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異世界転移のオモテウラ

作者: ぷー

 両片想いっていいよね

【森倫太郎side】


 突然だが、俺には好きな人がいる。

 高杉詩織だ。

 名前からして可愛い。そして本当に可愛い。

 いや、アイドルとかモデルと同じくらいってワケじゃない。あれは次元が違う。

 ただ、恋してる補正も入れれば、俺にとって世界一可愛いと言えるだろうということだ。


 そして……胸も、その、でかい。

 そのくせ、身長は低い。

 うん。好み。

 いや、自己弁護のため言わせてもらうと、胸は小さくてもいい。男としてはでかい方がいいかも知れないが、俺の好みは低身長。好みをついてきおって。

 

 と、まあ、気持ち悪いくらいに好きな理由を並べたワケだが……


 


 俺は、顔も性格も、終わっている。




 俺の顔は「おっさんみたい」と言われるくらいふけて見えて、なんだかブスい。顔面偏差値は30くらいか?知らんけど。

 

 俺はけっこう辛辣な言葉を吐く。ああもちろん、冗談として。

 うちの学校はいじめのいの字もない、フレンドリーな人間ばかりだ。だから、悪口まがいの冗談をよく吐く俺も受け入れられたんだと思う。


 本当にいい学校だと思う。

 まあでも、いくらフレンドリーだからといって、ずっと悪口言ってたら嫌われる。なので、いつからか俺はからかわれ役になっていた。つまりネタ枠だ。

 俺はメンタルが強いらしく、悪口にもあまりへこたれない。それに、からかわれ役はなんだか楽しかった。

 誤解があるかも知れないから補足しておくと、いじめ的なことは一切なかった。最高かよって言いたくなるくらい、程よく突っかかってくるだけだった。

 これが俺の全てだ。


 対して、詩織はカーストトップの陽キャだ。いや、この学校にカーストなど存在しないが、あえて言うのならだ。明るく、笑いのツボが浅く、天然で面白く、外見もいい。完璧なステータスである。

 

 そんな彼女と俺が、釣り合っていると思うか?

 

 そう自問して、すぐに確信した。

 釣り合わねえなと。こりゃダメだ。もしも付き合えても、こんなブスと付き合わされる彼女が可哀想だ。

 二年前くらいにそう思い、二年間、ずっと不器用な片思いを続けている。


 詩織が振り返る。目が合った。

 どうやら、詩織のことを考えていたらじっと見ていたらしい。あわてて目を逸らす。

 だが手遅れだった。

 詩織は近くの友達にこそこそ囁いて、笑い合う。ああ、どうせ俺のことだ。どうせもう片思いしてるのがバレていて、それをからかってるんだろう。

 一年くらいずっとこうである。うーわ一年前からバレてたんかよ。演技下手すぎだろ。目合わせないように努力してたんだけどなー。

 まだ彼女たちは笑っている。


 ヘタレで悪かったな、ちくしょう。


 その時だった。教室がまばゆい光に包まれたのは。


「なんだ!?」


 誰かの声が聞こえる。ああ俺か。

 俺たちはこれから、どうなっちまうんだろうなーー。




「おはようございます、勇者の皆様」


 透き通るような美声。その声を聞いて、目が覚める。

 なんだ、ここは?

 どうやら、俺は真っ白い部屋の中にいるようだ。いや、俺だけじゃない。周囲を見渡すと、クラスメイトが寝転がってたり起き上がったりしている。

 そして、目前には白衣を身に纏った、神々しいお姿の女神様がいた。祭壇らしきところの上にいる。

 

「皆さんは勇者に選ばれました」


 へ?

 呆けた顔をしていたからだろう、女神様はもう一度繰り返す。


「もう一度言います、皆さんは勇者に選ばれました」


 あれか。異世界モノの小説とかでよくあるあれか。

 テンプレみたいなやつか!

