12. 逡巡
「──と、まぁ大体そんなところだ」
一難去って穏やかな車内には似つかわしくない、凄惨な昔話だった。
話を聞くに、ゲインはこれ以上ないほどに特異な体質だ。ゲインの身体は亡霊の坩堝の如く、数えきれない程の死が渦巻いている。故に彼はここまでの化け物になるに至った。
いや、化け物になるほどに死霊達を取り込まなければ、逆説的に自我を証明できなかったと言う方が正しいか。
呪われた半生、呪いに浸したのは自らの意思。
「……」
ゲインが語り終えた時、スプリアは彼に何と言うべきかを考えていた。
悲痛な過去に同情を覚えるべきだろうか。余りにも凄惨な経歴に怯えるべきだろうか。
だが、スプリアが彼の話を聞き終えて感じたのは、なによりも最初に胸の中を占めたのは。
自分でも驚く事に……羨ましさであった。
噛み締めるように、呟く。
「ゲイン様は……成し遂げたのですね」
「……なに?」
ゲインは呆気に取られたようだった。
自らの暗い過去を臆さず話しきった狩人は、全くの想定外であった少女の反応に戸惑いを見せた。
「……流石に……何かしらの非難はされると思ったのだがな。まさか肯定されるとは」
自嘲するように言う。
ゲインは最初から自分の行ったことに正当性などないと自覚している。
それでもやらざるを得なかった過去。悔いてこそいないが、ずっと負い目のようなものはあった。
だから、嘘や世辞の混ざっていないスプリアの呟きには衝撃を覚えた。
一方で、スプリアに非難の言葉は浮かばなかった。
当然、人道から外れた行為だとは思う。だが、自分では想像もつかないような苦境や苦痛を味わった相手に一方的に道徳を説けるほど傲慢な人間ではない。
人道の話をするなら、彼女の祖先も似たようなことをやっている。
それに……
「ゲイン様のした事は確かに許されることでは無いでしょう。でも、自分の苦しみに正面から向き合い、それが何かを明らかにし、何物も恐れず打破して見せた。私にはそれが……尊敬するべきことに思えます」
「……そう、か」
それはスプリアの偽らざる本心だった。
自分とは大違いだと。
それにしても、ゲインの語った内容は凄惨さを抜きにしても、驚くべきものだ。
亡霊と人間の……融合、と言って良いものか。
他人に口外しない保証、それも重要かもしれない。本人由来の異常性とはいえど、魔力を即座に回復する手段というのは誰もが飛びつく題材だ。
もし仮に利権として商売に結び付ける方法があれば、それこそ貴族家を一つ興せそうなくらいには。
捕まって実験動物として扱われるのではないかという危惧は至極真っ当なものだ。ゲインを相手にそれが出来るかというのを置いておけば、ではあるが。
となればやはり、それも含めて。
「どうして全て話してくださったのですか?」
「──忘れるなよ、先に踏み込んだのはお前だスプリア嬢。魔力回復がバレた以上は、少なくとも納得の出来る説明が必要になっただけだ。それこそお前を殺して口封じでもしない限りな……根本をぼかされて説明されたところで、納得できたのか?」
「それはもちろん納得しませんが……」
「ハッ」
当然の様に答えるスプリアに乾いた笑いを返した後、ゲインは自分でも完全には理解していない顔で続ける。
「まぁ実際、馬鹿正直に全部言う必要は無かったんだが。必要のない部分まで喋りすぎたのはスプリア嬢の状況が特殊だったから……というより多分、その態度に腹が立っていたからだろうな」
「私の態度に、ですか」
「ああ」
態度と言うのが何を指しての言葉なのか。それはスプリアにも分かっていた。
反対に、ゲインの方は自分でもむしろ答えが出ていないようだった。なお思い悩むように没落の運命にある少女を見つめていた。
「未練を残さずすっぱり自分の意思で死ねるならそれは確かに正しい死に方だとは思う。ある意味ではその選択は立派だと思っているんだ。だが同時に──当然の顔して死のうとしてるお前に、どうしようもなく苛立ちを覚える。誇りある生き方ができなくても、這いずり回ってでも生きるべきじゃねえのかと思っている……ここまで赤裸々に語ったんだ、理由は分かるだろ」
ゲインは、血反吐を吐いても生きることを選択してきたから。
自我の証明を果たしたゲインは、満足すると同時に生きる目的を一つ失った気分にもなった。
今、彼が冒険者として金を稼ぐ生き方を続けているのも、半ば惰性のようなものだ。
それでも……満足したからいつ死んでも良い、などと言う気分には欠片もならなかった。
明確な目的なんてなくても……生きたいのだ。生きていたいのだ。
その気持ちには理屈なんて必要なく、無条件で肯定される事実だと考えている。
だからだろうか。死を求めようとするスプリアの在り方を許せないでいる。
本当は初対面の時から既に、その自身の終わりが前提の泰然とした立ち振る舞いに思うところがあったのだ。
諦めるには早いだろうと。
「……苛ついたんだ。まだ子供だろうがよ、てな」
一方で。
生きることが苦しみにつながることもゲインはこれ以上ないほど良く知っている。
家を失って暗殺者すら差し向けられる立場にあるスプリアが、有終の美とやらを求めたくなる気持ちも……少しだけなら理解できなくはない。
ゲインは間違いなく底の底を体験してきたが──これから堕ちる彼女に、それでも生きろと正面から発破する事はできない。ゲインはあくまで一介の冒険者に過ぎず、依頼が終わればただの他人。
発言の責任を取ることもできなければ明確な希望を与えることもできない。
スプリアに生きる意志を取り戻してほしいと、それすらはっきり言葉にできない。
だからこのような自分の過去を明らかにしてまでの遠回りな言い方になった。その原因となったのは化け熊というアクシデントのせいでもあるのだが。
なんにせよ、ゲインは語った。後は彼女の反応を待つだけだ。
「私は……」
スプリアの声が震える。色素の薄い唇が、きつく引き絞られて──
しかし、結局言葉を紡ぐことは無かった。
思い起こされるのは狩人の半生に比べてみれば嫌気が差すほどに矮小な己の過去。
彼女の悲観と絶望も、せめてもの願いも、全てはそこから来ている。
最後くらいは。
スプリアは人生が小奇麗に纏まる事を望んでいる。しかしその必要性を問われたとき、彼女はそれに答えることが出来なかった。
馬車はいつの間にか暗澹とした森の中を抜けていた。それでも車内に陽光が差し込むことは無く、分厚い雲が空を灰色に染めていた。




