第三十話 そういうふうに死んでいきたい
八月二十四日。
夕食の片づけが終わった夜の八時頃。
この日のチャーリー・サイモン邸には、カネの他にも更なるスタッフの増員があった。
護衛のテッカ・イワタ。
細身ですらりとした男だった。護衛カベヤマの妹の夫だという。
何か護衛責任者であるウチダとカベヤマが長々と話し込んでいたが、最終的にはイワタが新しい護衛として採用するかどうか試験することが決定された。
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「いったい、マスター・ウチダたちは何を話していたの?」
チャーリーがたずねると、ツルメは困った表情で、
「私にはわかりません」
と言った。
「騒ぎの当事者である俺に説明させてくれ」
イワタが横から割り込んだ。
新しい護衛は、南部なまりの強い、あまり品の良くない英語を流暢に話した。
「平たく言えば、俺は警察官よ。
昨日に辞表を出したから、もはや元警察官かな?
これまで俺は、カベヤマを使って、日本の自由民権運動の大手である玄洋社の情報を得ていた。その団体には、マスター・ウチダも参加している。
俺のことを知れば、マスター・ウチダがカベヤマに怒るのは無理のないことだぜ」
話し続ける。
「俺は五年前の九州の戦争に政府軍として参加し、熊本に駐屯した。
あの戦争では熊本市街は滅茶苦茶になってしまっていて、そこで、行き場を失っていた娘と結婚することになった。
それが今の俺の奥さん、カベヤマの妹だ。
カベヤマを通じて玄洋社の情報が取れそうだという話がわかれば、俺に対してカベヤマを通じて情報を取れと上司から命令されることになってしまう。
それで、カベヤマは可愛い妹の夫になった俺のために情報を流してくれていた。そいつをずっと黙っていたことに、マスター・ウチダは怒っていたのさ」
チャーリーは言った。
「卑劣なスパイ行為ね」
「俺だって嫌だった。それでも、警察の仕事を失えば、俺も女房と子供を食わせていけない。だから、仕方なかったのよ」
イワタは真剣な表情で言った。
「今回に奥さんの警護を無事にやり遂げれば、俺もカベヤマも外務省警察に採用されて朝鮮の釜山に行くことができる。
俺も汚い仕事に飽きた。日本でのゴチャゴチャに絡み合った人間関係をぶった切って朝鮮に行きたい。だから、俺も奥さんの護衛に一口かませてもらいたい」
「朝鮮は甘くない。外国人であれば、いつ暴徒に殺されるかわからない。それに、政治状況が複雑で、正規の朝鮮兵が突然に襲い掛かってくることもある。
朝鮮に行けば全てうまく行くというアイデアはふざけている。甘く見ていると、死ぬよ」
「サイモン夫人、そいつは俺にとって絶好の死に場所になる」
「死に場所?」
「俺は日本で汚い仕事に手を染めてきてた。もう沢山だ。朝鮮でドンパチがあるというのなら、せめて美しい死を求めたい。俺の子どもたちが父親の死を誇ることができるように」
「美しい死って何よ?
仁川で死んでいった日本人たちは、なりふり構わず、戦った。彼らはみんな、大切な想いを私たちに残して死んでいった。
私は彼らの想いを忘れない。残された者たちが彼らの想いを忘れない限り、彼らは残された者たちの心の中で生きる」
一例として、ショウハチロウ・トオヤ。
朝鮮軍の裏切りの夜襲に真っ先に気がついたトオヤは、ベッドからほとんど裸に近い恰好で飛び出し、入り口の門の前で奮戦して、みんなが反撃の準備を整えるための時間を稼いでくれた。
そんな【日本人の戦友たち】の犠牲を踏み台にして、チャーリーは生き残ることができた。
「違うよ、奥さん」
イワタは泣きそうな表情で言った。
「俺が望んでいる美しい死というのは、そういう死に方だ。俺だって、そういうふうに死んでいきたいと思っている」
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夜の九時を過ぎて、イワタの護衛としての技量がチェックされることになった。
彼は拳銃が得意だという。
西洋人の武器商人が多い日本の横浜の地にイワタはサムライの子として生まれた。
南北戦争の敗戦後に極東の地に逃れてきたアメリカの南部出身の武器商人に気に入られて、英語とピストル射撃を学んだ。
五年前の九州における日本の内戦の混乱期に、警察に採用された。さらに、拳銃射撃の技量を買われ、特殊部隊の兵士として、その内戦の最前線にも投入された。
ピストル射撃のイワタの技術の確認は、近くの墓場で行われた。
長崎の地においては、火事による家屋の延焼を防ぐため、花火を墓場で行う風習があった。
だから、夏の夜に墓場から銃声が響いても、他に目撃者がいないかぎり、さして問題にならない。
花火遊びに来た数人の若者たちを、日本の政府の御用であると言う権威をもって追い払った後に、イワタの射撃の腕がチェックされた。
五メートル離れた先から、イワタは墓石の上に置かれた炎のついた蝋燭三本を三回射撃してみせた。
蝋燭の二本が弾け飛んだ。
「大したものだな」
イワタの技量が並のものではないということにマスター・ウチダも認めた。チャーリー・サイモン邸の新しい護衛としてイワは正式に選ばれた。
イワタが使った拳銃は、三十二口径のS&W(No.2)であった。九州における日本の内戦以来にイワタは愛用しているという。アメリカ製の拳銃。
アメリカ人のチャーリーもその銃を使用したことがあった、じゃじゃ馬チャーリーの血が騒いだ。
「私にも撃たせて」
五メートル離れた先から、墓石の上に置かれた炎のついた蝋燭を三本を六回射撃した。
結果。
連続して五発外した後に、最後の一発で、幸運にも、蝋燭を一本だけ弾き飛ばすことに成功した。
イワタは目を丸くした。
「おめでとう」
見学していた他の日本人スタッフたちは騒いだ。
射撃なんてものは標的に当たらないよりも当たる方が絶対によい。
悪くない気分。
得意顔でチャーリーは強がった。
「この銃のクセを掴むのに、私も時間をかけすぎてしまったみたい」
イワタには予備の拳銃があるというので、チャーリーは、しばらく彼のS&W(No.2)をしばらく借りることにした。
陸軍小火器史(11) 西南戦争(2)─幕末・明治初めの拳銃─
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