 俺はなんだか興奮してきた。いや、誰だってするだろ。異世界転移だぜ?しない方がおかしい。


「ちょっと待ってください。ここはどこですか?あなたは何者ですか?僕たちは元いた現実に戻れるんですか?どうして転移されたのですか?一から説明願います」


 級長の鈴木太朗が生真面目に質問した。

 っ。そうだよな。物語の世界みたいに異世界転移して忘れてたけど、もう家族とは会えなくなるかも、ということだよな。事情を聞くのが第一だろう。

 危ない危ない。


「一つ一つ答えていきましょうか。あなたたちの想像通り、ここは異世界ですよ」


 うわあやっぱり。心弾ませるが、家族ともう会えないかもという思いで複雑だ。


「私はこの世界の女神、サシュラ。あなたたちが転移されてきたのは、魔力が限界に達しようとしていたからですね」


 ちょっと言ってる意味が分からなかった。


「は?」


「私たち人間と『魔族』と呼ばれる人型の魔物は戦争状態にあります。ただし、人間のほうが弱く、だんだんと戦線が後退している状況です。それすなわち、魔族が戦勝を重ね、発展しているということ。ここで問題になるのが、発展するにつれ、個々の保有する魔力の全体数がこの世界の上限に飽和してしまい、行き場のなくなった余りの魔力が別世界に放出されてしまうのです。その魔力は……まあ、いろいろと不都合を及ぼすのですよ。なので、別世界担当の神が、その魔力をまるっと使って、これ以上この世界から魔力を溢れさせないようにあなたたちを転移させたと。そういうことになります」


「……」


 難しい。いや、理解し切れないわけではないのだが。


「つまるところ、魔族が発展しすぎてあなたたちの世界にも影響が出て、その影響で転移させられたと。そういう認識でいいですよ」


 サシュラは簡潔にまとめた。めっちゃ分かりやすい。


「元いた世界に戻れるか、ですが……難しいですね」


 あちゃー。俺は頭を抱えた。

 いくらなんでも帰れないのは辛い。母さんと会いたい。


「単純に魔力が足りません。私たち神もただの管理職なので、そこまで魔力はないんですよ……」


 なんだか世知辛い。


「ですが、魔力さえあれば転移できます。この腕時計をつけてください」


 そうサシェラが言った途端、三十くらいの腕時計が現れた。


「すげぇ!」


 神だからなぁ、と俺は思った。


「普通の腕時計、だな」


「せやな」


 ちなみにせやなと言ったのは親友の和樹。いいやつだ。


「ボタンを押してみてください」


 言われたままに押してみると、音が鳴って画面が変わり、『0%』と表示された。


「すご」

「何これ」


「それは魔力の充填量を表しています。魔族含め生物を殺めると、生物に宿っていた魔力が地に還ろうとします。これは、その魔力を吸収し、蓄える装置です」


「つまり、足りない魔力を倒した魔物やらの落とす魔力で補うってこと?」


「そうなりますね」


「じゃあ帰る手段あるってことじゃん!よっしゃ!」


 男子の陽キャが叫んだ。無事帰れるとわかり、真新しいことばかりで興奮しているのだろう。


「その……言いにくいのですが、魔族は他の生物よりも多大な魔力を有しています。ですので、より効率的に魔力を稼げるよう、ぜひとも対魔族戦の最前線に立つ『勇者』になっていただきたいのですが……いかがでしょう?ちなみに、その場合特典として私から一人ずつ違うユニークスキルをお渡しいたします」


 あー。言いにくそうにしてるあたり、これが本題だな?転移させられた理由から推測するに、当分別世界への魔力放出が抑えられる程度に魔族を狩って欲しいといったところか?


「「「おおーー!!」」」


 勇者やスキルという言葉に興奮したクラスメイト(バカ共)。もうちょっと女神の言葉をよく考えろよ。俺もつい惹かれるけどさ。

 とまあきついこと言ってる俺だが、バカ共は気のいい奴らだから憎めない。いい奴らなのだ。……ツンデレじゃねぇよ?


「すっげぇ、これ、夢じゃねぇよな!?」


 田口と思しき声。田口は単純におもろい奴である。


「安心してくださいね。迷惑料として、帰るまで成長は止めて差し上げますし、帰る時も今後に支障がないよう記憶も消して差し上げますし……。安心して下さい」


「え、記憶、消されるの!?」


 田口の残念そうな声。乙。


「ええ。人間の精神は、そう長く保つように設計されていないので。消して、なかったことにします。それは変えられません。ごめんなさい」


 サシェラが申し訳なさそうに言った。


「まーいいじゃない。記憶消されるっつーことは、この世界では気楽に生きていけるという裏返しでもあるんだからさ」


 俺は気楽にそう言った。

 ちなみに俺はよく発言する方である。あまりおもろいことは言えないが、ツッコまれることはうまい自信がある。


「そう言って頂けると嬉しいですわ。さて、いかがしましょう?それと、話しそびれていることがあれば、何なりと質問をどうぞ」


 級長の鈴木が手を挙げた。


「質問です。まず、この腕時計はどれくらいのスピードで貯まりますか?」


 確かに。終わりが見えるのと見えないのじゃ大違いである。


「いい質問ですね。それは私の改良作で、生物の落とす魔力を十倍ほどに増幅できるのですが、何せ目標は別世界への転移ですからね……。下級悪魔(デーモン)千匹で1%くらいかと。他の生物は、効率は十分の一以下に落ちると覚悟しておいてください」


