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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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11. ゲイン・アヴァーロ 〈Ⅱ〉

「まさかこんな簡単な魔術も使えなかったとはね。まぁ後は自分で何とかなるんじゃないかい?」

「……色々と助かった」

「まぁそういう依頼だしね。こんなん先輩冒険者やらギルド職員やらが教えるべきことだと思うんだけど、その身体じゃ難しいのか。……本当に一体どうなってるんだいアンタ」


 自分の身体をじろじろと見つめてくる女性冒険者に、ゲインは沈黙で返した。

 彼女はゲインが出した情報提供のような依頼を受けてここにいた。初級魔術の指南、冒険者としての必須知識に周辺地域の魔物の詳細、その他一般常識をできる限り……

 そこまで報酬も高くない、要領を得ない依頼文に興味を惹かれたのは彼女が物好きであったためだろうか。


「しかし、こんな物まで受け取っていいのか」

「ん~?」


 ゲインが受け取った地図を指す。周辺の地形が描かれた簡単な地図であったが、そこには赤い筆跡で山菜の群生地や魔獣の表れやすい場所などの専門的な情報が書き足されていた。


「多分これって、あんたが実際に経験して書き足した情報だろ。けっこう貴重なものに思える……他の奴に知られたらあんたの儲けが減るんじゃないのか?」

「あ~、まぁそうかもしれないけど……」


 頬をポリポリと掻いて彼女は言う。


「私は狩人だから、金に換えるために魔獣を狩るのには抵抗があるっていうか、必要な分が多くないって言うか……だからまぁ知られたところでそこまで困る事でもないんだ」

「……?狩人って弓矢を使う奴のことだろ。他の奴はそんなことを気にしてるように見えなかったぞ」

「ああ、そうだね紛らわしいか。祖父の代から続いてるからちょっとね。ええと、私も弓は使うけどここで言う狩人ってのは意味が少し違ってさ。弓使いの総称じゃなくて、生活が狩猟に紐づいた人間っていうか」


