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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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9.怪物


「おい、振り切れるか」

「無理ですよ!今はこっちに襲い掛かる適切なタイミングを計られているだけで、本気になれば確実にあの化け熊の方が速いです!」


 舌打ちと共に、ゲインが馬車の上へと飛び乗る。

 どうやら涎を垂らし猛追してくる巨大な魔獣は大きな肉にしか興味が無いようだ。

 客車の上に立つゲインには目もくれず、ギリギリと耳障りな異音を立てながら馬車との距離を次第に詰めてくる。


 その体格は殆ど熊のそれであるが……耳は小さく顔はのっぺりとしており、何よりも攻撃性を存分に主張する針のような体毛。

 見ようによっては歪に巨大化した針鼠の姿にも見える。

 なんにせよ、4メートル級の針の付いた筋肉の塊だ。突撃してくるだけで馬車ごと粉砕されかねない。


「リリフ村を襲ったのは角付き狼(ホーンウルフ)だと聞いていたんだが……別口か、チッ面倒だな」


 再び舌打ち一つ、追い払うべく右手に魔力を集める。

 如何に凶暴に見えても、所詮は獣。性質が普通のそれとは違うとはいえど、炎には恐怖し逃げ出すのが道理だ。

 右手を翳したまま、機を伺う。


「……この辺りか」


 魔獣と三メートルほどの距離になって呟く。

 欲を言えばもう少し近くに引きつけたい所ではあるが、馬が怯えて狂乱する危険性を考えればこれくらいの距離が妥当だろう。

 この状況で馬が暴れだしたらそれこそ命取りになる。


 ゲインの右手に炎が浮かぶ。化け熊の鼻先へと狙いを定め、放射状に蒼炎を打ち放った。


 ボム、と音を立てて視界の先を蒼色が埋め尽くす。


 火力、範囲共に出し惜しみなしの一撃。

 相手が人であれば、骨ごと炭化させ灰に変える死の高温。

 逃げる暇すら与えず、炎は化け熊の身体を丸ごと飲み込んだ。

 御者からやった、と喝采が上がる。

 そして、


「ガアアアアアアァァァ!!」

「冗談だろ?」


 炎の中から、怒りを湛えた咆哮と共に化け熊が飛び出してきた。


 殺せる、とまでは思っていなかったが、逃げ出すことなく怒りを露わに追いかけてくると言うのは……流石に予想外だ。

 火傷自体も軽微なものだ。針の如き鈍色の体毛の上でちりちりと僅かに残る青い炎も、暴走のような怒涛の走りの中で風にかき消され──いや、消えるのが速すぎる。というより、ろくに引火していない。