「遠っ」


 山口が呟いた。ちなみに、田口と山口は大親友である。

 

「え、十万匹?さすがにムリくない?」


 田口が言った。他のクラスメイトもざわついている。

 バカ共め、ちゃんと人の話を聞け。


「下級ってことは、上位の悪魔もいるんですよね?」


 女神は俺ににっこり笑った。


「ご名答。一つ上のランクの準級悪魔(デーモン)は十倍ほどの魔力を落とします。まあその分、下級の五倍ほどの戦闘力を有していますが」


 へー、という声が漏れる。


「さらに言うと、その上は上級悪魔(デーモン)。準級のさらに二十倍の魔力を落とし、戦闘力はさらに十倍。そこからは二つ名悪魔(ネームドデーモン)となり、彼らはさらにおおよそ五十倍ほどの魔力を落とします」


「え?待って待って。じゃあ、二つ名悪魔(ネームドデーモン)は下級悪魔(デーモン)の……一万倍の魔力を落とすってこと!?」


詩織が驚きながらそう言った。そうだとすれば、ネームド一匹だけで10%も溜まるな。


「その通り。ですが、その強さは他の悪魔(デーモン)と一線を画しています。上級悪魔(デーモン)百匹いても敵わないほどに」


「ひょえー」


 俺は思わずそう言った。それはえげつない。

 また鈴木が手を挙げた。


「質問です。もし僕たちが勇者としてこの世界に転移したとして、僕たちはどれくらいの強さなのでしょうか」


「あなたたち全員で下級悪魔(デーモン)がようやく倒せるくらいですね。つまり、普通の人間と同じです」


「がくっ」


 落胆の音がした気がする。


「ですが、安心してください!私は勇者様を殺させたくないのです。ということで、貴方達の世界から拝借した、ステータスというものを採用したいと思います」


「「「ステータス!?」」」


 俺含め男子共の声が重なる。なんなのだ、その胸踊る単語は!


「ええ。ステータスオープンとつぶやけば、勇者様にしか見えないステータス画面が開かれますよ。ちなみに、モンスターたちを倒して経験値を溜めれば、レベルが上がります。その力で強くなって、たくさん悪魔を倒してくださいね」


「「「おおおおおおお!!!」」」


 男子が叫ぶ。雄叫びまで上げてる奴もいるぞ。ま、そりゃあそうなるわな。空想の世界だった憧れの舞台が、今目の前にあるのだから。だから冷たい目をした女子たちよ、悪いが男のロマンはとめられねえぜ!


「ただお約束ごとがありまして、この世界の人たちには内緒ですよ?」


「「「もちろん!」」」


 男子共は即答した。

 その時、隣から誰かが話しかけてきた。


「えぐいね。なんか」


 綾人である。俺の親友だ。興奮しているのが丸分かりである。

 

「それな!!」


 俺もハイテンションで応じた。

 女神様が言った。


「他に質問はありますか?」


 田口が手を挙げる。


「どうぞ」


「うす。一人ずつスキルくれるって言ってましたけど、どういうものなんすか」


「ステータスオープン、と言ってみてください。私の作ったシステムが、その人に合ったスキルを贈っているはずです」


 そう聞いた途端、みんな率先して(特に男子)言った。


「ステータスオープン」


 そこには、ゲームでしか見たことがない画面があった。




 名前 森倫太郎  レベル 1


 

 HP 100/100 MP 100/100


 攻撃 100

 防御 100

 魔法・スキル攻撃 100

 魔法・スキル防御 100

 俊敏 100

 運  101(+1)

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 SP 10

 (SPにより獲得可能なスキル:⭐︎1まで)

 

 所持スキル(上限三つまで)

・運向上LV1


 説明


 LV上昇による運向上率が50%上昇、ステータス運値を1上昇、自分に関わるスキルの確率発動について、5%有利に働かせる。LV上昇によりこのスキルの関わる効果範囲が上昇する。





 見事に運以外全ステータス100だな。いや、+分抜けば運も100か。これは固定なのか?

 SPも気になる。スキルをゲットしたり、強化したりできるっていうコトだよな?⭐︎1とはどういうことなのか。そして運向上はユニークスキルだよな?これは強いのか?くーっ、気になることが多すぎる!

