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第二十二話 午後の紅茶の時間

 八月十六日。

 ツルメのアドバイスどおり、カベヤマとナツにケーキの原材料を買いに走らせた。

 そして、カトーの提案を受け入れて、オオシマの疲れている様子を見計らって、一時から午後のお茶会を開くことにした。

 チャーリーも既婚者であり、アメリカ家庭の主婦である。

 材料さえそろえば、パウンドケーキぐらいはつくることができた。


 紅茶葉と胡桃と強いラム酒を入れたパウンドケーキは、久々につくったわりには中々のものではないか、とチャーリーは思った。

「こいつは、おいしい」

 年長のマスター・ウチダに特に好評であった。ツルメの通訳を通じて彼と会話した。

「いやいや、我々のことを気を遣ってくれて、ありがとうございます。このような美味しいものを手作りでいただけると思いませんでした」

「喜んでもらえて、うれしいわ。皆さんには、いつもお世話になっていますもの。また、気が向いた時にお茶会手をします」

 と、チャーリー。


 マスター・ウチダからも話があった。

 通訳のツルメが要約する。

「昨日にサイモン夫人にお見せした時間割では、本日、クサガは八時から四時間以下の時間に旅館で眠ってから起きだしてきて、十二時にこの屋敷に仮眠室に入ってまた四時まで寝ることになります。

 逆に、マスター・ウチダは、八時から十二時までの四時間を仮眠室で眠り、十二時以降に旅館に戻って寝直すことになります。

 二つの場所を何の意味もなく移動して、四時間ずつ分けて寝るというのはばかげています。

 そこで、馬鹿馬鹿しいので、クサガとマスター・ウチダが持ち場を交代して、夜の八時からクサガが仮眠室に入り、マスター・ウチダは旅館に入ることにしました。。

 そうすれば、クサガとマスター・ウチダはそれぞれ、仮眠室と旅籠で八時間の睡眠を連続で取ることができます」

 チャーリーにとって、あまり興味のない話題だった。

 しかし、興味がないというのはよくないのだろう。日本人スタッフたちの健康状態にも気を遣ってやるべきである。

 そこで、愛想よく、

「とてもいいアイデアだと思うわ」

 と言った。

 ━━二つの場所を何の意味もなく移動して、四時間ずつ寝るというのは馬鹿げています━━

 ここで、彼らに対して【それぐらいのことは自分たちで判断しなさい】と言うべきではない。

 小人数なのだから人間関係を大切にする。

 ツルメの通訳を通じての上とはいえ、今まで会話の機会がなかったマスター・ウチダと話すことができたのは、チャーリーにとってよかった。

 これからも日本人スタッフとの会話の機会を増やしていきたい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 午後のお茶会が開かれるということで、日本の外務省のウエバヤシが頼まれもせずともチャーリー・サイモン邸に居残っていた。

