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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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10.ゲイン・アヴァ―ロ 〈Ⅰ〉

 彼は古びた墓地に捨てられていた。

 口減らし。孤児の理由としてはありふれたものだ。

 ただ、彼の親が捨て場所に人の寄り付くことない墓地を選んだのは人目に付くことを避けたためか、何らかの未練を断ち切るためか。


 いずれにせよ、彼は捨てられた。


 空腹と、それ以上の虚無感が彼の中を満たしていた。

 もう何日も飯を与えられておらず、気づいたらこの墓地に居た。

 自分をここに置いていった母親がもう戻ってはこないことは何となく理解していたが、彼にはどうすることもできなかった。恨むべきかどうかすらも分からなかった。

 『子供ですら使えるような簡単な魔術』だって、ろくに教わったことの無い彼には使えない。喉が渇こうとも飲み水数敵すら生み出せず、またその考えすら浮かばなかった。


 だが、それは問題では無かった。


 既に、彼に生きようとする意志は残っておらず。

 薄暗闇の中に溶けるように、ゆっくりと目をつぶった。




 ***


 その時の彼には一片の感情すらなく、生死の境にて消え入る直前であった。


 凪いでいた。満足ではない。ほど遠い。それでも空だった。空の器であった。


 死の際において、祈ることなく。呪うことなく。少年はただ虚無だった。


 故に、その奇跡(悲劇)起こった(襲った)のだろう。



「.…….……?」



 何かが居る。その感覚に、彼は目を開いた。

 果たしてそこには.……青白い何かがあった。

 それは、亡霊だった。死霊であった。風吹かぬ不浄な場でしか存在を許されない、どこかの誰かの今際の感情であった。


(生キタイ生キタイ生キタイ生キタイ生キタイ生キタイ生キタイ生キタイ──!!!)

「え.……」


 彼が何かを言う前に。何かを言おうと口を開けたその瞬間に。

 亡霊が口の中へと飛び込んできた。



 あり得ぬ出来事。

 死ぬその瞬間まで、ただ生きる事のみを強く強く願っていた亡霊が居た。

 地中深くに埋められたのなら、処置をされていたなら亡霊にはならない。しかるに、『元』もまた丁度この墓所内で野垂れ死んだのだろう。

 亡霊に風を避ける習性はない。知識も持っておらず、本能も機能しない。

 偶然。まったくの偶然。それは墓所の風吹かぬ一角に留まっていた。

 そして、空虚な器に触れたのだ。


 感情の無くなっていた器へと。



「あっ、だっ、がああぁ、うあああああああああぁぁ!??」


 途轍もない、今までに一度たりとも経験したことの無い絶大な不快感。嫌悪感。拒絶感。

 内側から体を侵されるような、自分を無理やりに押し出して摺り潰されるような。

 自分が、取って代わられるような。


 悍ましい、悍ましい、悍ましい。


 凪いでいた筈の彼の感情は途端に一色で染まった。

 自分の中に入って来た気持ち悪い異物を看過することが出来ない。

 得体の知れないものに凌辱される苦痛が死への諦観を軽々と超越する。


(イキタイ、イキタイ、イキタイ──)

「やめ、あッ、ぐああああぁあぁぁぁッ──」


 声にならない悲鳴を上げる。何度も白目を剥き、痙攣を繰り返す。

 死体に近い状態だった彼のどこにそんな力があったのか。勢い良く振り回された手が墓石にぶつかり流血する。地面をのたうつ内に泥と小石が栄養の足りていない萎れた肌を傷つけていく。

 そんな小さな痛みになど気づくことすらなく、彼は暴れ続けた。


 どたどたと、静寂の墓地内にくぐもった音が響く。


 数十分、或いは数時間.……或いは、ほんの一時。


 永遠にも思える格闘を終えて、息も絶え絶えに彼は体の制御を取り戻した。

 安堵があった。何をされたのかは分からないけど、とにかく終わったのだ。苦痛は過ぎ去ったのだ。


 そして、


 少年は、



()()()()──」



 そう、呟いた。




 疲労と安堵の中にあった彼を、今度こそ極大の悪寒が襲った。

 それは自分自身への嫌悪感。歯列を打ち鳴らすほどの恐怖と絶望。


「違う、違う!今のは.……今のは違う!!」


 必死に叫び、それを否定する。

 吐き気を感じて必死にえずいてみても、何も出てくることは無い。


 ありえない、ありえない、ありえてはいけない。

 苦しみから解放されて、咄嗟に出ただけだ。何回も何回も頭の中で聞かされたせいで、だから頭の中に残っていただけだ。

 あんな悍ましいものが自分の中に入って、



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────!!