 

「皆さんの初期ステータスは全員100となっております。ここから、皆さんの戦闘方法や素質などで伸びやすいステータスは変わるでしょう。HP・MPは日が変わるごとに全回復するでしょう。また、SPは一レベル上がるごとに10貰えます。現在のスキルレベル分のSPを払うことで、一レベル上がります。⭐︎の数×10だけSPを払うと、新スキルをゲットできます。⭐︎が多いほど有用でしょう。今説明すべきなのは以上です」


「待て待て待て。情報量が多すぎるって!」


 俺は思わず叫んだ。みんな同じようで、目を輝かせながらも頷いている。

 女神はくすっと笑った。不覚にも見惚れてしまう。い、いかんいかん。


「だと思いました。ですので、これをお渡ししておきます」


 ステータスがピコン!と鳴った。メッセージが表示される。

《女神の祝福を習得しました》

 スキル枠に“女神の祝福”が追加される。隣に(スキル枠不使用)となっている。


「これは……?」


「説明書のようなものです。スキル枠とは別枠なので安心してください。知りたいことは全部載っています。そっちの世界の……なんでしたか、いんたぁねっと?のような使い方をします」


「なるほど」


「私に聞きたいことは以上でしょうか?でしたら、そろそろ転移していただけると幸いです。この空間を作るのに、魔力を消費しているので」


 そういえば女神様、ただの管理職だからそんな魔力ないとか言ってたな。


「そうですか。みんな、女神様に直接聞きたいことある?」


 鈴木が聞いた。俺は、ないな。

 一人が聞いた。


「女神様、女神様!この『勇者』ってなんすか!?最強スキルっすか!?」


 間宮翔太だ。ちなみに毎回定期テストの5教科合計の点数が一桁台であることを誇りにしている生粋の馬鹿である。マジでなんでこの高校入れたの?


「そうかもしれませんね」


 女神様はあいまいに答えてるけど……ってか、『勇者』!?俺の『運向上』なんかよりよっぽど強そうじゃねえか!


「うっひょおおぉぉぉ!しゃあああ!」


 めちゃ喜ぶ翔太がうざかったので、こう言ってやる。


「フッ、甘いな翔太!」


「な、何!?お前のスキルは何だ!」


「俺か?聞いて驚け、」


 ここで一旦切る。みんなが唾を飲む。


「『運向上』だ!」


「「「ショボっ!」」」


 みんな笑った。そうなのだ、こんな時は笑ってプラスに変えるのが一番なのだ!

 詩織が笑ってくれたから、俺は満足である。

 綾人がからかってきた。


「お前『運向上』?しょぼ〜!」


「そういうお前はなんだよ!」


「俺?『腕力強化』」


「お前もショボいやん!」


 俺たちは笑い合った。


「よろしいでしょうか?質問は今のうちにですよ。あと1分ほどで強制的に転移されます」


 しっかりものの鈴木君が手を挙げる。


「どこに転移されるのですか?」


 偉い!誰も気づいてなかった!


「私の作った、草原のセーフティエリアです。必要最低限の生活必需品はあります。ーーーさあ、お気をつけて」


 そう言って、女神様は手を振った。地面に紋章が描かれて(みんな驚きの声をあげた)、紋章が輝きを放つ。これが転移か。異世界は、どんなところなんだろうなーーー

 そう期待に胸を膨らませていると、目の前にはまだ女神がいた。


「あれ、女神様……?」


 未だ目の前に女神様がいることに困惑する。どうしてだ?


「お前のユニークスキルが雑魚いからよ」


 女神様はふん、と鼻を鳴らした。

 あれ、女神様ってこんな言葉遣いだったっけ?


「なーにが『運向上』よ!笑わせるんじゃないわよ、フン!」


 女神が意地悪な顔で嘲笑してくる。対する俺は突然の変わりように追いついておらず、ただ困惑していた。


「ど、どういうことですか」


「どーもこーもないわよ!運なんて上げてどーなるっつーのよ!ラッキーキル確率が上がるだけですよー?ぷぷっ。綾人の『腕力強化』の方がマシね」


 そんなこと言われるとへこむんですけど。


「おまけに顔もブスだしさー。実力だけじゃなくて外面まで悪いとか、どんなゴミなのよ」


 ……なんかだんだん腹立ってきたな。

 人の見た目は勝手だろーが。視界に入れたくないほどならさっさと転移させろし。

 色々酷え事言いやがってよぉ。


「なんかいろいろ言いたそうな顔してるじゃないの。いいわ、言ってごらんなさい。全部、惨めに論破してあげる」


「じゃあ遠慮なく言いますけど、勝手に転移させたの原因はあんたですよね。なのになんすか?そんな悪口吐き散らかしてさ!はっきり言ってうざいんすけど」


 未来の俺が振り返ってみれば、よく女神相手にこんな啖呵切ったなと思う。自分でも自覚しないほど苛々してたんだろうな。

 だが、女神様は白々しく言った。


「えー?私知らなーい。てかー、私ここの管理してるだけだしー?私に防ぐ術がないからこうなってんだしー?実力も外面も事実だしー?てか、事実言って何が悪いのって感じー?」


 突然ぶりっ子になりやがって。


「てかあんた、詩織ちゃんのことが好きなんだってー?」


「っ」


 なぜそれを。

 いや、女神だし、知っててもしょうがない、のか?


