第三十七話 二度目の銃声(チャーリー視点)
八月二十七日。
あの七月二十三日から七月二十七日にかけての朝鮮脱出行から 約一か月ぶりに、チャーリーは銃弾の飛び交う戦いに身を投じた。
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銃声。
いきなり自分の背後に飛び込んできたカトーが左肩を押さえてうずくまる。
銃音がした方向に視線を向ければ、川の南側の岸から、東洋人の ヒットマン(刺客)が両手で銃を構えていた。
ヒットマンがカトーを撃った。
いや、ヒットマンは私を狙ったのだけれども、カトーが私をかばってくれた。
身の毛もよだつ死の危険に直面して、チャーリーの脳の働きが加速した。全てがゆっくりに見えた。
要人警護の基本どおり、オオシマが左側から要警護者のチャーリーを押し倒す動きに入る。
オオシマはヒットマンの追撃弾からチャーリーの身を守りたい。オオシマは鎖帷子を着ている。
ヒットマンは追撃弾を撃つことをためらった。オオシマが邪魔だ。撃ってもチャーリーにあてることは難しい。
チャーリーは清国の女たちに囲まれたときから右手に握っていた。護衛のイワタから借りたS&W(No.2)。祖国アメリカの拳銃。
非武装無抵抗のやられっ放しで終われない。
左背後から押し倒してくるオオシマの動きよりも先に、橋の床面に倒れ込みながら、彼女はヒットマンを狙って引き金をしぼった。
そして、二度目の銃声が響いた。
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床に倒れてオオシマの巨体に乗っかかられたチャーリーには、すぐに結果がわからなかった。
「You got it ! 」
イワタの歓声が響いた。
倒れながらの曲射ちであったが、弾丸はヒットマンに命中した。西部開拓時代のヤンキー娘は仕事をやってのけた。
「殺せた?」
「貴女の弾丸があたったのは奴の右腕だよ。奴は走って中華街に逃げ込んだ」
望んでいない種類の岩田の報告。
「馬鹿!」
チャーリーは喚いた。
「なぜ、後ろから、背中を撃たなかったの? 貴方にも拳銃はあったはず」
「S&W(No.2)は奥さんに貸している」
「予備の銃は?」゜
「俺は清国のご婦人方を相手で忙しく、拳銃を出す余裕がなかった」
と、イワタ。
突然の銃撃戦に驚いて、清国人の女たちは逃げていった。
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その時、拍手の音が響いた。
川の北側の道からだった。チャーリーは振り向いた。
鎖帷子を着こんでいるカベヤマはチャーリーのことをかばう大きな壁のように立っていた、
チャーリーは言った。
「あいつも敵よ。逃げた奴と同じ服を着ている」
イワタの説明。
「あれは日本のポストマンの制服だ、奥さん。
日本のポストマンは拳銃を携帯できる。だから、あいつら日本のポストマンのふりをして、誤射というかたちで奥さんのことを殺したかったのだろう」
チャーリーにはよくわからない話だった。
そんなことより、
「私の勘だけれども、あの向こう岸の男が今回の敵のリーダーでは? 計画もすべてあの男が立てた、そんな気がする」
おそらく、とイワタは言った。
「俺も同じことを考えた。もしも、カベヤマが今の騒ぎで持ち場をうっかり離れていたら、あの男も拳銃を握っていたな、多分。
たとえ最初の攻撃に失敗しても、相手が防げたと心が緩んだ瞬間に、二回目の攻撃のチャンスは生まれるから」
チャーリーは命じた。
「あいつを撃て」
冗談だろ、と元警察官だというイワタは肩をすくめた。
「今のところ、彼は俺たちに対して拍手を送る以外のことは何もしていないぞ。俺も彼が敵のリーダーだと思う。しかし、証拠はない。今ここで彼に発砲したら、俺が警察に引っ張られる」
「呪われてしまえ」
チャーリーは悔しさのあまり舌打ちをした。
多感な青春時代をチャーリーが過ごした魔都・上海であれば、殺して死体を処分してから、ゆっくり複雑なことを考えるのが普通だったのかもしれない。
けれども、ここは日本だ。日本政府のサポートを現在のチャーリーは受けている。だから、できるかぎり日本の法律を尊重する。
学生時代のチャーリーは決して真面目な優等生ではなかった。しかし、借りは必ず返した。自分で自分を許せるぎりぎりのラインだけは守り続けた。
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クサガとマスター・ウチダが小銃を抱えた日本陸軍の兵士たちを引き連れて向こうの家から飛び出してきた。
結果的に言えば、チャーリーは無傷で今回の危機を切り抜けた。
「ありがとう」
クサガが痛ましげな表情で言う。
「早くカトーを病院に連れていくべきです。銃弾が彼の鎖骨に食い込んでいるみたいです。手術して取り出さなければいけません」
「大至急でお願い。カトーは私をかばって銃に撃たれた」
チャーリーは謝った。
幸いにも箱型四輪馬車が二台あった。
陸軍兵士の一人が付き添ってくれることになった。カトーが担ぎ込まれることになる先は、軍人向けの病院(公兵員病院・長崎病院)に決まった。




