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第二話 プロローグその二 日本の長崎にて

 七月二十九日。

 英国の測量船フライングフィッシュ号が長崎の港に辿り着いた、

 官職者たちは、予定の航路を変更してくれるというフライングフィッシュ号の好意に甘えて、翌朝に同船に乗ったまま東京へ向かうことを予定した。

 負傷者たちは長崎の病院に運ばれた。

 チャーリーを含めた無傷の民間人たちとは、日本側が用意した港の近くの旅館に放り込まれた。

 細かい事は気にならなかった。チャーリーは疲れていた。日本の初めての夜は、ただ眠ることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 七月三十日。

 昼頃、在東京アメリカ領事館職員がチャーリーに会いに来た。

 タイガーマンという男で、以前は上海の米国公館に勤めていた。

 一時期、彼はチャーリーの父親の部下だったことがある。旧知の仲だった。

「お久しぶりです、タイガーマン」

「チャーリー、元気かい? ご自慢のブロンドの髪をバッサリ切ったんだね? 最新の朝鮮の流行? ちょっと気分を変えたかった?」

「逃げ回るときに邪魔だっただけですよ」

「髪はまた伸ばせるさ。ジャンのことは残念だ。何とか生き残ってくれたらいいね」

 儀礼的な会話。

 この時のタイガーマンの関心は明らかに別のところにあった。

「ジャンは、逃げる時に、何か、大切な書類を家から持ち出さなかったかい? これだけは絶対に持っていきたい、と」

 そう言われて、チャーリーは思い出す。

「なぜ、書類のことをお聞きになられるのですか?」

「おそらく、そいつは、とても大切な書類たったんだ、あの半島に関係するすへての国にとって。最後に彼が家から持ち出した書類があったかなかったか?」

 ありやなしや。

 よく覚えていた。チャーリーは答えた。

「ありましたよ」

「その書類は、ジャンは最後まで持っていたのかね?」

「最後? ひょっとして、すでにジャンが死んだと思っているのですか?」

「間違いなく生きている」

 タイガーマンはぬけぬけと言った。

「それはそれとして、ジャンはその書類をどうしたのかね。逃げるのには重いし邪魔だっただろう。燃やしたのかね?」

 ええ、とチャーリーは認めた。

「仁川に向かう道で、ジャンが隠しました」

「どのあたりか覚えているかい、チャーリー?」

「正確には、わかりません。彼が一人で隠しましたので」

「だいたいの場所ならば、わかるか?」

「無理ですよ、命がけで逃げていました。私にとっては初めて歩いた場所です。ジャンの後ろについていっただけですよ。彼は道がわかっているようでしたけれども。とても道とは思えないような山の中の道まで歩きました」

「それでは、なかなか、難しいな、見つけることは」

 タイガーマンは落胆の声をあげた。

 残念だわ、とチャーリーが肩をすくめた。

「ジャンが帰ってくるまで待ちましょう」

「われわれの外交の仕事には時間が大切なんだ。それは君も知っているだろう?」

 すぐ気を取り直して、タイガーマンはたずねてきた。

「では、書類の内容について何かジャンの口から聞いたか?」

「非常に重要な内容なので、秘密の内容を知る者はできるだけ少なくしたい、とジャンは言っておりました」

「要するに、君は何も書類の内容を知らない。わかった、結構」


 どうして在東京アメリカ領事館職員が長崎に来ているのか?

 この時のチャーリーは疑問を感じなかった。長崎は日本で外国人居留地のある数少ない場所である。偶然に何かの用事が来ていてもおかしくない。

 

 ところで、とタイガーマンは話題を変える。

「ジャンは死体も見つからないかもしれない。帰ってくるからしても時間がかかるだろう」

「死体?」

「とがらないでくれ。気持ちはわかるよ。残念だ。君を不愉快にさせてしまったかもしれん。うっかり口が滑ってしまった。そんなことを言うつもりはなかった。君の心を傷つけたことは謝罪する。

 やらなければいけない仕事が多すぎて頭の中が混乱してしまった。たまに、世の中には説明のつかないことが起きるものさ。君の気分を悪くするつもりはなかった。

 どんなことでも誰にでも間違いというものはある。でも、その間違いが人間を成長させるのだよ。どうか、私の心からの真摯な謝罪を受け入れてほしい」

「もちろんです」

「私は個人的には、君の夫、ジャン・サイモンという青年のことは嫌いではない。彼個人に対しては好感をもっている。だから、彼のためにできるかぎりのことをしようと思う」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 続いて、日本の外務省の職員ウエバヤシがやってきた。

 ウエバヤシからの提案。

「私たち、日本政府といたしましては、今回の日本側の貴女に対する人道的援助について貴女に西欧世界に広く喧伝していただきたい」

 まず、自分たちの要求を最初からはっきり述べた。

「ええ」

 チャーリーは少しあっけにとられた。

 外交の場で最初から自分の組み立てのキーとなるカードを相手の目にさらすのは拙い。

 ウエバヤシは言った。

「できれば、貴女には西欧世界の記者たちがアクセスしやすい、我が国の首都、東京に滞在していただきたい、と日本政府は希望しています」

 いいえ、とチャーリーは断った。

「私は長崎への滞在を希望します。ジャンが朝鮮半島から日本に向かうのならば長崎が最も近い」


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