「だから、どうした」


 違う。重要なのはなぜ知ってるかじゃない。なぜ今それを言ったかだ。こいつは、詩織をどうするつもりだ?


「そんな警戒しないでよー。今からあんたを転移させるのは、上位のモンスターしか湧かない最悪の遺跡だからさー、もう一生会えないかもよってこと」


 は?何言ってんだよ。そんなことされたら、俺、殺されるに決まってる。


「何でだよ!なんでそんなところに転移させられなきゃいけねーんだ!みんなと同じ場所に転移させろ!」


 だが、女神サマは冷酷だった。



「ふーん。詩織ちゃんが死んでもいいんだ?」



「なっ」


「一度に転移できるのは三十人まで。だけどあんたたちは三十一人だった。だから一番弱いあんたは無制限に転移させられる『廃棄場』に行かされることになったってワケ。カニ味噌でも理解できた?」


 こいつ、ことあるごとに煽ってきやがる。うぜえ。

 俺は頭に青筋を浮かべて言った。


「ああ。お前より頭がいいもんでな」


「タメ口とかいい身分じゃん、ふふ」


 悪かったな。けど直す気はねーよバカ女神。


「あ、ちなみにここで死んだら元の世界に転移できんからねー。あんただけ」


「はぁっ!?何でだよ!?」


 理不尽にも程があるだろうが!


「人の話ちゃんと聞けよー。転移は一度に三十人までっつってんのー。つまりー、あんただけ200%分溜めなきゃいけないわけー。ぷぷっ、大変そー」


 俺はもはや呆然としていた。

 こんなことってあっていいのかよ。少し前まで勇者やらなんやらで浮かれてたけど、本当はほぼ死確定とか。どんなバッドエンドだよ。

 死ねよクソ女神。


「もう久しぶりの会話疲れたしー?そろそろ行ってくんね?」


「な……っ」


 ガチで死ねと言っているのかこいつは。


「じゃね」


 僕の視界がぼやけていく。


 嫌だ。

 俺はまだ、死にたくない。

 喧嘩して依然仲の悪い母と仲直りしていない。

 もうちょっとだけでも家族と団欒したい。

 クラスメイト(バカ共)に会って、馬鹿騒ぎしたい。

 そして、詩織に告って、潔く振られたい。


 ん?ああ、そっか。

 俺って、結局、告りたかったんだなーーー。


 未練?

 あるよ。溢れるほどにな。

 だから、俺は女神に向けて中指を立てた。


「死ねよクソ女神」


 それは俺がやがて女神を殺しに行くという宣告だ。即ち、女神を殺すまで諦めずに戦い続ける誓いでもあった。

 俺はぜってえ諦めねえ!

 誓いを胸に、地面に描かれた紋章の輝きに呑まれていくーーー。


 転移する直前、女神が、愛しき息子を見るような目で俺を見ていたように朧げに感じたが、きっと目覚めた時、俺は覚えていない。


 

【高杉詩織side】


 

「ーーーさあ、お気をつけて」


 そう女神様にお見送りされて、私たちは草原に転移した。


「どこだ、ここは?」


 それは誰の言葉か。そこには、見渡す限りの大草原があった。

 大晴天の中広がるそれは、絶景と言っても過言ではなかった。


「わぁ……!」


 初めて感じる大自然に、一同は感動の声を上げた。

 私の友達の凛沙が言った。


「あ、見て!あそこにうさぎがいる!」


「本当だ!」


 あれはモンスター扱いなのだろうか。むむ、それはやだな。あのかわいいうさぎさんを、殺したくはない。


「おい見ろよ!後ろにはテントがあるぜ!」


 田口が言った。振り返れば、大きなテントが二つ。男女で分かれているのだろう。

 女神様の言ったことが確かなら、きっと当分は生活するのには困らないだろう。……まあ、お料理できる人はいるのかとか、お風呂はどうするのかとか、細かい問題は残ると思うけど。


「うっひょー!興奮が止まんねえ!いっちょ、モンスター狩ってくるか!」


 山口が衝動を抑えきれないといったふうに言うと、すかさず田口が突っ込んだ。


「武器もなしにどうやって倒すんだよ!」


「それもそっか!」


 みんなで笑った。


「じゃあ、一度テント見てみるってことでいい?」


 鈴木が聞くと、みんな頷いた。テントに向かおうとした、その時だった。


「あれ、倫太郎は?」


 綾人が困惑したように言った。


「どうした?」


「俺の隣にいたはずの倫太郎が、いないんだ!」


 みんなざわついた。

 え?

