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死霊狩りと終活令嬢  作者: 鳥谷角 漆瀬


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プロローグ


「はぁ、はぁ、畜生、アンデッドなんて全部雑魚だって話じゃ無かったのかよ……!?」


 廃墟の中を、息も絶え絶えに一人の男が走っていた。

 必死だ。手には何も持っていない。何度も後ろを振り返りながら走っているせいで、廊下を侵食した植物に足を取られそうになっていた。

 名をリッキー、最近駆け出しを卒業した冒険者。

 ギルドにやけに高額の依頼があって、しかもその討伐対象がリビングデッド(動く屍体)などという簡単に倒せる下級の魔物であったため、後先考えず一人で洋館の廃墟へとやってきた野心家である。


 仲間は居ない。不安はあったが、高額報酬を独り占め出来るという誘惑には勝てなかった。

 とはいえ、自信はあったのだ。アンデッド系の魔物が恐れられる理由は主に醜悪さや不潔さ、屍体が動くという冒涜感。リッキーはそれを深く気にする性格では無かった。


 アンデッド。怨念を残して死んだ生物の屍体が魔素によって変質し、生きているものを無条件に襲うようになった哀れな魔物。


 彼は以前村の近くで発生したリビングデッドを倒した経験があるし、実際この洋館内でも苦戦したが何体かは仕留めることが出来た。

 だから一人でも問題ないと考えていた。しかし……


「なんで首飛ばしたのに動くんだよ畜生!」


 彼が首を斬り落とした筈の一体が、倒れ込む様な体勢そのまま掴みかかってきたのだ。

 慌てて引き剥がすもその時に持っていた武器を落としてしまい、こうして無手のまま逃げ回っているという訳だ。

 無駄に広い洋館内を走り回ったせいで、方向感覚も既に無くなっている。逃げる最中に魔法を何度も使ったせいで魔力も残り少ない。


「クソ、どうにかして外に……うぉっ!?」


 横合いから這い出て来た屍体に咄嗟に火球を浴びせる。残り少ない魔力を使って放った火球は相手を怯ませた。

 だが、それだけ。

 アンデッドに有効とされる筈の炎は、屍体の身に纏う鎧によってその威力を散らした。


「こいつ俺より良い防具使ってんじゃねえのか!?」


 堪らずリッキーは悲鳴をあげる。火球を防いだのはアンデッドの()()()装備だ。死亡し、魔物に変じた後も人であった頃の名残を身につけている。

 思えばここにいるリビングデッドは武器を持つ者も多く、そうでなくともリッキーが昔戦った事のある個体より強力であった。

 彼らの装備はまちまちだが、この個体の身に着けている防具はどうやら高級なものらしい。


 もし彼が依頼内容をよく見ておけばその理由にも納得がいったであろうが……後の祭りか。


 その時、視界に光が映った。壁を覆った蔦から差し込む柔らかい一筋の光。それは彼にとって希望の光に見えた。


(やった、窓だ!)


 びっしりと絡みつく蔦で見えづらくなってはいるが、それは確かに窓だった。

 飛び出せば外に出られる。高さによっては無事では済まないだろうが、あんな化け物の一員になる100倍はマシだ。

 そうして彼は全力で駆け寄ろうとして……。


 その光が、黒く塗り潰された。


「……ぅあ」


 リッキーの口から絶望の呻きが漏れた。

 脱出への道が塞がれたからではない。


 そこに居る存在が、自分を追いかけてきたアンデッド共を遥かに凌駕する化け物だと理解したからだ。


 リッキーは一瞬、それをアンデッドの親玉かと思った。

 似た様な気配。ただし、アンデッドのそれを何百倍にも濃くした様な異質な死の気配。

 窓から入って来たそれは、正に凝縮された死であった。

 薄暗くてよく見えないが、それが黒いことだけは分かった。それが、こちらを見ていることも。


「は、はは……」


 リッキーは思わず笑った。笑うしかなかった。

 後ろからはリビングデッドが迫って来ている。こんなところで死ぬのか?こんなところで死ぬのだ。もう逃げ場などどこにも無く、いや、仮に逃げ道があったとしてもこんな存在に出会った時点で、目を付けられた時点で──

 


「ははははははははは『赤銅級冒険者のリッキー・ナイダスで合っているか?』ははへ、へ?え、あれ?」


「……なんだ急に笑いだして。気持ちの悪い野郎だな」


 発狂しかけたところを正気に戻される。

 声の主は、目の前の化け物だった。

 呆れた様に呟く黒衣の相手は依然として本能に訴えかける恐ろしさがあったが、それでもよく見てみれば、


(人間……?)


