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第四十六話 八幡町演劇場(二)

 九月三日。

 チャーリーの八幡町演劇場における演説会のスピーチは異例の形式で行われた。

 衣装について、チャーリーはいつもの演説会用の女壮士姿であった。

 に対して通訳のカネは、髪も洋風の束髪に編み上げた上で長崎のミヤマキリシマという花を想わせる紫紅色の豪華なロングドレスを着ていた。

 チャーリーが演壇に立てば、カネはその横に敷かれた畳に置かれた「釈台」と呼ばれる机の前に「張り扇」と呼ばれる大きな扇をもって座った。日本古来の「講釈師」と呼ばれるスタイルだという。


 カネはもう一人の主役として堂々と振る舞った。

 同時通訳ではなく、適当なところで手を挙げてチャーリーの演説を止めて、時には独自の解釈を語ることも交えつつ、通訳していく。

 

 清国側の策を見破るクサガの気づき。

 ウチダの的確な指示。

 密偵の銃弾の前に立ったカトーとオオシマの献身。

 チャーリーの反撃の一撃。

 英語で状況を説明したイワタ。

 混乱の中でも持ち場を守ったカベヤマ。

 頼もしく飛び出した陸軍兵士たち。

 冒険活劇。

 

 チャーリーは日本語はわからないが、カネの話術が聴衆を乗せているのは感じた。

 地元で人気の美人令嬢。

 陽気な話し上手。

 派手な身振り手振り。たまに変な顔やユーモラスな仕草も交える。

 大きな扇でバンバンバンと机をリズミカルに叩いて言葉に勢いをつけていく。

 場内は聴衆たちの明るい笑いに包まれた。劇場が揺れているのではないのかと思うぐらい異様な盛り上がりを見せた。


 おそらくカネはチャーリーの言うことを逐語的に忠実には訳していないのだろう。それぐらいのことはチャーリーにもわかる。

 しかし、許す。

 会場全体が一体になっていく不思議な感覚。聴衆の熱狂はチャーリーがこれまでの演説会で体験したことのない暴風域に突入していった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この日のチャーリーとカネのパフォーマンスは大盛況だった。 。

 楽屋に下がると、すでに出番の終わった他のスピーカーたちが握手を求めてくる。

 観客席から二人の名前を呼ぶコールが止まらなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最後のスピーカーのヒラオカによる国際状況に関するスピーチが終わっても、聴衆たちは誰も帰らなかった、

 チャーリーたちの余興が残っていた。

 先月の二十七日に清国のヒットマンと激闘をくりひろげた、クサガ、オオシマ、カベヤマ、イワタ。

 これまでの演説会で人気を高めた少女通訳、ツルメ。

 彼らはおそろいの清服の衣装。

 サイモンとカネは衣装変えなしで先ほどと同じ衣装で登場。

 聴衆たちは拍手喝采して歓声を飛ばしてチャーリーたちのことを迎えた。


 うた:カネ

 踊り:ツルメ

 月琴:チャーリー

 清笛:イワタ

 太鼓:オオシマ、カベヤマ

 鈴:クサガ


 地元の人間ならば誰でも知っているネタ芸。

 その出来に関しては、短い練習時間で、素人にしてはそこそこ上手にやったかなとチャーリーが思う程度だったが、また会場は怖いぐらいに盛り上がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 余興の終了直後に客席から一人の男が乱入してきた。

 いきなりすぎる。

 話を前もって聞いていたけれども、チャーリーはあわてた。打ち合わせ不足。

「外務省警察のフジタさんです!

 これまでのカベヤマ、オオシマ、イワタの活躍が国から評価されて、来年の一月から三人は朝鮮に渡り、釜山の外務省警察に所属します。本日、フジタはその辞令を彼らに直接に手渡すために八幡町演劇場にやってきました」

 後は日本人通訳のフォローにまかせよう。頼む、とカネに目で合図を送った。


 劇場に集まった聴衆たちはみんなでオオシマ、カベヤマ、イワタの幸運を祝った。

 そんな大騒ぎの中で、フジタは三人の手にそれぞれの辞令を手渡した。 

 オオシマやカベヤマなど感激のあまり泣いた。

 イワタも涙ぐんでいる。

 

 チャーリーは思う。

 ありがちなサプライズの演出だったけれども、三人があそこまで喜ぶのならば、やって正解。

 でも、ナツは・・・


 コツン、コツンというステッキの音がチャーリーの耳に響いた。

 振り向くと、舞台の袖から清服姿のナツがお盆をもってゆっくり歩いてくる。

 お盆の上には、長崎のビードロと呼ばれる吹きガラスでつくったグラスが三個と日本酒を入れる徳利と呼ばれる陶器のビンが乗っていた。

 ナツの背後にはマスター・ウチダがいた。身振り手振りでチャーリーに何をしてほしいのか伝えてくる。

 オオシマたちを指さして、酒を飲む動作を見せる。

 祝いの酒として三人に飲ませろ、と。

 ナツを指さして、口元で右手を開閉してみせる。

 ナツのことをみんなに紹介してやれ、と。

 マスター・ウチダも、ナツに最後まで何の光があたらないままこの演説会を終わらせるのが嫌なんだ。

 今の展開ならば、お祝いの酒を運ぶ役としてならば、ナツのことを舞台に出しても自然だ。上等。あとは私が何とかする。


 チャーリーは紹介する。

「舞台の袖から歩いてくる可愛い子どもは、ナツ・カラサワ。私、チャーリー・サイモンが長崎に来てから、ずっと彼女に私の家でメイドとして働いてもらっています。まだ子どもなのに家事はとても得意です。普通の大人よりもすごいです。この長崎うまれの子どもです。彼女は三人の新しい門出をお祝いする酒を運んでいます」

 聴衆たちは拍手で迎えた。

 チャーリーはナツを手で招いて、盆の上の三つのグラスに酒を注いだ。

 それぞれグラスを手にした三人の表情は固かった。

 チャーリーは言った。

「いいことがあった時には笑う」

 声を立ててナツは明るく無邪気に笑った。そして、チャーリーの言葉を日本語にして三人に伝えた。


 最初に笑ったのはイワタだった。

 小さな子どものナツに説教されているように見える状況がおかしかったらしい。

 ナツは笑っている。

 やがて、オオシマもカベヤマ大きな声をあげて豪快に笑いだした。

 三人は互いのグラスを軽くぶつけ合った後に、一気に酒を飲み干した。



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