「ああああああああぁぁ!違う!違う!違う!」


 いくら吠えようと、それはなんの証明にもならない。

 既に不快感は消え去った筈なのに、彼はまだ狂乱の中にあった。

 絶対に否定しなければいけない。だが、その方法が分からない。


「ああああ。あぁ、くそ、クソぉ──!」


 絶望の中、湧いてきたのは怒りであった。

 何故、自分はこんな目にあっている。


 決まっている、貧しかったからだ。彼の親に自分を養う金が無かったからだ。彼に自分を守る金が無かったからだ。


 金があれば、食べ物に困る事なんて無かった。金があれば、誰かに生きる術を乞えた。金があれば、捨てられずにすんだ。


 ()()()

 彼だって拾ったことはある。ぼろぼろにくすんだ銅色の円形。親に見せたら殴りつけるようにひったくられた。

 あんなものが幅を利かしているせいで、あんなものの有無のせいで。自分はこんな屈辱にあっている──!

 

「クソが……」


 気づけば少年は墓地の地面に生えた惨めな草を握りしめていた。

 気づいたと同時……それを、そのまま引き抜く。


 雑草を引きちぎって、噛み潰す。土の匂いと青臭い苦みが口腔内を満たしても、彼は躊躇することなく次へと手を伸ばす。

 葉の裏に引っ付いていた足の多い虫も、腐れども水分の含んだ粒も、選り好みなどしないで口へと詰め込む。

 不快、不快、不快。それでも先程のあれと比べたら気にもならない。なら食べよう。腹に詰めるために食べよう。糧にするために食べよう。


「金だ。金を稼ぐんだ、稼いで.……!」


 それで……

 それで……?


 ゲインは.……死ぬはずだった少年は、そうして墓地から歩き出した。

 生きる意志を、その瞳に宿して。









 ***



 ゲインには戦闘の才能が有った。

 低級の魔物なら獲物一つで殴り殺せるそれは、洞察力と躊躇の無さから生まれたものである。


 付け加えるならば彼の身体能力はいくらか上がっていた。服の上からでも分かる少ない筋肉、栄養の足りていない身体にも関わらず、どういう理屈か同年代の少年達とと同じくらいのパフォーマンスを発揮していたのである。


 数えきれないほどの辛酸を味わった。

 雑草が主食だった。運良く小動物を捕まえられても、火の起こし方すら分からないので生で食った。

 苦労──というよりは惨めな経験と呼ぶべきもの──を重ねて、近くの町の冒険者ギルドに着いた彼は、そこで魔物を殺して金を稼ぐことを決めた。


 冒険者、ピンキリの代名詞。

 例え浮浪者であろうとその門戸は開かれている。最初に貰える徽章の価値は10ゼルにも満たないが。


 依頼を受けて金を貰うという構造は、少年の目にも非常に理解しやすいものとして映ったのだ。

 溝掃除、小鬼退治、害獣駆除。

 武器と袋を抱いて地べたで眠り、最底辺の依頼を受けて日銭を稼ぐ暮らし。


 次第に、それは少なくとも一日三食を賄える生活に変わっていった。

 それ自体に不満は無かった。ただ、焦燥感があった


 ギルドに入った後も、当然のように彼は気味悪がられた。

 ぎらついた目、小汚い容姿。そういった言葉にしやすい理由を除いても──なんだか不気味。

 そう言われるたびに、彼は体を掻きむしりたくなる衝動に襲われた。何も出やしない嘔吐感に襲われた。

 理由は彼自身が一番よく分かっている。そして他人にそれを言われるのは、その証明のようで苦痛であった。


 混ざっているのだ。どうあがいても。






 さて、そんなゲインを体よく利用しようとした者もいた。

 効率の良さとは関係なく、人を使うことそのものを好む連中もいる。この頃のゲインは不気味なだけであり脅威に感じられるわけでは無いので、冒険者ギルド内で孤立していた彼は遊ぶのに丁度良さそうだと思われたのだ。