 彼女は自分のコートを軽くつまんで引っ張った。色の良い茶色のそれは、奇麗になめされた毛皮で作られているようだ。


「私は自分で食べるために魔獣を狩猟してるのさ。毛皮や牙もギルドに卸さず自分で使ってる──まぁ徹底してるわけではないから偉そうなことは言えないけどさ」

「食べるため?」

「ああ。喰らって、自分の糧にする。自分の力に、血肉にするために殺すんだ。そうやって得た力で明日を生きる。命を奪うってのはそういう事じゃないか?」

「糧に.……」

 ゲインが、小さく呟いた。


「どうしてそんなことを?」

「ん~。まぁ、そういう生き方を教わったからかな。守り切らないといけないとは思ってないけど、それなりに大切な.……拘り、になるのかな?」

「……なるほど」


 ゲインは納得して頷いた。

 拘り。それを持って生きている目の前の狩人は羨ましく、またかっこいいものに思える。

 それに、それに。それ以上に。


 なにか、とても大切な糸口を掴むことが出来た気がする。


「今回は、本当にありがとう。.……ございました」

「おいおい、どこまで頭下げる気だよ。貴族相手だってそんなに深い礼をすることはないさ」

「間違っていたか、すまない。人に礼を伝えるのは久しぶりなんだ」

「そうかい、それはなんというか.……」


 目の前の不気味な少年の境遇に思いを馳せると、はぁ、と彼女は嘆息した。


「そんな大げさにやる必要はないんだよ。私にはアンタの事情はよく分からないけど──まぁ、頑張んな、生きてりゃ良いことあるだろうさ」


 軽めの礼で、ゲインはそれに応えた。

 依頼完了の署名を紙に書いて、円満に彼女と別れる。



 はは、と笑いが漏れた。


 ゲインは本気で感謝を抱いていた。

 依頼料以上に多くの知識を教えてもらった。

 そして、それら全てがどうでもいいほどに大事な事を。

 狩人。ゲインは彼女の言葉を反復する。その在り方を、吟味していた。


 ただしそれは、彼女の意図とは真逆の方向であった。

 ああ、良い事ならあったのだ。まさに今。


「糧、糧か。そうだな、糧に過ぎないんだ。そうだよ、なんで思いつかなかったんだろうな。俺の意思を確かめたいのなら、一番の方法があるじゃないか」


 ──即ち


 ***



 金と同じだ。

 際限なく増やせば、その価値もまた際限なく下がる。

 それでも自分が自分であるならば、それはこれ以上ないほど明らかな自分の意志である。



 ***



 亡霊喰らい。

 今更禁忌を犯そうと、その一つ二つに大きな違いはあるのだろうか。

 いや、むしろ。そこに違いが存在しないと吠えるために禁忌を成すのだ。


 あの墓で味わった屈辱を覚えている。苦痛を覚えている。絶望を覚えている。

 それは確かに歩き出す原動力となってゲインを生かしたのかもしれない。だが、それに苛まれ続ける事を決して許してはおけなかった。


 故に、ゲインはそれを認めた。

 自分があの亡霊と結びついて、混じり合ってしまった事を認めた。


 其の上で、あの亡霊など今の自分にとって大したものでは無いと、他でもない自らに認めさせる──!


 亡霊(ゴースト)は簡単には見つからない。見つけ方も、まだゲインは知らない。

 だから彼が最初に──正確には二番目に──喰らったのは、リビングデッドの『中身』であった。

 研究の一環などではない。理屈の上で行ったわけじゃない。そこに”在る”と感じたために手足を砕き、臓腑を掻き出し、肋骨を外して中から出てきた亡霊を啜りこむように取り込んだのだ。

 なんの確信も無かったが、それは重要では無かった。

 かつては人であったものに憐憫を掛けることはない。それ以上に優先するべきもののために彼は動いていた。


 ガス状の人型を飲み下す。臓腑に染みる昏い感情を押し込める。


 駆け巡る憎しみ、その濁流を抑え込んだ後、ゲインは笑った。

 損壊されつくした死体を抱え大笑する彼の様子は、心の弱いものが見れば卒倒するほどに猟奇的な光景だった。


 憎しみを取り込んで変わったものはあるか?耐えられない衝動はあるか?

 否。この程度、少しの妨げにもなりはしない。

 故に笑うのだ。喰らい、力に変える。そうすれば、被食者たるそれらはもはや糧や燃料以上の意味を持つことが出来ない。

 自分の中の一要素に過ぎない忌むべきそれは、同種のもので薄められその比重を失っていく。その冒涜の何と愉快な事か。

 自分を肯定する方法は、自己否定の先にこそ存在した。


「これだ。だが、まだ足りない」

 

 両手を血に染めて腐臭を立ち昇らせながら、若い狩人の目はぎらぎらと光を放っていた。

 その視線は、まだ見ぬ次の()()へと。


 そうして、死と腐臭に塗れた狩人が誕生した。



 アンデッドの探究を始め、その類の依頼ばかりに傾倒した。

 しかし、当然ながらアンデッドなどそう出るものでは無い。田舎のギルドではすぐに関連の依頼は尽き、ゲインは帝国の中心部に移動しながらアンデッドを狩り続ける事にした。


 死にぞこなった愚物の群れを殺し直す。ひとつ、ふたつ。砕き、飲み込み、また次へと手を伸ばす。腹に入れて焦燥(空腹)を癒す。瓶詰にして保険を作る。

 ゴーストの霊体は魔素によって構成されている。それを取り込めば魔力が回復することにゲインは気づいていた。


 あやふやな状態とはいえ自分とは根本の異なる筈の存在を、自分由来の力(魔力)へと一瞬で変換せしめる異常。それはきっと強すぎる自我が関係している。

 存在の由来を感情とする亡霊を、強大な自己によって自分のものへと塗りつぶす。もし仮に理屈があるとするならばそんなところか。


 邪教のしきたりで餓死させられた元村人達を貪った。

 依頼を受けて向かった先に居たのは一つの小屋に収まってはならない数の、明らかにおかしい量の死霊達。討伐し中身を喰らった後、そのままギルドを通して憲兵に通報した。そこは「掟」を破った者達を幽閉する小屋であったという。ゲインが行った部分の凶行が露見することは無かった。閉じ込められた彼らの身体には共食いの痕跡すらあったから。


