500万ゼルへと増額しましょう。納得頂けましたら変更箇所については後程ギルドに」
「待て、待て。話を進めようとするな。待て」
早口で決定事項として進めようとする少女に対しゲインは本気で混乱していた。貴族相手への偏見と嫌悪感から来るある種の余裕が吹き飛ぶほどに。
(着いてくる気なのか!?)
貴族の家系の亡霊退治。面倒な意図が含まれていそうだから確認しておきたいと思ったらこれである。
爆弾を処理しようとしたら二個目が隣に置かれた気分だった。
ゼフムダルカ大霊園は禁則地の一つに指定された死霊達の楽園、つまりは超の字がつく危険地帯である。ゲイン自身、アンデッドとの相性の良さ故に単身乗り込むなら問題無いと判断する程度だ。
それをこの女は今、事もあろうか現地呼ばわりしたのである。
「スプリア……嬢の護衛依頼も兼ねるという事か?俺以外の護衛はどの程度の予定で、いや、それよりも。そもそもだ。変更内容があまりにも大きい。その変更では200万ゼルの増額では足らない」
「それは……困ります。それが私の全財産なので。その関係で護衛も貴方一人に頼みたいと考えているのですが。……どうにかならないでしょうか」
「は?」
前提がここまで変わるなら報酬ももっと変わるべきだと、ゲインのがめつい部分が顔を出した。
が、更なる爆弾の投下で一瞬で引っ込んだ。
全財産。護衛一人。余りに荒唐無稽な話だ。といってもスプリアが嘘をついているようには見えず、懇願も本気に思える。色々と疑問は尽きない、尽きないが……
ゲインは一周回って冷静になっていた。
考えても意味がないのだ。いかに報酬が高くても、内容がこれでは考慮に値しない。
世間に疎い貴族のお嬢様の戯言に付き合う気は無い、と。
「悪いが馬鹿げている。禁則地で目的が済むまで対象を一人で護衛し続ける。殆ど無理難題と言っていい。
……相性の良い高額依頼かと思ってきたが、時間の無駄か」
「ええと、でしたら。達成条件を変更しましょう。依頼を受けてくだされば、私の生死に関わらず300万ゼルは支払われる様に」
「正気か?」
帰ろうとした、その時。最後の爆弾が投下された。
「護衛依頼なのに護衛対象の生死は問わない、だと?意味が分からない。道中で都合よく事故死にされかねない内容だぞ」
「最初から依頼内容は護衛ではありませんので。これならば気兼ねなく受けて貰えるのではありませんか?」
「……」
証明するように、スピリアは机に置いていた契約書の文面をさらさらと書き直していく。印を押す。それをゲインは狂人を見る目で眺めていた。
シンプル故に破壊力のある変更。元々の成功報酬である300万は手数料も含めて既にギルド預かりになっており、依頼主本人に何かがあっても問題なく支払われるだろう。ゲインの目から見て穴や罠は確認できない。
彼女は本気だ。
完全に話は変わった。ぼろ儲けどころの話ではない。完遂すれば500万、失敗しても300万。つまりは300万ゼルが殆ど確約された依頼だ。
慎ましく生きれば5年は暮らせる額だ。もはや依頼を受けないという選択肢は無い。
ところでこの300万ゼル、普通に考えれば前金の様なものだが有する意味は少々異なる。
この金額が手に入るのはあくまで依頼が終わった後。
討伐に失敗した上でその事が露見すれば、つまりは依頼主が生きて帰れば報酬は出ない可能性があるからだ。
──最悪、適当なところで彼女を殺せば300万ゼル。これはそういう依頼である。
もう自分には関係ないと切り捨てた疑問が再び湧き上がる。
目の前の少女は何故そんなことをするのか。手の込んだ自殺にすら思える行為。何かしらの陰謀でないと逆に不自然なレベルである。
疑問に満ちたゲインの視線に答えるように、スプリアは口を開いた。
「私にはもう惜しいと思えるものが無いのです。自分の命すら」
それは驚くほど何の答えにもなっていなかったが……ゲインにはある種の納得があった。
扉を開けた時から気になってはいたのだ。驚きこそあれ、恐れは無かった彼女の反応に。
自分の身体から漏れ出る、常人なら嫌悪すべき死の気配。それにスプリアが最初から少しの不快感も見せなかった理由が分かった気がしたから。
「あんた、死にたがりか何かか?」
手の込んだ自殺というのは、案外間違っていないのかもしれない。ゲインは漠然とそう思った。
そしてそれに納得さえすれば、混乱も落ち着くというものだ。疑問が解決するわけでは無いが、それは追々聞けば良いだろう。
少女の態度は気に入らないが……考えなしの馬鹿よりは、訳アリの方が幾分かマシだ。
幸いというべきか何というか、依頼を受けるならば同行する時間はいくらでもある。自分の纏う瘴気を受け入れられるような人間は殆ど居ないが、彼女は問題無いようだから。
「疑問はあるが金の前では些細な事、か。良いだろう。正式にこの依頼を受諾する」
「──良かった。ありがとうございます」
スプリアは顔をほころばせると、深々と頭を下げた。
その笑顔は状況にそぐわず儚げで美しく、一瞬呆気にとられるほど。
(随分と嬉しそうに笑うな、自分が死地に向かう契約に判子を押したというのに。──或いは、だからこそなのか?)
こうして、死霊狩りと終活令嬢の短い旅が始まった。
その旅の結果に何が生まれるのか、二人はまだ知らない。




