第二十七話 魔人との邂逅(一)
八月二十二日。
久佐賀は夜の十二時から四時までの門番の仕事は終わらせた後に仮眠室で眠った。
十二時ごろに再び門番の時間につく。
門番の交代の時間。
内田は、
「すまんな」
と言って頭を下げてきた。
九州に名を轟かす武の達人、内田良五郎である。
久佐賀は大いに驚いた。
「何かあったのですか?」
「昨日、鹿児島新聞社の臨時長崎支部に集まっている連中から大島が新しい護衛を選ばせようとしたのだが、無理だった。
大島では若すぎて話にならないと連中は言いよったそうだ、久佐賀くんには、まだ護衛の仕事を続けてもらわなければいけない」
そういう謝罪か、と久佐賀は合点する。
「いえいえ、とんでもありません」
内田は言う。
「通詞ならば二日に一日の休みのはずだというのに、護衛ならば四日に一度の休みしか取れない」
久佐賀は笑った。
「それはそうですが、護衛の仕事にまわって気がつきました。今まで、俺は楽をしすぎていました。
加藤は休みの日にも色々と走りまわっておりましたが、俺は、休みの日には、本当にのんぴりしていました。汗顔の至りです」
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昼の四時。
まだ日は高い。
チャーリー・サイモン邸の門番の仕事が終わり、久佐賀は旅籠に戻ることにする。
お気楽なものだ。
護衛としての久佐賀の四日周期の時間割は一日目と二日目の夜の零時から四時までの門番が終わるまではかなり厳しい。
しかし、それさえ過ぎてしまえば、後は余裕をもって四日目の休日まで仕事をこなすことができる。
久佐賀が旅館に戻ってくると、旅籠の主人が血相を変えて喚き散らした。
「ようやくお帰りですか、久佐賀さん。遅いですよ」
「遅い?」
「大変な方が貴方にお会いにいらっしゃっています。お待たせすると失礼です。お急ぎください」
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せかされて旅籠の奥の間に久佐賀は入った。
そこに待ち受けていたのは、眼光の鋭い長身の男であった。
一分の隙も無い洋装をした紳士。
「参事院議官、井上毅だ。久佐賀くん、君とは同郷である」
井上毅。
天保十四年(一八四三年)生まれ。
熊本城下に生まれた元熊本藩士。
藩閥として弱い肥後藩の出身にかかわらず、異例の抜擢をうけて政府高官の地位を与えられた男である。
特定の背景をもたない。
同志とも呼べる相手は誰もいない。
赫奕たる異端。
だからこそ、絶対の機密保持を要する昏い手段にも手を染めることもできた。
卓越した頭脳を有する個人が、情報操作だけで、国家の政治を動かす。
後世において明らかにされている井上毅の情報操作は、時として、大胆不敵な虚偽捏造が含まれ、悪逆無道であった。
しかし、この男の孤独な戦いなくしては、おそらく、日本という国家は滅んでいた。
自らを独々斎とも号する魔人が目の前に座っていた。
人間としての格が違った。それを感じ取ることができるぐらいの繊細さは久佐賀にもあった。
平伏する。
「私が久佐賀であります。井上さまのような政府の大官が、私のような一介の書生に何のご用向きでありましょうか?」
井上は答えた。
「まず、私がどうして長崎にいるのかということから話を話をしよう。
今回の朝鮮半島における動乱につき、私の書いたものが日本の全体方針となっている。花房全権公使が朝鮮で苦戦しているようだから、私も全権公使としてこれから直接に朝鮮に向かう。
今、あちらでは清国の軍艦と日本の軍艦が睨み合っているから、清国側をあまり刺激しないように、私は長崎から釜山の民間航路を使うことになった。
長崎に来たついでに久佐賀くんの顔を見たくなった。小野先生ほどの方が目にかける者が同郷にいて、それが今に政府の御用についていると聞いて、な」
「小野先生・・・」
この時期の久佐賀は、大隈重信の雉子邸において、ローマ法の研究で知られる小野梓から個人的な知遇を得ていた。
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井上毅は、外交の場においては、相手にも無理のない要求をし、自分の定めた要求をほぼ完全に通してくるというスタイルであった。
外交官として、冒険心に欠き、偶然のチャンスを拾えないという批判もありえるだろう。
それでも、井上毅が「私ならばできる」と口にすれば、他人には難しく見えることも、実際に井上は何とかしてしまう。
壬午軍乱の後の対朝鮮交渉においても、井上は日本側の要求をほぼ完全に通している。
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井上毅は言う。
「サイモン夫人の世話で、何か、困ったことはないかね、久佐賀くん? 同郷のよしみで、大抵のことであれば、私が何とかしてやる」
久佐賀の頭に浮かんだのは、昼間に内田良五郎から言われたことであった。
いろいろ語る。
「官僚制度の非効率というものもありますが、民間の非効率というものもあります。
護衛の応募者は多いのですが、それぞれの所属する政治団体のメンツというものがございまして、なかなか決められません。
何かしらの権威というものがないと無用の対立が続きます。そして、その対立を抑え込む権威というものをつくるのには年月がかかります」
「私に新しい護衛を決めてくれというのかね?」
「いえ、井上さまのような方に、そんな些事をお願いいたしません。それに、護衛の責任者である内田先生の顔も潰すことにもなります」
「当然だな」
「はい」
「現場を知らん者の鶴の一声の命令で決めてしまうと、かえって現場が混乱して全体が止まることがある。それが官僚制度の非効率か?」
「ああ、確かに、それもあるでしょう。それよりも、もっと大きな問題があります」
「面白そうだな」
「下の者が自由な意思を失う結果、法が何かということが話し合われなくなってしまう。
話し合われることのないものは、世の社会から消えてしまいます。
皮肉な話ですが、決められたことを守れ守れという官僚制度は、人々から考える力を奪い、無規範状態を招くのでしょう。それが官僚制度の非効率ではないかと愚考いたします」
ここまで聞いて、井上毅は笑った。
「及第点だ」
「え?」
「まだ二十歳にもならぬ若僧なのに、なかなか小野先生の話を理解している」
「過分なお言葉を」
「小野先生はな、民の間で話し合う手がかりがなければ、権利というものは、社会的に存在しえないということをおっしゃっている。
その社会の歴史の事例があってこそ、社会の多くの人々が権利について話し合うことができる。そうしなければ、社会に権利は根づかない。
小野先生の見識の高さには敬服する。
見識の高いだけでない。
日本国民が憲法上の権利について話し合う手がかりとなる日本の歴史上の事例を調べあげて称揚していくという地道な作業を続けておられる。
小野先生の克己努力の姿には、先生よりも十も近く年上の私とて頭を下げざるをえない。
本当に素晴らしいことだ、心から尊敬できると言える相手と、同じ時代の同じ国に生まれることができたことは」
そして、井上毅は言った。
「久佐賀くん、君に一つ頼みたいことがある」
「何なりと」
久佐賀としてはそう答えざるを得ない。
井上は続けた。
「一つ、打ち明け話をさせてくれないか。これは秘中の秘だ。絶対に余人に話すな。君のことを一角の男と見込んで話す」
そこまで言われたら、久佐賀とて明治の男よ。
「わかりました」
と誓う。
大隈重信政府追放の真相を探るhttps://www.waseda.jp/culture/archives/assets/uploads/2018/02/WasedaDaigakushiKiyo_44_Obinata2.pdf
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