第十八話 意地悪な女海賊
清末中国と日本間の汽船定期航路 : 明治期日本最初の海外定期航路。
http://hdl.handle.net/10112/12577
合理服協会が日本のハカマを改良した【デヴァイデッド・スカート】を一八八三年頃に提案した。
ロンドンだけでも 12 店舗以上の店が合理服を扱うという程度には認められた。
19 世紀後期イギリスにおける合理服協会の衣服改革
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej/59/5/59_5_313/_article/-char/ja/
八月十四日。
鹿児島新聞社・臨時長崎支部の社屋において、海外雑誌からの取材をチャーリーが受ける予定が急遽に組まれた。
チャーリーは人力車と呼ばれる馬車に似た乗り物に乗せられた。馬の代わりに人間を動力に使う馬車のような日本独自の奇妙な乗り物。
人力車を引くのは、護衛のオオシマ。
「このビジネスが大きくなったら、車夫も呼びますよ。今回は車体だけ安く借りることができました。ツルメが住んでいた貧民区に病気で仕事ができない車夫がいましたので」
通訳のカトーと護衛のウチダは徒歩。
チャーリーは例の演説会向け衣装で車上。
「これは目立つわ」
「貴女の存在を長崎の人たちに宣伝するためです」
チャーリーは三人の日本人の男たちを連れて鹿児島新聞社・臨時長崎支部の社屋に向かった。
その道すがらに、少しは彼女も顔を知られるようになったのか、一人の見知らぬ日本人の男に声をかけられた。
カトーの通訳。
「貴女のご夫君であるサイモン氏が朝鮮から無事に帰還できることを彼も祈っている、とのことです」
「感謝する、と彼に伝えてちょうだい」
思いもよらない善意の言葉に感動してしまい、チャーリーは思わず泣きかけた。しっかりしなさい、チャーリー・サイモン。自分を叱咤した。
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鹿児島新聞社・臨時長崎支部の社屋は、平凡な日本風の二階建ての民家だった。
そこにはチャーリーにとって意外な人物が待ち受けていた。
「アン・・・? 」
一般男性並みに背の高い長身の女、アン・ハーバートン。
チャーリーよりも二歳年上の友人。
彼女の父親もチャーリーの父親と同じく在上海アメリカ公務員職員だった。
彼女は十五歳から二十一歳まで上海に滞在した後、アメリカ本国に戻って「ウーメンズ・ワーク」という雑誌の記者になっている。
「アン・ハーバートン?」
「ブロンドの髪を切ったのね、チャーリー・バートリー? 今じゃ、チャーリー・サイモン夫人か?」
「蒸し暑い日本の夏に合わせて。アン、どうして、貴女が日本に?」
「貴女が朝鮮で死なず無事に日本まで逃げることができたというニュースを上海の新聞で読んだからよ。チャーリー、友人として、記者として、貴女に会わざるを得ない」
「どうして、上海に貴女がいたの? アメリカ本国で雑誌の記者をしていると聞いていたわ」
「女性雑誌【ウーメンズ・ワーク】も国際情勢に関心を持つ」
「ありえない」
「もちろん、嘘よ。
去年あたりから合理服運動が日本の民族衣装のハカマに目をつけている。五年ほど前に東京で女子生徒たちのために女性用のハカマも生まれたそうね。
そういう話ならば、まさに、私たちの雑誌の愛読者たちの求めるところ。喜んでお金を出してくれるスポンサーも見つかる。
だから、私には、ちょうど、今回のタイミングで、日本の東京に行くという予定が最初からあったのよ、女性用のハカマの取材」
「女性用のハカマ」
「そう」
思わずチャーリーは笑ってしまった。
「何て偶然なの! アン・ハーバートン、貴女が行先を変えて正解だった。今、私が着ているのが、あなたの雑誌が求める女性用のハカマよ」
「まあ」
アンは目を丸くした。
「そんなことってある?」
「最近の日本の演説会の女性スピーカーの間で流行の衣装なのよ、これ。似合ってる?」
ふざけて、チャーリーはクルリとその場で一回転してみせた。
「素晴らしいわ。今の合理服よりも、ずっとデザインがいいわ」
アメリカ発の合理服。
パンタロンに短いドレスを重ね合わせた衣服であり、美的観点からは、いかにも珍妙であった。
ただ、当時の欧米の上流階級女性にとって一般的だった、長い裾を床に引きずるドレスと違って、ひき裾はホコリがたまることがない。
デザイン面はとにかく、衛生に優れ、自由に活動しやすいという合理性は確かにあった。
「いつ、長崎に来たのよ、アン?」
と、チャーリー。
「一昨日の夜よ。
昨日、朝から長崎の出島を歩いて、商工会議所で貴女がスピーカーとして参加する演説会が夕方にあるということはわかった。
、そちらに向かった。すると、貴女に会うのは明日にしてほしい、主催者に言われた。スピーカーの集中を切らないでくれ、と。
それで、今日の取材を組んでもらうことにしたわけ。今、私の後ろにいる日本人の男、【ウーメンズ・ワーク】特約の従者、ハルヒコに交渉してもらった」
アンは背後を指さした。
小柄な日本人の男がペコリと頭をさげる。
「私は海外雑誌の取材としか聞かされなかったわ」
「貴女のことを驚かせるために色々と黙っていてもらうように、私が言ったからよ、たぶん」
チャーリーは言った。
「一目見たときに、心臓が口から飛び出ると思ったわ。この意地悪な女海賊」
アン・ハーバートンは、イギリス系の海賊の子孫であった。
「貴女も口が悪いわよ、相変わらず、じゃじゃ馬チャーリー」
「上海にいた頃に戻ったような気分だわ」
「そうね、こんなタイミングで言ううのは、何だけど、結婚おめでとう。私、本国にいたから貴女の結婚式には出られなかったけれども、やっぱりジャンと結婚したんだね、貴女?」
「うん・・・」
「泣くな。
私の地獄の姉妹は、そんな臆病者じゃないよ。
ジャンは、おっちょこちょいで、いつも、私たちに心配をかけていたじゃない? これまでだって何とかなった。今度も何とかなる。心配しても無駄。ジャンは必ず生きて貴女のところに戻ってくる。昔から、そうでだったしょう?
朝鮮から彼が戻ってきたら、また三人で飲もうよ。親のウイスキー瓶を勝手にちょろまかしていたあの頃みたいにさ」
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取材後の記念撮影。
なぜか、鹿児島新聞社・臨時長崎支部の一階に、カメラマンであるアンドーのための写真現像・焼付用の暗室ができていた。
「今、シャーリー嬢とツルメ嬢の写真はメシの種ですからね。ネガが盗まれないように、こちらに間借りさせていただいくことにしました」
とのこと。
貧民町からの脱出。




