第六十二話 東京でもお騒がせ
九月十八日。
昼過ぎにチャーリーは東京港についた。
上野の興行が九月二十日にあった。
外務省の関係者との挨拶はそこそこにして、舞台の状況を確認し、劇場側と衣装や舞台上の道具配置などについて打ち合わせを終わらせた。
カネは言う。
「奥さん、私たちは長崎のエンターテイメントの代表ですよ」
「東京でもお騒がせ (Wanna make a Big Noise in Tokyo)」
と、チャーリーは応じた。
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九月二十日。
上野の鈴本亭という名前の劇場で、夜の七時ごろに、チャーリーたちの出番が回ってきた。
チャーリーとカネはおそろいの女壮士の衣装。
勝算は十分にあった。
まず、チャーリー・サイモンの存在だ。
当時の日本の国民的英雄ハナブサ公使に朝鮮の動乱の最中に救出されたアメリカ女。
偽物ではない。本人自身が演るのだから本物に決まっている。カネに言わせれば、「顔を出すだけでエンターテイメントとして成立する」ことになる。
次に、脚本の素材。
明治時代の日本では、新聞社も朝鮮に記者を常駐しておらず、情報はほとんど入ってこない。
そこに、実際にハナブサ公使の朝鮮脱出行を共にしたチャーリー・サイモンが実際にどうだったのか直接に語るのだ。
当時の多数の日本人が知りたがっているニュース。
負けるはずはない。
あとは、チャーリーとカネの技量でどこまで勝利を上乗せできるか、だ。
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チャーリーのスピーチは、燃え落ちる在漢城日本公使館を背景に、ハナブサ公使がミズノ大尉と話し合って全員で脱出を決める場面から始まった。
そこで、カネがチャーリーに合図して、スピーチをいったん止めた。そして、すくっと立ち上がり、小道具の日本刀を淀みなく抜きはらった。
いつ抜いたのか間近で見ていたチャーリーもわからない。刀の早抜きだけで金が取れる芸だと新聞記者が書き立てたほどのもの。
そして、カネは現場に居合わせた複数の関係者(イガラシ、ヨコヤマ、チハラ)の情報をもとに再現したミズノ大尉の剣舞を披露した。
我有寶刀三尺
雖血痕難認
幾星霜京城
今夜一宵夢
紫電光中斃犬羊
大輪の花を想わせる美形のカネが、朗々と詩を口ずさみながら、日本舞踊の基礎の上に見事な剣舞を舞ってみせた。
観客席は、一瞬、静まり返った。
続いて割れんばかりの拍手が巻き起こった。
スタートダッシュに成功した。
勝てる。
どうせ勝つならば圧勝だ。
サイモン夫妻とハナブサ公使との一行の出会い。
朝鮮兵たちの裏切り。
仁川での死闘。
突然の銃声のあとに降り注いだ矢石の雨に埋もれるようにして死んだのは、門外の休憩所で涼んでいたヒロセ巡査だった。
このとき、公使館の日本国旗を大切に守っていた公使館職員キンタローも、限られた材料でうまい飯を用意してくれた公使館料理人のタマキチも逃げられなかった。
寝巻姿で走ってきたヨコヤマ巡査、イガラシ巡査、トオヤ巡査の三人が白刃を振るって戦いながら門を閉じて時間を稼いだ。
サハラ軍医は負傷者の治療に力を尽くした。
ミヤ巡査は、ハナブサ公使を守るようにして銃の前に身を投げ出した。十代の少年があっけなく生命を閉じた。
民間人留学生のコンドウは自ら志願して敵中に深く切り込んだ。深手を負って自刃した。
朝鮮兵たちが「ハナブサ公使、ハナブサ公使」と喚きながら追いかけてくるのを、オカ警部とコバヤシ警部は息の合ったコンビプレーの銃撃で寸断した。
重傷のイガラシ巡査を背負ってリスケ看護師は山道を歩いた。
彼らが危ないところを救ったのは、銃の国からやってきたじゃじゃ馬チャーリーの射撃だった。
チハラ軍曹の危機にジャンも拳銃で参戦した。
最前列を志願した公使館職員ミズシマに対して「君のような勇者には最後列を引き受けてほしい」と頼んだミズノ大尉は血笑を浮かべて自ら最前列に立って敵に切り込んだ。
ミズノ大尉を援護する通訳のアサヤマの射撃は、ただの通訳と思えないぐらい、冴えていた。
闇の中の戦いでも、外務省職員オーバはよく通る声で強気の言葉を叫び続けていた。
済物浦から援護にきたマツオカ中尉たち五名。
一人は陸軍語学生のタケダ。眼鏡少年。
たった一人で馬に乗って駆け抜けて済物浦において月尾島まで渡る小船を確保したのは、民間人留学生のカエデだった。
もはやこれまでと剣を抜いて鞘を投げ捨て、周囲から笑い交じりに叱られた民間人留学生のカワカミは、月尾島で大船を雇う際に朝鮮語の通訳としても働いた。
決して歴史の教科書に書かれるような大きな戦争ではない。
ちっぽけな戦闘。
でも、戦いに参加した当事者たちからすれば、あの日あの時、お互いに誰もがお互いにとって特別なヒーロー・ヒロインだった、
ハナブサ公使の朝鮮脱出行については、チャーリーは、現場にいた当事者の強みで、日本の新聞記者たちよりも多くの情報を持ち合わせていた。
まるで実際に見てきたように語るというよりも実際に見てきた。
よく戦った。
そして、チャーリー・サイモンは生き残った。
聴衆たちは同胞の英雄的行為のエピソードに愛国心を刺激されて沸きに沸いた。
カネの用意した脚本は素晴らしかった。チャーリーも会場の熱気に乗って、時には演壇を飛び出し、手足を大きく動かして当時の状況を説明した。
陸軍への仕官を望みながら自ら危険な持ち場を引き受けた公使館職員ミズシマの話は、日本人の聴衆たちの涙を特に誘った。
彼と同じく最後尾にまわったチハラ軍曹は生還し、チャーリーの夫ジャンも先日に無事に保護された
最後尾の三人の中でミズシマだけが今も行方不明。
そこで、最後に、チャーリーは聴衆たちに願った。
「皆さんの同胞、ヨシ・ミズシマが無事に祖国日本に生還できることを祈ってください」
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チャーリーとカネが会場の袖に下がっても、拍手と二人の名前を呼ぶ声が響き続けた。゛
大盛況。
二人は東京の聴衆たちの心を一気につかんだ。
劇場の支配人が喜色満面でチャーリーに駆け寄ってきた。
次回公演の依頼。
「そこにいるウエバヤシと話して。彼がマネージャーだから」
と、チャーリー。
丸投げされた日本の外務省職員ウエバヤシは泡を食った。
チャーリーたちが聴衆をここまで熱狂させることができると思ってもいなかったのだろう。