 鈍色の、体毛に。


「──クソが。こいつ、鉱脈地帯の魔獣か。なんだってこんな所にいやがる」


 ゲインがさらに舌打ちを強めた。

 鉱脈地帯の魔物には、魔素によって特殊な性質を持った鉱石を様々な方法で生存のために利用するものが数多く存在する。

 この化け熊もその一種なのだろう。元々の毛の色だと思っていた鈍色は、体毛が鉱石の粉末を吸着した結果なのだ。


 硬質化した毛は刃や爪を通さず、吸着された鉱物には……恐らくは魔術を弱める効果がある。そんな効果のある鉱石をゲインも聞いたことがある。

 少なくとも炎に対しては耐性が高いのは間違いないだろう。


 鉱脈地帯の魔獣が何故こんな森の中に居るのか。それは分からない。

 或いは、半年前にリリフ村を襲った集団暴走(スタンピード)は、この化け熊によって引き起こされたものなのかもしれない──まぁ、考えても意味が無い事だ。

 この世界の生態系は、特定の種、ないしは特定の個体の活動で容易に破綻し、移り変わるものなのだ。

 だからこそ冒険者たちは激変する環境によって生まれたモノたちを日銭に変えるべく、今日も元気に魔物討伐に精を出している。


 化け熊も、多くの殺し合いをしてきたのだろう。顔に付いた無数の傷痕も、それを物語っている。

 その中で死への恐怖も薄れたか。

 臨戦状態となったゲインを前にして、全く怯む様子がないのだから。


「.……クソ厄介な奴に目をつけられたな」

「ゲイン様!大丈夫ですか!?」

「問題ない、座っていろ」


 スプリアにはそう返したが……実際のところ、問題しかない。高い魔法耐性に頑強さと獰猛さ、想定よりもずっと厄介な魔物だ。

 跳躍して一息に頭を割り砕く。出来なくは無いだろうが、リスクが高すぎる。

 先ほどの一撃で化け熊の警戒はしっかりとゲインに向けられており、濁った黄土色の瞳がゲインを睨んでいた。


「……しつこい野郎だ」


 再び蒼炎を撃ち放つ。消費魔力を抑えたことで、先ほどよりも威力は低い。

 ゲインは化け熊が諦めることを期待して、近づく度に範囲を絞った炎を浴びせかける事にした。ダメージを与えるためではなく、馬車へと近づけさせない動きだ。


「ガ──アガァッ!」


 場所的に体毛が薄いこともあり、顔は流石に弱点であるようだ。

 化け熊は炎を浴びる度に顔を庇うような動きをして、その度に馬車との距離が開く。


 炎の効果は確かに薄いがゼロではない。これを続ければ、疲労と火傷でその内追撃を止める──筈だ。


 掌に集中させた業火を、何度も、それこそ馬鹿の一つ覚えの様に打ち放つ。

 硬質化した鈍毛が立てる、金タワシを擦り合わせるような音がその度に止まり、また魔獣の進撃に合わせて再開する。

 何分経っただろうか。一銭にもならない追走劇は、ゲインに着々と精神的な疲労を貯めていった。



 だと言うのに、鈍色の魔獣は一向に諦めようとしない。



 既にゲインたちが割の悪い獲物であることは明らかであるというのに、その目に食欲と殺意、そして怒りと憎しみを湛えたまま猛然と追いかけてくるのだ。

 長々と続く追走の中で、疲労によってスピードに遅れが出始めたのは馬たちの方であった。


「見誤ったな」


 今更ながらに失敗を認める。

 追い払うような消極的なな真似なんてせず、初撃で脳天を割っておくべきだった。


 実際、驚嘆すべき執着だ。爵銀級の冒険者として十分な実力を持つゲインをここまで追いつめている。

 不合理な行動は、発達しすぎた闘争本能によるものだろうか。

 強い感情、もしかしたらこういう魔獣がアンデッドに成り得る個体なのかもしれない。


 度重なる炎による迎撃のせいで、既にゲインの魔力は底を尽きかけている。同じ火力を維持できるのは後二回といった所だろう。

 ジリ貧。


「使うか」


 ゲインが、腰の魔法瓶へと手をかける。

 それは、死霊狩りたる彼の切り札、彼の燃料──彼の禁忌。


 封を開け、口をつける。

 嚙み砕き、飲み下す。


 怒りの濁流が彼の中を流れ──そして一瞬で消え去った。


 当然だ。彼はこの程度で動じない。こんな些事には影響されない。これ如きには食われない。


 彼は狩人なのだから。



 空になった容器を地面に放り捨てると、客車の端に立って右手を翳す。

「──」

 化け熊も慣れたものだ。

 何度目とも知れない炎の予兆に一切スピードを落とすことなく……しかし炎が放たれた瞬間に防御の構えをとるのだろう。


 故に、不意を突く。


 ふらっと、あたかも体勢を崩したように。崩れ落ちるように前向きに──ゲインは跳んだ。


「ガ──」


 一泊遅れて、化け熊が右脚を振るう。そこに、左手に隠していたメイスを合わせる。

 硬質な炸裂音が響き、化け熊の鋭い爪が中から砕け──同時に無理な角度で振るったメイスもまた、あらぬ方向へと飛んでいく。


 衝撃の中化け熊が視認したのは.……右手。

 何度も、何度も、何度も、何度も。熱くて嫌な炎を浴びせてきた、憎き右手。


 咄嗟に目をつぶり、顔面を下向きにして左脚で顔を覆う。

 そしてやはり──灼熱の蒼炎が化け熊の頭へと浴びせられた。


 だが、防御は間に合った。これさえ耐えれば、殺せる。


 化け熊は知っているのだ。どんな生物にも体内に有しておける魔力の量には限界がある。こういった炎を出していられる時間はもう長くないのだと。それが尽きつつあるからこそ、この相手は危険を顧みず近づいてきたのだと。

 至近距離で放たれる炎はさっき迄の攻撃よりも更に熱くて、体毛の防御すら貫通するほどに強力だが、これさえ耐えれば殺せる。喰らえる。


 熱い、痛い。だが、終わりがくる、炎が途切れた瞬間、油断せず左脚で仕留める。右脚も爪が折れただけで問題なく振るえる。

 熱い。勝負はその瞬間だ。木の上にでも跳び移られたら面倒だ。

 熱い。だが耐える。もう少しの辛抱だ。

 熱い。耐えて、耐えて、耐えて──

 おかしい。


 終わらない。




 一向に勢いの緩まない炎に、なにかがおかしいと化け熊が左脚を振り回す。

 碌に目の前も見えていない状態で振るわれた攻撃は当然のようにゲインには当たらず、そして。

 