 目をパチクリとさせるリッキーの耳に、汁が垂れる粘性の音と床が軋む音が届く。

 当然だ。彼はたった今逃げて来たばかりなのだ。生者を襲うリビングデッドの群れから。


 生暖かい臭気が鼻腔を満たし、死者の手が肩に触れかけたところでようやくリッキーは振り返る。そこに来てようやく黒衣の男から視線を外す。


 爆ぜる様な音。暴力的な踏み込み。


 振り返ったリッキーが見たのは、今まさに身体を鎧ごと砕き散らされるリビングデッドの姿。

 そして、鈍色のメイスを振り終えた黒衣の男の後ろ姿だった。


(速っ、今後ろにいたよな!?いや、それよりあの鎧をあんな簡単に……!)


 どれほどの威力を込めれば、鎧と人体が一振りで砕け飛ぶと言うのか。

 リッキーを限界まで追い回していた屍体の群れが……冗談の様に吹き飛んでいく。室内に暴力の嵐が吹き荒れる。


 続く後続の屍体達を呆気なく蹴散らした黒衣の男は……やがてリッキーの方に向き直った。

 その胸には、輝く銀色の徽章があった。爵銀級冒険者の証。実績と信頼のある優秀な冒険者にしか与えられぬもの。


「危機的状況にあったようだな? 俺はゲイン、見ての通りに冒険者だ。……さて、リッキー・ナイダス。お前に提案が有る」

「てい、あん?」

「ああ」


 低く掠れた、意外にも落ち着いた声。ただし見た目も相まり、地の底から響くような恐ろしい声に問い返す。

 一体全体、この死神じみた男から何を言われるというのか。リッキーは緊張から生唾をごくりと飲み込み言葉を待つ。

 ゲインと名乗った男の口が開く。彼の口から発されたのは……


「ギルドの不手際で依頼が二重予約されていた(バッティングした)。不幸な事故だ、()()()()()()。そうすれば救出料は不問にしてやる」


『依頼をキャンセルしろ。報酬は俺が頂く』と言う有無を言わせぬ宣言だった──




***



「田舎のギルドは伝達と共有が遅くて困る」


 悪態を吐きながら、廃墟の洋館を闊歩する男がいた。

 手に持つメイスの柄の先端を歩く度に地面に打ちつけ音を響かせる。腰には不揃いな音を鳴らす幾つかの瓶。

 その様子は錫杖を突きながら歩く巡礼者のそれに似ていたが、目的も外見もまるで違う。


「来たな」


 音に反応して襲って来たリビングデッドの頭蓋を、男は軽く吹き飛ばした。


 彼が何をやっているかといえば、残党狩りだ。自ら音を立てながら館内を練り歩き、建物内に再び動くものが現れない様徹底して殲滅している。

 既に依頼の被った冒険者は外に出した訳だが……ただでさえ妙なバッティングが発生した依頼だ。完遂するために取りこぼしは許さない。依頼主にケチなど付けさせない。


 彼の名はゲイン・アヴァーロ。とある異名と共に、冒険者ギルドで最も恐れられている爵銀級冒険者だ。


「とはいえ原因は理解できなくもないが……いや、やはり職員の怠慢だ。今回は素直に言うことを聞く奴が相手で助かった」


 再びの愚痴。

 彼が言っているのは、ギルド側の不手際のことである。


 冒険者ギルド、そしてその窓口は大陸各地に点在している。

 ゲインが帝都のギルドで受けた筈の依頼が、リッキー何某という冒険者も又受注していると知ったのは、馬車を走らせここディメル地区のギルドまでやって来た時だった。

 通常ならあり得ない事態。依頼をダブらせると言う純粋なギルドの落ち度。ゲインが来た時にリッキーがピンチに陥っていなければ、面倒な交渉が必要になった事は想像に難くない。