 私は頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 倫太郎が、いない?


「は!?どゆこと!?」


 田口が叫んだ。場がざわつく。みんなが混乱していた。

 数分経ってようやく立ち直った鈴木が、大きな声で言った。


「静かにして!」


 数秒して静まる。

 鈴木が続ける。


「今大事なのは、なんで倫太郎がいないのかってことだよね。なら、騒ぐよりそれを考えようよ」


 落ち着いた私も頷いた。確かに、それが重要だ。

 だが、転移についてもこの世界についてもろくに知らない私たちが、そんなこと考えても何になるか……。

 その時、凛沙があっと叫んだ。


「『女神の祝福』、使えるんじゃない!?」


「「「それだ!!」」」


 その後、私たちはものすごい勢いで調べまくった。

 インターネットは使い慣れていたので、似た形状のそれはとても調べやすかった。

 有用そうな情報だけ入れていく。


・転移は一度に三十人まで。

・人数過多で転移した場合、転移魔法は発動しない。



「発動、しない?」


 この部分で、私は首を捻った。

 だって、私たちは転移出来たのだから、おかしいだろう。

 鈴木が確認するように口を開いた。


「私たちは三十一人だったから、倫太郎だけ転移できなかったのは納得できる。だが、発動しないはずの転移が発動したのは、おかしいよな」


 これ以上どれだけ調べても、有益な情報が出てくることはなかった。

 いや、まだだ。まだ、どこかに手掛かりがあるはず!


「一回思い出してみようぜ。転移する直前のこと」


 田口が冷静に言った。


「そーだな。失くし物はそうやって見つかるもんだしな」


 翔太が頷いた。

 クラスのみんなで思い出していく。


「まず、転移させられたよな。白い部屋に」


「そして諸々の説明を受けた」


「ステータスってのも見せてもらったよねー」


 ん?


「そして、最後にいくつか質問して、転移した。だよね」


 何、今の違和感。

 ステータスを開いた時のこと。

 確か、倫太郎のスキルは……。


『運向上だ!!』

『『『ショボっ!』』』


 しょぼかった!!

 私もクラス転移系の小説は読んだことがある。

 外れスキルだと思われていた主人公は、一人だけハズレなところに転移させられて、ピンチに陥ることが定番だった。

 その主人公が、倫太郎ということではないか?