「害獣が──そんなに俺達を喰らいたかったんなら」


 口元が、がら空きになる。


「しっかり飲み込んで死ね」


 ゲインが、その中に、右手を突き入れた。


 当然、化け熊の中に噴出したのは青い業火。

 舌を焼き、食道を焼き、胃液まで蒸発させる死の炎。

 嚙み千切らなければと思うも、熱で爛れて口が動かない。悲鳴を上げるにも炎にかき消され音が出ない。


 内側から炎で焼き尽くされながら、化け熊は絶命した。


 おかしい、そう思いながら。





 ***



「.……お見事、です」

「座っておけと言っただろ。ま、別にいいが」


 化け熊の焼死体の前でゲインが右手の様子を確かめていた。

 指向性を持たせていたとはいえ、口内という密閉空間に腕を突っ込み炎を放った以上自分の手にも被害が及ぶのは当然の結果だ。

 火傷跡は右手全体を薄らと覆っていて──寧ろその程度で済んだことこそを驚くべきだろう。


「酷い怪我ですね。冷やしましょうか?」

「助かる。俺の魔力はもう底を突いたからな」


 スプリアがゲインの右手を両手で挟むと、そこからひんやりとした空気が流れ出す。

 これもまた、冷気を生み出す初歩的な魔術。だがこの状況には最適なものだ。

 患部を冷やしきるに足るくらいには、スプリアの魔力量も少なくはないらしい。



「──魔力が底をついた、というのは本当でしょうか?」



「なんだ。嘘を吐く意味も無いと思うが」

「あんなに高火力な魔術を連射したら、普通はもっとずっと前に魔力は底を尽きるのではないのでしょうか」

「.……」


 探るような言葉に……ゲインがスプリアを見る。

 彼女は思い悩むように、自らの両手の中にあるゲインの右手を見つめたままだった。


「……魔力量に大きく個人差があるのは常識だろう。訓練して必死に伸ばす奴もいる。俺の魔力量が特別大きいだけだ」

「はい。そして……魔力回復量には差が付きにくいです。確か書物によれば、優れた魔術師の魔力量は一般人の二十倍以上に及びますが、魔力回復量はせいぜい二、三倍程度が限界、とか」


 魔力とは、空気中の魔素を自分由来の、自分固有のものへと変えた力である故に。

 その工程には時間が掛かるし、鍛える方法もまた確立されていない。食べた物をいかに早く消化して栄養として身体に回せるか、と言っているのに近い。


 そして、幾らか長引いたとは言えど戦闘中の時間で回復できる魔力量などたかが知れている。なのに何故──ここでわざわざ魔力回復量の話が出てくるのか。

 その時点で、ゲインはスプリアの評価を改めなおした。


 恐ろしいほどの推理力。手掛かりは.……確かに、無くは無かったのかもしれない。なにせ今日の出来事だ。だが、あまりにも早すぎる。普通はそこまで至らない。


 この少女は、既に見当を付けている。


「……先ほど、馬車の中からゲイン様が立っている場所で何かが増えた感覚があったんです。それがすぐ消えて、ゲイン様から感じる気配が大きくなりました。その際、いつも腰に装着している瓶の容器が捨てられるところを目にしました」

「.……」


「思うに、あれは魔力を回復させる効果があったのではないかと思うのです」

「そんな物は存在しないことを知っているな?」


 ゲインが口を開く。

 それはこの世界において常識だ。そして、警告だった。


 踏み込むな、という警告。


「多くの学者、調合士、魔道具屋がそういうものを生み出そうとしてきた。近いもので言えば、本人の魔力を外付けで保有しておける杖辺りか。だが、魔力を回復させる薬や飲み物、なんてものは存在しない。

 そんなものがあれば──まず、いくらでも金を生むだろうな。多くの人間がその製法を真似しようと研究するだろう。()()が出来た者もまた、実験動物と扱われるかもしれない」


「成程。確かに認めるわけにはいきませんね」


 スプリアは顔を上げた。

 ゲインとスプリアの視線が交錯する。握りしめられた彼の手は未だ熱を帯び、握る彼女の手は魔術により冷たい。


 踏み込む。

 

「それでも、気づいてしまった以上は確かめるべきだと思ったのです」

「なら続けろ」


 空となった容器。そこに入っていたもの。

 禁忌にして、彼の力の根幹を成すもの。


「ゲイン様が飲み込んだのは、亡霊(ゴースト)なのではないですか?」





鉄粉纏う熊(メタルアベリベア)


 正確には刺に纏わせた鉱物は鉄では無いが、魔獣に付けられる名称なんて適当なものである。

 熊と針鼠を掛け合わせたような見た目の魔獣。鉱脈地帯に生息しており、特定の鉱物を見つけると砕いて体にこすりつける。その生態から寿命は短いが非常に凶暴。真の意味で鉱脈地帯に適応しているわけでは無いため、鉱毒に脳を侵されているからである。

 充分に『毛並み』が整えば別の場所に移動することもある。雨を嫌い、炎に強い。肉にまで毒が溜まっているため食用には向かない。



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