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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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14.スプリア・プラウトゥス〈Ⅰ〉



 化け熊との戦闘で焼けた右腕が快方に近づきつつあり、大霊園行きの準備をしている最中、最後の晩。

 スプリアは静かな眼差しででゲインへと話しかけてきた。

 覚悟とに言うにはまだ遠いが、それでも何かを決めた事が窺える真剣な視線。

 その改まった様子にゲインも装備の手入れを止めて姿勢を正す。


「少し……お話をしてもいいでしょうか」

「ああ、何の話だ」

「惨めで哀れ──そう宣うには何も不自由など無い生活の中、生きる意義を見つけられなかった貴族の令嬢の話です」


 それは、人に言えぬ秘密と過去を明かしてくれたゲインへの敬意だったかもしれない。

 昔観劇した悲劇の一節でも語るかのように。

 スプリア・プラウトゥスは自身の半生を諳んじた。



***



 死にたいを生きていた。

 自分の人生に何の意味があるのかと、何度も疑問に思っていた。

 無為に続くことはみっともないことに思えて仕方が無かった。


 幼い頃に連れて行って貰えた劇場の様子を何度も思い描いた。そこで行われる舞台で歌い踊る者たちの生きざまは、目も眩むほどにドラマチックで、作り物だと分かっていてなお魅力的で。

 鮮烈に生き、そして時として鮮烈に死ぬその在り方に憧れた。

 自分とは大違いだと。


 実の所、プラウトゥス家に生まれたスプリアが死に対して興味を持つのはある意味当然のことだった。



 プラウトゥス家が今の時代まで存続できたのは、殆ど幸運と言っていい。

 時代と共にシャーマンの技能が持て囃されなくなり宮廷貴族としての働きが無くなった時点で、本来なら途絶えてもおかしくは無かったのだ。

 付け焼刃の家業でなんとか凌いでいた弱小貴族。それが実情だった。

 そこに生まれたのが純粋な戦の才覚を持つカヴァリア・プラウトゥスだ。

 その類まれな才が帝国の国土拡大を目的とした軍事行動において発揮された結果、戦果によって一時的に家名だけは有名になったのだ。


 だが、ゼフムダルカ盆地の戦いを契機としてそのブームも終わった。武家としての方向転換、その方向で家を盛り立てる事は不可能となった。

 言うまでもなく、理由の一つは当主のカヴァリア・プラウトゥスが亡くなったため。

 そして二つ目は、武力の重要性が薄れたため。貴族に率いられていた騎士達は騎士団として貴族からはある程度独立した形に変わりもした。

 

 スプリアの父に渡されたのは、そしてスプリアに渡されるのは最初から貧乏くじだった。

 プラウトゥス家に受け継がれてきた白髪は、過酷な状況下のストレスも関係しているのではないかと冗談めかして父は言っていた。

 あくまで冗談である。シャーマンと呼ばれ栄華を誇っていた初代のころから、プラウトゥス家は代々銀に近い白髪だ。


 閉塞感があった。


 優秀な頭脳で考えれば考えるほど、スプリアには、プラウトゥス家が手詰まりであることが分かってしまうのだ。

 今はまだ大丈夫だ。父が健康を引き換えに苦労して工面している金で、庶民よりは間違いなく裕福に暮らせている。

 だが、次の世代は……つまり、スプリアは無理だろう。

 祖父の亡霊の醜聞はとっくに知れ渡っている。なまじ有名になったからこそ、話題性が高いのだ。

 スプリアがどれほど見目好く愛想よくを心がけたところで、良縁を持ってくるのは不可能に近い。

 貴族として生まれ、家の為に力を尽くしたくてもその方法が無いという歯がゆさがあった。


 幼い頃から、高貴な一族の末裔としての生き方を教えられてきた。

 屋敷に残った遺物や手記から先祖の生業や生き方を垣間見た。吐き気を覚えるような、倫理を疑うようなものがあった。手放しで称賛できるものでは決して無かったが、確かに家を存続させてきた者たちの記録でもある。


