第二十一話 気遣いが足りなかった
八月十六日。
朝からチャーリー・サイモン邸に、日本の外務省のウエバヤシがやってきた。
彼からの申し出。
「日本人スタッフたちに、本来の月給とは別に、支度金として、月給の三ヶ月分を渡したい」
「お礼を申し上げます」
ずいぶん景気のよい話ではないか、とチャーリーは思った。
「貴女たちの活躍は外務省で話題になっていますよ。
長崎に貴女たちが到着してから短期間で大新聞社の取材を受け、複数の演説会の取材を受けた。それを全て自力でセッティングなさられた」
「本当に優秀なスタッフです、私が期待していた以上に」
チャーリーは言った。
そして、公平のために付け加える。
「多くはハナブサ公使たちのおかげでしょう。みんな、彼と彼の仲間たちの活躍の話が聞きたいのですから」
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花房義質公使とその一行は、日本の国民的ヒーローとなっていた。
漢城で暴徒から民間人も守りながら脱出。
仁川で騙し討ちしてきた朝鮮兵との激闘。
済物浦から月尾島へ舟による暗夜の航海。
フィクションのような冒険が並ぶ。
圧倒的多数の日本人に花房義質公使とその一行は尊敬された。
彼らに実際に助けられて朝鮮半島から生還したチャーリーは、その若さと美しさもあいまって、格好のニュース素材であった。
とはいえ、日本に地縁・血縁のないチャーリーに対してどのようにコンタクトが取ればよいのか、日本の雑誌・新聞社は困惑していた。
そんな状況でチャーリーにつけられた日本人スタッフたちが自分たちから動いて、チャーリーの存在を売り込んでまわったのは、日本の外務省にとって嬉しい誤算だった。
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思いもよらなかったウエバヤシからの現金手渡しの臨時収入に、日本人スタッフは大喜びした。
この場にいないクサガの分は、チャーリーが預かることになった。
ツルメが日本円の札を数えながら、複雑な表情で笑った。
「どうして、クサガは今日お休みなのでしょう?」
そして、ツルメはウエバヤシと言葉をかわし、続いて、オオシマとカベヤマと話す。
日本語だ。
チャーリーには、よく、わからなかった。
「どうしたの?」
ツルメの説明。
「この仕事が終わったら、外務省が釜山の外務省警察で、オオシマとカベヤマを採用するという話があるそうなのです。ウエバヤシさんに確認しました。事実だとのこと」
「悪くない話ね」
一八八五年まで日本には公務員試験がない。公職につながる縁故は貴重。カベヤマは狂喜していた。
奥さま、とツルメが提案した。
「これから、マスター・ウチダが屋敷にいる時には、できるだけマツとカベヤマで買い物に行かせてもらえませんか?」
「え?」
「昨日にクサガの夕食を持って行ったとき、クサガと話したのですが、カベヤマは、朝の八時から出勤してきて夜の十二時に退勤で、十六時間、この館に縛りつけられます」
「気がつかなかった」
チャーリーは日本人の護衛たちの時間割に興味を持っていなかった。
ツルメは続けた。
「少しだけでも、カベヤマに日中に外の空気を吸う機会を与えてあげてください。昼の護衛だけならば、マスター・ウチダだけで足ります。
オオシマとウチダの時間割によれば、午後の演説会があれば、外に出ることができます。マスター・ウチダの時間割では、そもそも、朝の八時から十六時まで自由に外出できるのです」
「不公平じゃない?」
「マスター・ウチダは外出して、鹿児島新聞社など色々な相手と打ち合わせをしなければいけません」
「なるほど」
チャーリーは理解した。
「十六時間もずっと一か所に縛りつけられる。カベヤマも大変だったのね。私は気がつかなかった。教えてくれて、ありがとう」
カトーが口をはさんできた。
「私からも提案が一つあります、サイモン夫人」
「何?」
「今日だけでも良いのですが、午後の紅茶の時間を設けていただけませんかね?」
「午後の紅茶の時間?
昨日の演説会の警備でオオシマは非常に多くの体力を使いました。
そして、オオシマは夜の十二時から朝の四時までも門番をしています。
今、彼はウエバヤシがお金をもってきたから起きてしまっているけれども、本来に四時から昼の十二時までは、オオシマにとって眠る時間なのです。
昨日の疲労大変なものだったのに、睡眠時間もろくに知らないで、今日、夏の暑い日に、十二時から四時までオオシマに立ちっぱなしの門番をさせるのは厳しいです。
時々、様子を見て、午後に適当なところで、彼を家屋の中に入れて、椅子に座らせて、ゆったり休ませてあげてください。午後の紅茶の時間ということで」
「わかった」
そうチャーリーが言うと、カトーは安心したように微笑んだ。
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ふむふむ。
色々と気遣いが足りなかった、とチャーリーも反省した。
二人の提案を総合する。
「私は今日は午後の紅茶の時間のためのケーキをつくる。みんなへの感謝を込めて私の手作り。材料は今からカベヤマとナツに買ってきてもらいましょう」