 その仮定が、驚くほどしっくりきて、私は確信した。

 だとしたら、急がなくちゃいけない。

 今この瞬間にも、倫太郎はピンチになっているかもしれないのだから。


「ーーー詩織?詩織!しーおーり!しおりーーー!」


 バチンと大きな音がして、私は頬に衝撃を受けた。

 数秒経って、私はビンタされたことを認識する。


「もう、ようやく気がついた?すぐに返事してよ。心配したんだから」


 凛沙は心配そうにそう言った。クラスメイトたちの視線が痛い。

 まあ、思いっきりビンタされたのだから、しょうがないか。


「ごめん」


 私は謝った。頬がひりひりするが、構わない。

 凛沙は私を引き寄せて、耳打ちする。


「ねえ、詩織?大好きな彼がいなくてショックなのはわかるけど、落ち着いて。助けられるものも助けられないよ」


 そう言われて、私は顔がかあっと赤くなるのが分かった。


「す、好きって、そういうわけじゃ……」


「じゃあ、授業中に彼をじっと見てたのは何?」


「そ、それは……」


 凛沙ははぁと息をつくと、言った。


「正直言って、あのブスのどこがいいのか分からないけど、」


「ブスじゃないし!」


「惚気はいいから」


 の、惚気……。


「冷静でいなさい。大丈夫よ、詩織はいつだって、私の太陽だった」


 そう言って、彼女はふわりと微笑む。


「……っ……」


 私は息に詰まった。この時だけは、そんな彼女が誰よりも美しく見えた。


「……私なんかいなくても、あなたは強かったよ」


「私はあなたに救われたのよ。本当に」


 彼女はそういうと、一転して真剣な顔になる。


「そんなことより、詩織、何か分かったんじゃない?」


「え?」


「そんな顔してずっと悩んでたよ」


「そっかぁー」


 そうだったんだ。


「ていうか、痛ーい」


 頬をさすって言った。


「ごめーん」


 そう言って、凛沙と私は笑った。特に凛沙は、安心したような顔で。心配かけちゃったな……。

 とりあえず、私は《女神の祝福》を開いた。

 そして、さっき考えていた仮説を立証するために調べていく。


「出た!」


 私は思わず叫んだ。そこにはこんなことが書かれていた。


『魔族の魔力を抑えるため、時折別世界から勇者がやってくる。だが、その中でも突出して強かったり、弱かったりするものは、“廃棄場”と呼ばれるところに転移させられる。強い者は廃棄場の強いモンスターを倒すことで効率的にレベリングができ、弱い者はモンスターに殺されるのだ』


 だが、読み終わった瞬間、この文は消えて、『一致する情報が見つかりません』となった。

 女神にとって都合の悪い情報だから、隠蔽しようとしたのかもしれない。

 恐らく、倫太郎は弱すぎて“廃棄場”に転移させられた。

 彼のスキルは『運向上』だが、運を上げたところで戦闘力に直接関わりがあるわけではない。運なんて上げて、何になるというのだ?

 きっと今頃彼は、“廃棄場”でピンチに陥っているハズだ。

 一刻も早く助けに行かないと!


 ここから彼のところまですぐ行くには、多分転移魔法しかない。

 使えるかどうか、一縷の望みにかけて調べる。


『転移魔法。MPを500消費、追加で1kmにつき1MP消費して、指定した座標、もしくは目標物に転移する。空間魔法の派生魔法。あなたはまだ習得していません』


「やっぱり駄目か……」


 私が諦めかけたその時、凛沙が言った。


「ねえ、空間魔法って詩織のユニークスキルだよね?」


「っ」


 そうだった!

 空間魔法の派生スキルということは、空間魔法をSPで強化すれば、転移魔法を使えるかもしれない!


 

 名前 高杉詩織  レベル1


 HP 100/100 MP 100/100


 攻撃 100

 防御 100

 魔法・スキル攻撃 100

 魔法・スキル防御 100

 俊敏 100

 運  100


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 SP 10

 (SPにより獲得可能なスキル:⭐︎1まで)

 

 所持スキル(上限三つまで)

・空間魔法LV1


 説明


 空間を操作する神の権限の一部を魔法として扱えるようになる。LV5ごとに新たな魔法を覚えられる。LV上昇で魔法効果が少しずつ上昇する。


 使用可能魔法: 収納


 収納LV1


 説明


 あらゆるものを存在しない空間に入れておける。重さ上限は10キログラム、 大きさは1㎥まで。魔力消費はなく、出し入れは自由。




 SPは10ある。

 レベル上げにはレベル分SPを消費するから、ちょうど5レベルまで上げられた。

 新たなスキルが手に入る。


『空間魔法が一つ、アンロックされました』

 

 ステータスにそんなテロップが入った。


・空間魔法LV5

 

 空間を操作する神の権限の一部を魔法として扱えるようになる。LV5ごとに新たな魔法を覚えられる。LV上昇で魔法効果が少しずつ上昇する。


使用可能魔法:収納、下級転移(new!)


 収納LV5


 あらゆるものを存在しない空間に入れておける。重さ上限は30キログラム、 大きさは5㎥まで。魔力消費はなく、出し入れは自由。

 

 下級転移LV1(new!)


 固定で100MP消費して、指定した目標物に向かって自身と身に纏っているものが転移する。転移した先が登録され、登録された目標物にしか転移ができない。登録したら上書きできない。登録できる目標物は一個まで。




「きた!」


 凛沙も身を乗り出してステータスを覗き込む。


「ちょうどMPも足りる!行ってきていい!?」


 今にも行ってきてしまいそうな私を、凛沙が止めた。


「でも、登録できるのは一個までだよ。帰ってこれなくなる」


 ……確かに。


「けど、行きたい!後悔して生きたくはない!」


 私の決意が曲がらないことを知った凛沙は、言った。


「私を連れていけないの?」


「……うん。私だけみたい」


「……そう」


 凛沙はため息をついた。

 

