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最終話 エピローグ

 九月二十二日。

 サイモン夫人がサイモン氏と再会を果たした日の翌日、久佐賀は東京の鳥居坂の井上馨外務卿の屋敷に呼ばれた。


 井上馨。

 天保六年(一八三五年)生まれ。

 明治の元勲一人。

 他人の話をよく聞くということで、聞多の名前を長州藩主から与えられた。

 その一方で、明治時代に壮年になると、すぐ怒鳴る【雷親父】と多くの部下たちから恐れられた。

 なお、【避雷針】と呼ばれた部下の渋沢栄一は、以下のように評する。

 ━━井上候はすこぶる機敏の人で、見識も高く、能く私を諒解して下されたのみならず、又至つて面白い磊落なたちで、私と一緒になって楽しむいわゆる遊び仲間にもなられたので、井上候と私とは肝胆相照らす親しい間柄にまで進んだ━━

 どんな攻撃も井上馨が身体を張って受け止めてくれたからこそ、自由に仕事ができた、と渋沢栄一は語る。

 多くの人から話を聞くからこそ、他人よりも早く全体の危機を察知し、短気を演じることで、危機が小さい間に先回り消し止めようとする。

 そんな男であった。

 

 井上馨に会う手土産として、久佐賀は長崎ビードロのグラスのセットを用意して持っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おう、久佐賀よ、よく来たな」 

 愛想よく井上馨は出迎えてくれた。

 幕末の頃、久佐賀の剣の師匠の松本蒼海がその剣技で井上馨を救ったことがあるという縁で、以前にも、久佐賀は会ったことがある。

「お久しぶりです、外務卿閣下。私のような若輩者をお招きいただいて光栄です」

「今日は俺がお前のために料理をつくったぞ」

「閣下の料理ですか?」

「食っていけ」

 井上馨がつくる料理は、下手の横好きというもので、来客たちの間では嫌がられていた。


 ひょっとして、井上馨ならば知っているかもしれない。

 久佐賀はたずねた。

「なぜ、サイモン氏は昨日の記者会見に姿を現したのですか? 

 二十九日に延遼館で行われる花形公使の凱旋祝賀会でサイモン夫妻の【感動の再会】を劇的に演出するのだというのが当初のお話でした」

 あっさり井上馨は教えてくれた。

「藤田の進言だ。

 先日の 鈴木亭でのサイモン夫人と甘利の娘の活劇講談が評判が良かった。

 ここは一つサイモン夫人をもっと活用しよう、と。

 記者会見の時の再会で東京のアメリカ人たちの間でも話題になるだろう。

 久しぶりに旦那と会えて喜んでもらえたところで、二十四日の日曜日、サイモン夫人には、もう一回、鈴木亭でやってもらう。

 花房たちとサイモン夫妻が朝鮮を脱出した話。

 日本の者とアメリカの者とが協力して助け合った話だ。

 アメリカと日本は仲良くやれるぞという空気を盛り上げたところで、列強の保障によって朝鮮を永世中立化するという我々の話にアメリカを巻き込みたい」


 明治十五年の十月、駐清日本公使榎本武揚公使は、駐清アメリカ公使ロングを通じて、列強の保障によって朝鮮を永世中立化するための国際会議を呼び掛けている。

 これには、翌年に一八八三年に国務長官からは興味深い提案と返事があった。

 また、榎本武揚はこの提案について、駐清イギリス公使パークスからも良い反応があったと報告している。

 さらに、十月には朝鮮国王をして異例のアメリカ公使との謁見を行わせしめ、アメリカ人の陸軍将校を軍事教官として招聘せしめる。

 壬午軍乱終結後の済物浦条約締結時も、井上馨外務卿の訓令に従って、花房公使は当初に「外国公館の安全を保障する兵力を五年間で養成せよ」と求めたのみ。

 現地の朝鮮側が「不可能だ」と言うため、朝鮮自前の兵力が用意され次第に即座に撤兵するという条件をつけて、やむなく壬午軍乱時に送った一大隊の陸軍兵士を朝鮮半島に残した(徐々に人数を減らし、二年後の甲申事変時には一中隊の一五〇名のみ)。

 さらに、日本は陸軍学校に徐載弼らの朝鮮人留学生を開け入れて訓練し、彼らを送り返した時点での日本の撤兵を予定した。

 アメリカ人将校の率いる朝鮮兵をして、朝鮮の内乱を鎮圧できるようにせしめ、内乱防止の協力の名目のための出兵を全ての列強に禁じる。

 それが列強の保障によって朝鮮を永世中立化するための日本側のアイデア。

 

