第二十六話 チャイナフィリア
八月二十二日。
警察の要請によって渋谷同盟という小さな団体主催の演説会に参加する予定が吹き飛んだ。本日のチャーリーは何の予定もない。
また、お茶会をやってみるか、とチャーリーは思いついた。
夏の暑い盛りの日中の時間帯にオオシマが四時間も立ち続けるのは気の毒である。
護衛の人数が足りない。
午前中、チャーリーは責任者であるマスター・ウチダに質問することにした。
「新しい護衛はどうなっていますか?」
通訳のツルメを通して 回答が返ってくる。
「鹿児島新聞社で、マスター・ウチダの弟であるヒラオカ氏が選考している最中だそうです」
「なぜ時間がかかるのですか?」
マスター・ウチダは随分と長く話をした。
ツルメがまとめる。
「仕事の条件が良くて、とても応募人数が多いとのことです」
「それならば簡単に選べるのでは?」
「多くの応募者に政治団体の背景があり、政治団体同士の後々のつきあいを考えると、落とされた側が納得するに足りる理由を用意しなければなりません。応募人数が多いほど、かえって選考に苦慮することうになるそうです」
「あらら」
チャーリーは心の底から驚いた。
ツルメは続ける。
「マスター・ウチダもこれは予想外の事態で大変に申し訳ないと謝っておいでです」
何やらマスター・ウチダが思いついた。
ツルメの通訳。
「いっそのこと、今日、オオシマに鹿児島新聞社に行って選んでもらうということにするそうです」
「オオシマに?」
「やる気がある応募者ならば毎日に日参しているだろうし、少人数の仕事なので、先輩のオオシマとカベヤマとの人間関係が大切です。明日、オオシマは休みで、今日の仕事は四時まで。
夕方にオオシマに鹿児島新聞社の社屋に行かせて選考させる。オオシマの休日は明日なので、選考後に十分に休むことができます」、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
午後になって、在東京アメリカ公館の職員であるタイガーマンが久方ぶりにやってきた。
驚いていた。
「先日に通訳をしていた小僧が今日は門番をやっているではないか? 何があったのかね?」
クサガのことだ。
日本側の人数が不足していることをチャーリーは言いたくない。
「本来の門番だったオオシマには、今日は新しい護衛を面接する仕事があります。日本側も私の護衛の人数を増やします。
演説会における私のスピーチの評判が長崎で高くなりすぎて、護衛の数を増やさなければならなくなったのです」
すると、タイガーマンは目を細くした。
「チャーリー、君は結局は東京に行くそうだね? 今月の四日に君が言ったことと話が違うのでは?」
「どこで、その話を?」
「一昨日に東京で」
おそらく、だ。
チャーリーが十八日にウエバヤシの提案に同意した時点でその旨の電信が東京に行っている。
日本の外務省は、チャーリーがアメリカ市民であることを考慮して、律儀にアメリカ大使館にも連絡を入れたのだ。
仕方ありません、とチャーリーは言った。
「残念ですが、私が長崎で活動を続けることは事務処理や会場の警備といったような面で現実的なものではなくなってしまいました。これ以上に無理を言って日本側に迷惑をかけることはできません」
「警備か」
「はい」
「私が君の立場ならば、アメリカ本国に行って高層ホテルの最上階で暮らすね。その方が警備しやすい」
「高層ホテルですか?」
「十年ぐらい前まで、日本には市街地区で三階建て以上の建物の建築規制があった。知っているかね?
彼らは紙と木で家を建てるから、市街地区で火災が起きれば、簡単に周囲に燃え広がる。そんな時に大きすぎる建物があれば消火が困難になる」
「それは確かに」
「警備の面では、長崎は、いや、今の日本には、ろくな民間の施設がない。
君は君が思っている以上に危険な火遊びをしているぞ。
せっかく拾った生命だ。大事にしたまえ。
朝鮮でジャンがどうにか生き延びてそょっこり姿を現した時に、君が先に日本で死んでいる可能性もなくはない」
この日のタイガーマンは、くどくどしく、警備の必要性を強調した。
チャーリーはいらいらした。
「ところで、今日の貴方の私に対するご用件は何でしょうか?」
長い前置きは終わった。
本題。
「君の父親、カイル・バークリーが上海からやってきて君に会いたいという話だ。今月の二十七日の十二時。場所はここから近い川沿いの中華レストランだ。指定された時間通りに来てくれ。
おいおい、
怖い顔をしないでくれ、チャーリー。君が君の父親とうまく行っていないことは知っている。
あいつは[[rb:狂った中国趣味者 >クレイジー・ チャイナフィリア]]だ。
そうは言ってもに、上海から船旅で娘に会いに来る父親に君がどう接するか、これからの君の活動にも影響するだろう。よく考えて行動しろ。これは私からの忠告だ。本当によく考えて行動しろ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前回にタイガーマンは、ツルメが英語を聞き取ったことを非常に不愉快がった。
しかし、今回、英語を解する介する日本人スタッフたちが同室することについて、タイガーマンは全く気にしていなかった。
不自然。
さらに言えば、タイガーマンの話にも不自然なところがあった。
━━君は君が思っている以上に危険な火遊びをしているぞ━━
━━せっかく拾った生命だ。大事にしたまえ━━
━━君が君の父親とうまく行っていないことは知っている━━
━━君の父親は狂った中国趣味者 ━━
━━よく考えて行動しろ。これは私からの忠告だ。本当によく考えて行動しろ━━
チャーリーは彼の忠告を心に留めておくことに。




