第五十四話 在校生(二)
九月八日。
通訳養成学校から二人目の生徒がチャーリー・サイモン邸に九時にやってきた。
地元の料理屋の息子であるという。
ゲンゾウ・ナカエ。
地図をモトキに届けられた彼は遅刻しなかった。
代わりに料理の素材を家人に運ばせてチャーリー・サイモン邸に持ち込んできた。
通訳と言うよりも英語が話せる料理人がやってきたように思える。
素朴な顔立ちの少年のナカエ。
彼が来たおかげで その日のランチはコース料理となった。
玉蜀黍と玉葱と卵と鶏肉のスープ。
包丁細工を入れた野菜のサラダ。
甘みのある透明な醤油を使った生魚の料理。
荒粒の塩を使った肉汁たっぷりの牛肉ステーキ。
ナカエは愛想よく笑った。
「奥さんの舌に合うように、工夫させていただきました」
彼の料理はチャーリーだけでなく日本人スタッフ(仮眠中だったカベヤマと休日で実家に戻ったカネをのぞく)から高い評価を受けた。
昨日にモトキに対して手厳しい評価をしたクサガもイワタもナカエのことを手放しで褒めた。
「将来には、長崎で日本人にも清国人にも西欧人にも満足させる料理屋をつくるつもりで英語を勉強しているというのは、面白い少年です」
「この調子で努力すれば、よい料理人になりますよ、ナカエは」
しかし、チャーリーからすれば少しだけ不満が残った。
「美味しかった。でも、パンが欲しい」
ナカエは辛そうに頬を歪めた。
「まだ私にはパンづくりの経験がありません」
チャーリーは言った。
「この家には石竈もあるし器具もそろっている。また、私と一緒にパンをつくってみましょうよ」
ナカエは笑顔になった。
「ありがとうございます」
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九月九日。
通訳養成学校から三人目の生徒がチャーリー・サイモン邸にやってきた。
ショウイチロウ・オギワラ。
何でもクサガと同郷のサムライの子供だそうだった。
オギワラはクサガのことを郷里が生んだ英雄として憧れて子犬のように慕った。
この日のクサガは弱り切った顔を見せた。
愚痴る。
「こういう人選は困りますよ。私みたいなつまらない者を尊敬する意味はない」
チャーリーはからかった
「彼からすれば、貴方は同世代のビッグネームだもの」
「買いかぶりすぎです」
オギハラは横から口を挟んだ。
「私と一歳しか年齢は変わらないのに、クサガは日本の外務省から直接に任務を与えられました。そして、ツヨシ・イノウエ参事院議官に認められ、日本陸軍を動かし、清国のヒットマン集団の計画を見事に防ぎました。私は彼のことを尊敬します」
クサガは嫌そうな顔をした。
「尊敬するのであれば、ツヨシ・イノウエにするべきだ。あの方のことを私は心より尊敬している。あの方は本当に今の日本に必要な偉人だ」
「もちろん、彼のことは尊敬しています。それとは別に、貴方のことも尊敬しているのです」
と、オギワラ。
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九月十日。
通訳養成学校から四人目の生徒がチャーリー・サイモン邸にやってきた。
リンペイ・ハシ。
地元の小学校を卒業して通訳養成学校に入学した。
彼の父親は小さな貿易商でセンイチロウ・アマリと取引があった。
この日には、地元の新聞である西海新聞からの取材が行われた。
八月三十日に日本と朝鮮の間で済物浦条約が締結されたからである。
済物浦条約は、清国の馬健忠の協力もあって、日本の全ての要求が通されるという日本側の完勝であった。
ただし、十月になると、清国側は朝鮮への支配を強化するため中朝商民水陸貿易章程を朝鮮国王に法令として下賜した。
九月十日の時点では、日本人たちは済物浦条約における日本外交の完全勝利を素直に祝った。
そして、壬午軍乱の混乱の中でハナブサ公使に救出されたアメリカ人の女性のチャーリーにもスポットがあてられることになった。
西海新聞の記者からの情報をカネが通訳する。
「条約締結時には、貴女の夫であるジャンもハナブサ公使のそばにいたそうですよ」
アメリカ市民であるジャンに、「列強の共同保障による朝鮮半島の中立地帯化」の構想にアメリカを巻き込むための小道具としての価値を日本外務省は見出したのだろう。
とすれば、釜山付近で発見されたジャンのことを仁川まで送らせて日本の軍隊の保護下に置いたことは、単純にハナブサ公使のジャンに対する個人的好意だけで説明するべきではない(もちろん、ハナブサ公使自体が素晴らしい人物で個人的にサイモン夫妻に親切な友人であることは否定しない)。
「なるほど」
チャーリーは呟いた。
この世界は呼吸している。容赦なく動いて歴史を紡いでいる。歴史の流れの中にサイモン夫妻といった小さな存在も巻き込まれる。
彼女が感慨にふけっていると、カネは明るく笑った。
「貴女の夫は条約締結後のパーティーで中華料理を食べすぎて一日ねこんだそうですが、無事に回復したそうです」
話のスケールが小さくなった。
いつものジャンらしい行動のニュース。
歴史の物語がどのように大きなものであっても、個人の存在が消えるものではない。チャーリー・サイモンは希望を見出した。
「無料で食べられると思って腹に詰め込んだのよ」
「え?」
「今のは訳さないで。もちろん、料理が美味しかったのでしょう。一流の料理人が集められたはず」
この日の西海新聞の取材はセンイチロウ・アマリの肝いりであり、通訳として表舞台に立つのはセンイチロウの娘のカネ。
しかし、チャーリーは判断した。
ハシは学校を休んで通訳に来てくれている。この機会にハシに何も通訳の実務経験を積ませないというのは義理が立たない。
そこで、急遽に、九月三日の八幡町演劇場におけるパフォーマンスについて、チャーリーとカネの対談し、それをハシに通訳させることにした。
西海新聞は、この対談も【付録号外】として報道した。
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九月十一日。
通訳養成学校から五人目の生徒がチャーリー・サイモン邸にやってこなかった。
ただの遅刻かと思いきや、お昼の時間になっても誰も来ない。
さすがにこれは異常である、とチャーリーも彼女の日本人スタッフたちは感じた。
来る途中に何か事故にあったのではないか、と。