 ゲインは共同の依頼に誘われて断る理由が無かったので承諾した。わざわざ自分をパーティに入れてまで受ける依頼がこの程度なのかとは思ったが、自分の力量を測る意味合いがあるのかもしれないと自分を納得させた。

 依頼はつつがなく終わり、ギルドから離れた場所での報酬分配。

 動きがとろかった、などと難癖をつけられ、露骨に分配量を減らされた。当然文句を言えば、ニヤニヤ笑われて突き飛ばされる。


 危機感を覚え得物に手をかけたが最後、男達の笑みが残忍なものに変わる。

 泣き寝入りするなら今後も同じように便利に『使って』やる。反抗的な態度をとるなら徹底的に痛めつける。

 男達にとってはどちらでも良かったのだ。


 二人がかりで押さえつけられ、殴られる。

 そうなれば後は、ただのリンチだ。顔を、腹を、鬱憤晴らしの様にひたすら殴られる。

 ゲインはそれを黙って耐えた。

 顔面を殴りつけ、鼻が折れた感触に主犯格が満足げに手を引く、その瞬間。


 ゆるんだ握りこぶしの小指を、第二関節から嚙み千切った。

 

 野太い悲鳴が上がる。無くなっている小指を見てより大きく怯んだ左側の男を突き飛ばす。

 背中に衝撃、強制的に息を吐き出させられながらも後ろ蹴りで股間を蹴り上げれば、威力はお粗末だが右側の拘束も抜けた。

 直ぐに距離を取り、落ちた得物を拾うと向き直る。


 怒りで我を忘れそうになっていた主犯格の動きが、止まった。

 鼻が潰れ、痣まみれで流血し、それでも彼のその表情からは痛がる素振りはおろか──男達に対する憎しみすら感じ取れなかった。

 その瞳はただ、冷徹に敵を見ていた。当然のように相手と差し違える覚悟が感じられた。

 男達の目に恐れが浮かぶ。数と力で言うならば、機転の利くだけの小僧に彼らが負ける道理はない。だが、目の前のこれは異常だ。不気味さだけではない、その精神性からして壊れている。


「.….…糞餓鬼!これっぽっちの金がそんなに大事かよ、守銭奴(アヴァ―ロ)がぁ!」


 まさに捨て台詞、とばかりに憎々し気にわめくと、800ゼルを投げ捨てて不良冒険者たちは逃げていった。

 残されたゲインは、地面に散らばったゼル硬貨を拾っていく。


「大事、そう見えるのか」


 確かにこれっぽっちの金のために怪我を負う必要は無かったと思う。男達の誘いも、最初から妙だとは思っていたのだ。


 

 だが、これで良いのだ。

 自分から危険に向かう行動は亡霊の残した生存を求める思念からすれば真逆の行動であり、それは彼の行動原理が亡霊とはまるで違うという──



 そこまで考えてはっとすると、ゲインは憮然として首を振った。

 こんなことで何を証明できるというのか。危機感を覚える。いつのまにか、破滅的な思考に傾いていることに気が付いた。


 このままだと、ゲインは自分から危険を求めて、そして死ぬだろう。

 ある程度冒険者としての生活は安定してきた。それでも彼にはどうしても避けて通れないものがあって、それが今再び影を表したように思えた。


 彼は生きたいのだ。あんな亡霊などでは無く、自分自身の意思で。

 しかし、それを自分自身の意思と言い切るには.….…


 金は欲しい。金は何にでも変わる。ゲインは今、その為だけに生きている。

 だが、生きる理由を金だけに求めるわけにはいかない。それが嘘であることは彼が一番知っている。金を求め、稼ぎ方を求め、それでもどうしても嫌っていることを知っている。

 だが、他に欲しているものもない。何が欲しいかと考えた時、それはぼやけて曖昧で、結局金に行きついてしまう。


 彼には証明が必要だ。他ならぬ『彼』が生きたいと願う証明が。



 例えそれが、どんな禁忌に触れることであろうとも。





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