 ……ただ、そんなミスが起きた理由はゲインも把握している。


「あぁあ、アァ……」


 呻き声と共に襲って来たリビングデッドが身に付けているのは、質の悪い皮製の防具。品は無いが、一定の防御力は保証するもの。

 元々()()であった彼らが装備するに丁度良い防具だ。


 獲物を一振りして壁に腐肉を飛び散らせると、ゲインは少しだけ歩みを止めた。


 かつてこの使われなくなった洋館を根城にしていた山賊の一団が居た。

 狡猾でそれなりに力のある集団だった。ある日彼らは、貴族の娘が乗る馬車を襲撃することに成功した、成功してしまった。

 捕まった娘は慰み者にされた後殺されて……当然の如く、その父親であった貴族は激怒した。

 尋常ではなく怒り狂った。


 騎士団や冒険者を使って山狩りでも行えば、山賊達の『壊滅』は容易であっただろう。しかし、貴族が望んでいたのは彼等を苦しませた上での殲滅だった。


 故に貴族は──遅効性の毒を盛った酒肴品を載せた馬車を、わざと彼等に襲わせた。


 容赦なく、そして込められた父親の憎しみをまざまざと感じさせるやり口だ。


 それが数か月ほど前の事。

 そして、その山賊たちの死体がアンデッドに変じたと知った貴族は、一も二も無く彼らを討伐することを即決した。再び。


 その動きは性急かつ見境なしであり、最大規模の冒険者ギルドである帝都のギルドとより洋館に近いディメル地区のギルドどちらにも文を送ったらしいのだ。

 依頼が重なるのも止む無し……ギルド側が確認を怠っていなければ防げたことではあるが。


「しかし、そう必死になってまで討伐したかったのか?」


 呟き、目の前のリビングデッドを見やる。

 こちらへと歩み寄ってくる山賊の屍体。ゲインが見るに生前の健康状態は余り良くなかったようだ。ただ顔の皮膚はまだ崩れておらず、生気を永遠に無くした顔がこちらへ向いていた。


「ウァ……ア……」


 ただ生者を害さんとする習性に支配され、不格好な歩き方のまま近づいてくるソレを恐ろしく感じるか哀れに思うかは……きっと、見る者次第であろう。

 館の隅から隅まで歩き終わった。これが最後の元山賊に間違いない。

 依頼にも、一体も残さず徹底的に始末するよう指示がされてある。

 付け加えれば、遺体の埋葬も禁止すると。


「……分からんな」


 ゲインが言うのは依頼主のことだ。

 娘を非道に殺され怒り狂うのは当然理解できる。わざわざ回りくどい方を使ってまで、山賊達をできるだけ苦しめて殺そうとしたのも、まあ理解できる。

 しかし、生前の人格が残っている訳でも無し。アンデッドに、魔物にまで堕ちた相手に対し、これほどの憎しみを保ち続けられるものだろうか?

 

「碌な処置もせず死体をそのまま打ち捨てておいたのはお前だろうに」


 それが原因で彼らはアンデッドに成ったというのに。

 死体を埋めるなり燃やすなりするだけで、死体がアンデッドに変わるのは防げるのだ。


 元山賊たちの肉体で汚れ切ったメイスを一振り。

 そのまま、ゲインは最後の一体を壁のシミへと変えた。これで捨てられた洋館は静けさを取り戻す事であろう。

 血と肉片、そして緑と茶色の植物に彩られた長廊下の真ん中を黒衣の冒険者は進んでいく。損壊された死体の中を進んでいく。


 依頼にも書かれている以上、死体の埋葬はしない。

 彼は守銭奴だった。人の道から幾らか逸れたとしても、重要なのは金である。そもそもが非道な山賊である。

 だが……それでもアンデッドでいるよりは百倍マシであろう。

 少なくともゲインはそう考えていた。死者としての習性に突き動かされる哀れな存在でいるよりは、ただの死体として正常な腐敗に晒される方がずっと上等だ、と。


 その点でも、きっと依頼主の貴族とゲインとでは意見が合わないのだろう。魔物に変じた憎い相手を、大金はたいて態々普通の死体に戻してやるのだから。



「──そういえば、次の依頼も貴族がらみだったか」


 稼ぎ時というのは固まってやってくるものだ。ゲイン・アヴァ―ロは、自分宛てに届いていた手紙を思い出しながら帰路へと着いた。

 次の依頼が、面倒なもので無い事を期待しながら。




応援よろしくお願いします。

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