 久佐賀は言った。

「このたびのサイモン夫人のお世話については、五岳鶴女や甘利兼という女どもが通詞としてよく働いてくれました。

 奥さんも喜んでくれましたし、外国の記者たちにも受けがよかったです。

 これからも日本政府も女性通詞を使うということを考えてよいのではないかと愚考いたします」

 わかっとる、と井上馨は言う。

「日曜日の鈴木亭には俺も自分の目で見てみようかと思う。そいつの出来次第で、これから女性通詞を入れることを本格的に検討してみたい。

 外国の要人を迎えるは場として、延遼館とは別に鹿鳴館という洋館を新しく造らせておる。

 ご婦人のお客さんを迎えをするには、女の通詞の方が色々と便宜かもしれん。男に対しては色々と言いにくいことがあるやもしれんからな」

「ご卓見です」

 久佐賀は感心した。

 興に乗った井上馨は言葉をつづけた。

「俺のことを欧米諸国に媚びすぎていると悪口を叩く者たちがおる。

 しかし、今の日本にとって欧米諸国との条約改正こそ喫緊の課題である。

 こちらの話をまともに聞にいてもらうためには、まず、相手の知っている形をつくって、相手を安心させてやらなければならない。

 しょせん薄皮一枚。

 色々な奴が中身こそ大切という。

 外見をいくら飾り立ててみたところで、見る目のある奴には、かえって馬鹿にされるだけ。

 そいつはそうだ。

 しかし、ろくに見る目のない輩も相手にすることも政治には必要よ。

 薄皮一枚のことは相手に合わせてやってもよかろう。それぐらいで消えてしまう中身であれば、最初からろくな中身を持ちあわせておらん」

「おっしゃるとおりです」

 久佐賀がうなずいたところで、井上馨は久佐賀の衣服を見まわした。

「そういうわけで、男は中身こそ大切であるが、外側にも気を遣った方がいい。久佐賀よ、わかっておろうが、今日のお前の服な」

「申し訳ありません」

 久佐賀は赤面した。

 一国の大臣と会うのにふさわしい上等の服を着ようにも、彼の手持ちの資金に限界があった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 井上馨外務卿の来臨のある中で、二十四日の鈴木亭におけるサイモン夫人たちの公演は、会場が引っ繰り返るかと思われるぐらい大盛況になった。

 そして、翌年の明治十六年の十月には、五岳鶴女は、甘利兼ら数名とともに、宮中通詞の身分で鹿鳴館における公式女性通詞として採用された。

 同じ頃に、久佐賀は外務省からの密命をうけて朝鮮半島に渡ることになった。

 怪人・久佐賀義孝は、初恋の女の夢を実現させるために自ら身を引くかたちで、二人の関係に終止符を打った。

明治外交と朝鮮永世中立化構想の展開 : 一八八二~八四年

https://cir.nii.ac.jp/crid/1050001337929882240


日清天津条約の研究

https://core.ac.uk/download/pdf/57735531.pdf


朝鮮近代史(5)甲午・乙未改革と開化派の敗北

http://jugyo-jh.com/nihonsi/%e8%bf%91%e7%8f%be%e4%bb%a3%e5%8f%b2%e3%82%92%e8%80%83%e3%81%88%e3%82%8b%e8%ac%9b%e5%ba%a7/%e6%9c%9d%e9%ae%ae%e3%81%ae%e8%bf%91%e4%bb%a31%e6%9c%9d%e9%ae%ae%e7%8e%8b%e5%9b%bd%e3%81%ae%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a7/%e6%9c%9d%e9%ae%ae%e8%bf%91%e4%bb%a3%e5%8f%b2%ef%bc%885%ef%bc%89%e7%94%b2%e5%8d%88%e3%83%bb%e4%b9%99%e6%9c%aa%e6%94%b9%e9%9d%a9%e3%81%a8%e9%96%8b%e5%8c%96%e6%b4%be%e3%81%ae%e6%95%97%e5%8c%97/#i-8


3.朝鮮暴動事件/2 明治15年8月27日から明治15年10月31日

https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F2006092114014680671&ID=M2006092114014880707&REFCODE=B03030181000


明治開化期の日本と朝鮮(21)

http://f48.aaacafe.ne.jp/~adsawada/siryou/060/resi032.html


怪傑袁世凱

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/980780


近代朝鮮史下巻

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1921025


公文別録・朝鮮事変始末・明治十五年・第八巻・明治十五年

https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001692583


朝鮮の経済的無価値

https://twitter.com/kuroshiroshiro2/status/1673136352299474944

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