「行ってきなさい」


「え?」


 ダメと言われると思っていた私は驚いた。


「行ってきなさいと言ったの。この場は私が説明しておくから。後悔はしないようにするんだよ?」


「……うん、ありがと」


 本当に、凛沙には頭が上がらない。

 私は小さく呟いた。


「下級転移、目標物、森倫太郎」


 そして、私は転移した。

 そこには、壮絶な光景があったーーー。



【女神side】


 倫太郎が怒り狂いながら転移していくと、私は白い部屋を解除する。すると、そこには遥か上空の光景が広がっていた。雲よりも高い場所に、私は立っていた。


「……これで、良かったのよ」


 半ば言い聞かせるように、私は言った。

 スキル、運向上。規格外のぶっ壊れスキルの名前だ。

 運は軽視されがちな要素だが、戦闘要素や日常生活も全て含んだ『運』なので、もしかしたらステータスで一番重要かもしれない。


 さらに、ここからスキルLVが上がるにつれて派生スキルを覚えていくのだが、相手の攻撃を確率でノーダメージにしたり、相手のスキルや魔法の発動条件を確率にしたりできるようになる。

 しかも、運向上で確率を上げられて、ずっとその派生スキルたちが発動し続け、しまいには何もできずに完封されるのだからたまらない。


「魔族は強き者に寄りつく。だから、倫太郎さんだけはクラスメイトたちと一緒に居させるわけにはいかなかった」


 魔族は魔法民族の略。その身体は膨大な魔力で構成される。身体を形作っている材質そのものなので、魔力が多ければ多いほど強くなる。だから、強者を倒して落とした魔力や、強力なスキルなどを魔力に変換して吸収し、より強くなろうとするのだ。


 強い魔族が寄ってきた時、きっと私の作ったセーフティーエリアでは凌ぎきれないだろうし、打ち克つこともできないだろう。

 だから、倫太郎さんは捨てるしか無かった。


「……大丈夫、倫太郎さんは強い」


 果たしてそうなのかとも思う。

 『運向上』の最初期は運の値を上げるだけのスキル。あそこは強い魔物ばかりだから、かなり厳しいだろう。


「宝箱も置いてる」


 転移した先はダンジョンのような造りになっている。転移先の一つの部屋のみセーフティエリアとなっており、一つだけ宝箱も置いている。その宝箱の中身は、解錠者が一番欲するものと設定している。


「伝説の剣でも望んでくれればきっと大丈夫。そう、きっと生き残って、最強スキルと共に私を打ち倒しにきてくれるはず……」


 女神の力で彼らの能力を見たところ、倫太郎さんはずば抜けて頭が良かった。けれど一番やる気がない人でもあった。優秀な頭を持て余しているような気がした。

 だから今回、私は悪役になった。

 私を倒すという大きな目標が立ったのは大きなモチベーションとなり、彼の頭は比類なき働きを見せるだろう。そこに最強スキルが組み合わされれば、私を倒すほど強くなれるかもしれない。


 長々と悩みながら、私はマップを開く。倫太郎さんを飛ばした“廃棄場”の地図である。

 そこには、驚くべきことが表示されていた。


「二人、いる……!」


 一人は倫太郎さんだろう。もう一人は、誰だ?

 もしかして、魔族か?


「……『透視鏡』」


 全てを見透かすスキルでその場所を見る。すると、もう一人は高杉詩織だと分かった。


「なんでいるの?」


 何かの手違いか?いや、ちゃんと発動しているか、きちんと確認した。

 ならばーーー何らかのスキル?

 私は彼女のユニークスキルを調べる。そして、仰天することになる。


「空間魔法っ!?」


 『運向上』には及ばないにしても、神に迫るほどの魔法を扱えるスキルである。

 特に、LV100(MAX)で手に入れる『虚空空間』はまずい。神でさえ消される最強の魔法だ。

 指定した空間を、無くす。ただそれだけだが、無くなった部分は回復が効かない。回復は無くなった空間を埋めるものではないからだ。ベクトルが違う。

 『空間置換』や『万能転移』も凄まじい。転移は言わずもがな、空間置換は道連れ覚悟ならブラックホールさえ呼び出せるのだ。


「………ははは。これが、運命なのかしら」


 きっと二人は“廃棄場”を突破し、数多の強敵、魔族を打ち倒し、次元を切り裂いて異次元の神域に辿り着くだろう。そしてきっと負ける。

 そのことへの後悔は、ずっと前からない。


「待っているよ。私は神として、罪を重ねすぎた。どうか生き延びて、この愚神を断罪してくれ。そして、この座は、お前たちの番だ」


 あの二人ならばきっとーーー。


 “廃棄場”を探索するように動き出した彼らを、慈しむように。愚かな己を、嘲笑するように。無理矢理作ったような、仮面の笑みのように。

 老婆のようなしわを、口元に刻んだ。

 面白いと思ったら評価よろしく。評価高かったら連載するかもよ!?

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