 戦い方すら忘れた冒険者であった者達を飲み込んだ。

 バックラーに短剣、折れた長槍、背負ったままの矢筒と弓、白兵杖。それらの武器は生前の様に効果的に振るわれることはなく、腕の付属品以上の意味を持たなかった。弓を鈍器として使う様は滑稽さよりももの悲しさが勝った。足を破壊して動けなくした後に一人ずつ暴いた。まだ売れそうな装備もあったが、同業者のよしみで一度解体した後は装備ごと土に埋めた。


 肥溜めに遺棄された聖職者の亡霊を取り込んだ。

 何処の誰であったのか、何故そうされたのかも分からない。服装が司祭かなにかの法服であったことのみが辛うじて判別できた。ゲインが見つけたのも全くの偶然だ。普段経験しているのとは質の違う悪臭の中、吐き気を覚えながらもゴーストを相手に選り好みをすることは無かった。最初から分離していた以上亡骸に価値は無かったが、引っ張り出して火力の上がった蒼炎で灰にしてやった。


 道理など捨て去り、多くを喰った。


「……死に間違って彷徨い続けるくらいなら、俺の糧にしてやった方がまだマシだろ」


 それは自己弁護だったかもしれない。ゲインは自身の行為の罪深さが分からないほど鈍感なわけではない。

 だが本音でもあった。ただ一つの感情に支配される在り方も、死霊の本能に支配される在り方も、見ていて不愉快であった。

 取り込み自らのモノにした亡霊が再び声を上げる事はない。この『食事』は支配ではなく殺害に近いものだとゲインは捉えていた。


 その過程でゲインの力は人の理を超えて強大なものへと変わっていく。その特異性は既に”不気味”では到底収まるものではない。

 死を想起させる黒衣に人々は彼を避け、恐れた。

 武器を向けられたことも一度や二度ではない。聖水を持ち歩くことを決めたのもそのためだ.……意外にも別の使い道も見つけたが。


 しかし、今ではゲインはそれを嫌がる事は無い。身体を掻きむしりたくなる不快感に苦しむことはない。もはや、他人との差異を気に掛けることは無くなっていた。

 普通の人間が亡霊(ゴースト)を身体に入れたところで、力を得ることも霊体の魔素を自分の力として消化しすぐさまに魔力に変換することもできない、そんなことは分かっている。


 自分が獣人や魔族等の異種族とは比較にならないほどの人外に変わっていたことなど、とうの昔に理解している。


 構わないのだ。生きたいと願うその意志の所在が分かっている限り。


 どれだけ取り込んだところで、彼は彼であったのだから。


 

 故に、証明は果たされる。





 箔は重要であり、高額の依頼を拾うためには不可欠のもの。ゲインは既に冒険者としての登録名、ラストネームに当たる位置にひとつの意味を付け足していた。

 ある種の皮肉だ。結局、帝都に家を買い、最低限の読み書きを学び、何不自由ない生活を手に入れても、金への執着が無くなる事は無かったから。


 あまりにも多くの死霊を取り入れすぎた青年は、しかし狂うことなく理外の膂力でメイスを振るう。

 いつしかその炎は青く燃えるようになり、その存在は在るだけで周囲に危機感を齎す。

 生あるものも死のものも、彼を無視できるものは無い。

 カルコッタ峡谷における蠍型魔獣の集団暴走(スタンピード)において、地を埋め尽くす紫の波をただ一人で堰き止めた冒険者。


 数々の不穏な噂と実害と呼べる死の瘴気といった大きな減点要素を加味してなお、冒険者ギルドは彼に爵銀級の位を与える決定をした。

 いつしか彼には異名が与えられた。ゲイン自身これ以上ないほどに的を射ていると静かに笑ったものだ。

 怖れと好奇、そして畏敬を持って人々は彼の名を呼ぶようになった。


 冒涜的自己否定者。溜め込む者。亡霊を”消化”する異形の人類。


 ──”死霊狩り(ゴーストハント)”ゲイン・アヴァ―ロ、と。


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