 チャーリーのお手製のパウンドケーキを彼も紅茶を飲みながら食べた。

 ウエバヤシは小声で言う。

「サイモン夫人、上海でスピーチをすることも考えていただけませんか?」

「え?」

 予想外の話にチャーリーは驚いた。

 ウエバヤシの話を聞く。

「サイモン夫人は上海の育ちだと聞いています。長崎から上海まで比較的に近い。船の定期航路もあります。そして、上海には大勢の西欧人が住んでいます。

 彼らを相手にして、サイモン夫人が今回の朝鮮の暴動における日本の立場を支持する講演をしていただければ、日本政府は感謝します」

 国際宣伝。

 やりたいことはわかる。

 チャーリーは質問した。

「私は上海への短い船旅に出かけるわけね? その間に日本人スタッフはどうするわけ?」

 ウエバヤシは答える。

「海外でも良い評判になりつつあるツルメは同行します。後は、解散ですね」

「解散?」

「やはり、貴女には東京に滞在していただきたい。

 貴女が国際的に活躍して名前を上げて、警護の最初から整った身分の高い者の屋敷に賓客として居住するというのが合理的だと思いますよ」

「合理的」

「評判になったツルメはそのまま女性通詞として使いたいですね。

 オオシマとカベヤマは、本人たちの希望どおり釜山の外務省警察官に採用します。

 マスター・ウチダは既に功成り名遂げた人物なので謝礼金をお支払いします。

 学生のクサガのことは、日本の外務省も随分に期待していて、彼のことを口説き落とすように私も言われています」

 続ける。

「日本の外務省も貴女の価値を高く評価するようになって、長崎の出島で貴女のことを十全に警護できるかどうか不安が強まっています。

 長崎の出島は、日本の警察力及ばない地域、出島の自治警察にどの程度まで貴女の警護を期待できるのか、私たちも計算しづらいのです」

 チャーリーは抗った。

「私は、今のスタッフを気に入っております」

 日本外務省の役人のコメント。

「ツルメはそのまま。ご希望でしたら、ナツのことも残してもかまいません。

 クサガとカトーは、本来に東京の学生です。貴女が東京に住んだ時には、自由にお呼びつけください。

 オシマとカベヤマは、釜山の外務省警察官にの職を強く希望しております。彼らにも彼らの人生があるとご理解ください。

 マスター・ウチダについては全国的な名士なので、私たちとしても強いことは言えません。それでも、サイモン夫人がお会いしたいときには、貴女のご意向を取り次ぐことはいたします」


 日本の外務省は彼女に東京に移動してほしいと再び言ってきている。

 七月末のウエバヤシとの交渉の場において、チャーリーは朝鮮半島に近い長崎の滞在を勝ち取った。

 ようやく今の生活に慣れ始めたところだ。

 できれば、現在のスタッフたちと一緒に長崎の出島に滞在したいと思う。

 しかし、チャーリーの集客力は、当初の予想よりも遥かに大きくなってしまっている。

 ハナブサ公使は再び朝鮮半島に全権公使として向かった。

 万が一にも戦争になれば、その国民的英雄が朝鮮半島の戦果から救出した米国人美女、チャーリー・サイモン夫人のニュース価値は爆発的に膨れ上がる

 昨日の段階でさえも、小さな会場に聴衆が入りきれず、トラブルが発生したのだ

大きな事故が起きてからでは遅い。

 日本政府の直接のバックアップが受けられる東京の方が会場の安全も確保しやすいことは間違いない。


 チャーリーは言った。

「私としては、今のこの環境をとても気に入っております。ですので、できる限り長く長崎に滞在したいと考えています。少し時間のご猶予をいただきたいです」

「もちろん、外務省もすぐ全ての準備ができるわけではありません。それまでは長崎にご滞在いだだいても結構です」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 午後のお茶会の続く最中に、チャーリーが憂鬱な気分になると、ツルメがマスター・ウチダを伴ってやってきた。

「マスター・ウチダからサイモン夫人にお願いがあるそうです。

「何?」

「私とクサガに明日の午前中に鹿児島新聞社まで二人で行って、私の写真を撮ってきてほしいそうです。例の演説会用の服装で。

 長崎の通訳養成学校に交代要員としての通訳を推薦させるための交渉の材料として、卒業生の私の存在を強調したいとのことです」

「なるほど」

 チャーリーは言った。

「確かに、そういう写真もあった方がいい。自分のところの卒業生が活躍していると言われたら、学校も嬉しいでしょう」

 横から、マスター・ウチダが日本語で色々と言う。

 ツルメの顔が赤くなる。

 日本語のは会話は、チャーリーにはわからなかった。

「彼は何を言っているの?」

「いえ」

「ちゃんと言いなさい」

「マスター・ウチダは、私とクサガの様子を横で見ていてイライラしているそうです。

 昨日からクサガが護衛の仕事に回ったのだから、私が外に少し遠出する用事があれば、クサガをのことを護衛として私につける理由になります」


「要するに、二人でデートしてこい、と」

 先ほどの大きな話と打って変わって日常の話だった。そういう話ならば、チャーリーも歓迎だ。マスター・ウチダもなかなかやるではないか。

「私、困ります」

 優等生少女は声を高く張り上げた。

 顔が真っ赤だ。

「その時間帯には、私はメイドとして奥さまのためにランチの準備などしなければいけません」

 チャーリーは笑った。

「私も家庭の主婦をしているのよ。食事の準備ぐらい一人で全てできる。今日のみんなの分のランチは、私がつくるわ」


 ツルメの顔はますます赤くなっていった。

「私はメイドとして雇われたのですから、私の私の仕事を大事にしたいのです」

 小娘が照れまくっている。

 やっぱり、とチャーリーは言った。

「貴女とクサガの様子を見ていてイライラしているのは私だけではなかったのね。

 明日、貴女とクサガが二人で外出。

 いいアイデアだわ。ちょっとした息抜きになるでしょう? 二人の間で何か新しい進展があれば、私に教えてちょうだい。期待しているわよ」

「え・・・ そんな・・・」

 ツルメの声が小さくなっていく。


 平和だ、とチャーリーは思った。

 本当に平和だ。

 どうして、こういう平和で幸福な時間を私たちは長く持つことができないのだろう?

 ねえ、ジャン、貴方はどう思う?


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