 教わった通り貴族としての誇りを大切にするべきだとは思っている。

 それと同時にくだらないとも思っている。


 貴族として、体裁を取り繕うために必死に身を削る父に、そこまでする必要があるのかと何度も思ったものだ。

 貴族として生きる事。

 しかし、それをどれだけくだらないものと感じようとも、スプリアがそれに生かされてきた事実は変わらない。

 服も、寝床も、食べ物も、全ては与えられてきたものだ。それ以外を知らないという事実もまた……変わらない。

 希死念慮は彼女を殺すに至らなかった。家を飛び出すという決意も育つことはなかった。


 しかし、スプリアの心とは無関係に物事は動く。長い長い停滞を嘲笑うかの如く事態は急変する。

 プラウトゥス家が消えて困る者は貴族社会にいないだろうが、消えて喜ぶ者はいる、そういう話だ。


 父が倒れた。


 いよいよ疲れが祟った結果だと、それでも何日かすれば治ると思っていた。しかし、後に何者かによって毒物を摂取させられた可能性が高いと判明する。

 使用人の中に間者がいたのだろう。もしくは金でも握らされたか。公表するわけにはいかず、また犯人探しをする余裕も無かった。

 使用人に信頼のおける者を登用する力も無いのが今のプラウトゥス家だ。

 主治医によれば、回復の見込みは無いという。

 スプリアが15歳を迎えて少しした時である。



***



 父が倒れてからというものスプリアの母の取り乱しようは実に無様なものだった。いや、考えてみれば元々そうだったかもしれない。しかし、輪をかけて酷くなっていた。


「起きなさいよ!こんな筈じゃ、私の人生はこんな筈じゃなかったのにぃ……!」


 病床に付す夫を揺さぶりながら彼女が発していたのは、快癒を願う言葉ではなく怨嗟の篭った恨み言だった。

 自慢であると公言していた金色の髪をぐしゃぐしゃに乱しながら、答える事の出来ない相手に延々と悲鳴のような憤りをぶつけていた。


 取り乱しようからして、毒を盛ったのが母では無いと確信出来たのは一つの救いか。


「貴方には私を幸せにする義務が有るのよ!なんで私がこんな家に来てあげたと思って……!?はるばる子爵家から嫁いできたのに、碌に贅沢もできず、茶会にも呼ばれることもなく、いつかはマシになると思って耐えてきたのに、挙句の果てにこれなの!?」


 母がコインズ子爵家からプラウトゥス家に嫁いできたのは、まだ祖父の亡霊が噂とならず、その勇名が内情はボロボロの零細貴族家の格をぎりぎりで保っていた頃だった。

 率いた軍を失い名誉の無い戦死を遂げはしたが、それ以前のカヴァリアの武勇は未だに語り継がれるものだ。それを父が上手く利用したのだろう。

 本来なら、貴族は同じくらいの格の相手と婚姻するのだが。

 この婚姻に関しては、前コインズ子爵が子沢山であり娘に至っては五人も居た事、母が面食いだったこと、そして貴族家の力量を見極める力が不足していた事が関係しているはずだ。


 スプリアはこの母が嫌いだった。

 母が家の再興のために何かをしていることを見たことは無い。その癖文句は人一倍だった。

 スプリアを社交界に入れる為の教育を施したのは確かだが……言いたい事だけ言って殆ど全て侍女に任せきりだったのを覚えている。


 元の家に住んでいた時の感覚が抜けないらしく、父が寝る間も惜しんで働いている中で贅沢を行っていた。言葉を聞く限り、彼女にその自覚は無かったようだが。

 その過程で劇場に連れて行って貰えたことにだけは感謝しているが、恩を感じるのはそれだけだ。

 嫌いだった。浪費家で、喧しくて、高慢で──


 そして、自分がこの母よりも役に立たない事が耐えがたかった。


 だってスプリアは貴族の女なのだから。

 母の発言は完全に間違っている訳では無い。家を維持するのはあくまで家長の役割だ。貴族家の婚姻には繋がりをつくる意味合いが大きいため、コインズ子爵家からのパイプや持参金を持ってきた時点で貴族の女として母は既に仕事を果たしているとも言える。

 ああ、彼女はある意味正しい。


 だが、それでも。


「それもこれも、全部あの悪霊のせいよ!死んだなら大人しく土の下に埋まっておくべきなのよ。ご丁寧に鎧を着たまま蘇るなんて、先祖の真似事のつもりかしら!?気持ち悪いったらないわ!あんな訳の分からない魔物のせいで……!私は、最初から来るべきじゃなかったのよ、こんな呪われた家に……!」


 それでも、不快に過ぎる。


「お母様」

「……居たのねスプリア!あなたも!あなたさえ私みたいに金髪なら、その顔ならきっとどんな男だって落とせたのに!そしたらまだ希望はあったのに、あなたがそんな髪で生まれるから!」

「静かになさって下さいお母様。ここが病床である事を忘れないで下さい」

「何様のつもりよ!あんたが……」


「──お母様」


 自分の喉から出たことを疑うような、冷たい声が出た。

 そして、きっと瞳はそれよりも冷えていたのだと思う。目を合わせた母が「ひっ」と小さく声を上げるのが聞こえた。

 その様子を見ても可笑しいとすら思わなかった。ただただ目の前の女……母が不快だった。


 だが純粋な嫌悪感だけではない。スプリア自身、疑問であった。

 何故自分はこんなにも怒っているのだろうかと。

 苦々しく思っていた筈だ。体裁を取り繕うためだけのプラウトゥス家の存続の在り方に。だが、それを母に悪し様に言われるとこうも不愉快になるのか。


「な、なによっ!」

「お母様、貴方の言う事は正しいです」

「……え?」

「貴方はこの家に来るべきでは無かった。適しても居なければ、相応しくも無かった。ラストネームにプラウトゥスと付けるべきではありませんでした。貴方がプラウトゥス家に来た事自体が不幸と言えます。お父様もお母様も、互いに見る目が無かったということでしょうね」


 もっとも、家の存続を第一にする父からすれば子爵家令嬢の母は一番の選択肢だったのだろうが。


 母は「なっ、なっ……」と呆然としたまま声を震わせていた。


「あ、あんたは私の娘なのよ……!?私があんたを産んだのよ。私が居なきゃ産まれてすらいないってのにそれを……どの口で……!」


 それこそが私の絶望の一つなのですよ、と。

 流石にそれは口に出さなかったが。


「失礼。父の危篤という大事に淑女の誇りや振る舞いを泥の下に埋めたようなお母様の振る舞いを見て取り乱しました。娘として、お母様もこれ以上の醜態を晒さない事を切に願います」


 抑揚なく、一切目をそらさず。

 目の前の母へと言い切った。


「〜〜!」


 母は何事かを喚き、震えた手で花瓶を投げてきた。

 速度が遅かったのでそのまま掴んだ。こぼれた水分が、頭へと飛んで白い髪を僅かに濡らした。


 がくがくと無様に震える母の姿は、やはり貴族に足るものには見えなかった。



 それから少しした後、何人かの使用人と共に母は家から消えていた。

 別に自分を恐れての行動でも無いだろう。プラウトゥス家を見限っただけだと、他人にはそう言う筈だ。

 正直、興味はなかった。

 あの人にも、まだ何処かに避難できるくらいの伝手はあったんだなと逆に感心したくらいだ。現コインズ子爵と母はあまり仲が良くなかった筈だ。



***



 父の事は……好きだったと思う。

 言い切ることが出来ないのは、疑問を覚えていたからだ。肩書を守ることの大切さに。それに必死になる事に。

 それでも父の心労と常の努力は知っていたし、その努力によって得られた金で衣服にも食べ物にも不自由せず育ってきた自覚もある。

 だから尊敬するべきだと思っていたし、実際尊敬もしていた。


「さようならお父様」


 スプリアには元々兄が居た。

 だが、彼は幼い頃にスプリアの見ていない所で死んでしまった。何かの果物のアレルギーで喉を詰まらせたと聞いている。


 本来なら、父は男児が産まれることを信じて新しく子供を作るべきだった。母もまだ適齢期ではあったしそれが貴族として、家長として当然の行いの筈だ。だが、父は頑なな程に新しい子を望まなかった。


 その理由は今まで分からなかった。

 だがこうして何者かに毒を盛られて病床に伏せっている父を見れば……父が恐れていたのは()()()()()()なのかもしれない。


 もしそうであるならば……下手人を、それを命じた者たちを地獄に落としてやりたいと思う。

 どんな手段を使ってでも復讐を果たしたいと。その怒りの種はスプリアの中に埋まっている。

 だが、父の考えに確信が持てなかった。不確かな憶測で盲目的に憎めるほど馬鹿にはなれなかった。


 ──或いは、嗚呼、或いは。


 父が、自らの幸福すら投げ出すほどに仕事に没頭していたのは、未来に目を背けていたからなのかもしれない。

 彼がやっていたのは、一種の『逃避』であったのかもしれない。


 父は とっくの昔に それこそスプリアよりもずっと前に  諦めてしまったのではないだろうか?


 ……全て、確証の無いことだ。


 事実として残ったのは、父は養子すら取らずに男の跡継ぎを作ろうとしなかったこと。もし予定していたとしても、その前に倒れてしまったことだけである。



 父と話が出来る事はきっともうないだろう。

 奇跡を願ってみるのも悪くは無いのかもしれない。運良く意識を取り戻し、いくつか言葉を交わせる可能性は確かにある。父の真意を知ることができる可能性はある。


 しかし、見ていられなかった。今のままでは駄目だと思ったのだ。

 流動食を無理やり喉へと流し込まれ、排泄物の処理すら使用人に任せなくてはいけない。

 無理矢理命を繋がされ、混濁の中で死ぬこともできず。

 家の為に生涯を懸けてきた貴族の最後が、こんな惨めなものではいけないと、そう思った。


 故に、


「私も遅れて参ります」


 瘦せ細った父の胸板に、心臓の位置する場所に手を当てる。

 優し気ながらも精悍であった顔は今や、苦痛によって歪められていた。

 少しでも慰めになるようにと祈りながら、骨ばった首筋に手を添える。


 静かに、時が過ぎる。

 男の顔は喘ぐように歪んだ表情から、どこか安らかな物へと変わっていた。

 そっと手を離す。

 開いた手の平は、酷く冷たかった。


 使用人を呼んで、スプリアは静かに言った。


「葬儀の用意を」




***




 ──とある貴族によると

 社交界のパーティに参加していたスプリア・プラウトゥスは決して壁の花で済むような凡庸な少女では無かった。それどころか、隅に居てなお目を引く美しさであったと言う。

 両親譲りの整った顔立ちは気高さと美しさを兼ね備え、冬の空の如く灰色がかった青の瞳には理知的な光が宿っており、見るものにその聡明さを窺わせた。光沢を抑えた白髪はシャンデリアの光を浴びても派手に輝くことなく、むしろ光を静かに吸い込み高貴な陰影を湛えていた。


 だが、彼女に近づく者は少なかった。

 彼女の家の噂はその原因。そして、その噂を補強するかの如く。


 スプリア・プラウトゥスは、美しく、儚げで、そしてどこか破滅的な雰囲気を持つ令嬢であったそうだ。




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