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第十七話 五岳鶴女の素敵な夢

 八月十三日。

 鹿児島新聞社が主催する演説会に、チャーリーは出演してスピーカーをつとめた。

 前回と同様に、ツルメが通訳を引き受けてくれた。

 鹿児島新聞の新聞記事によると、

『聴衆たちは瞬く間に日米の娘たちの姿に魅了され、ただ、陶然として彼女たちのスピーチに耳を傾けた。そして、二人が壇を下りた時には拍手が万の雷が響くように沸き上がった』

 という。

 つまり、大成功だった。

 この日も、アンドーが会場で販売する、チャーリーとツルメの写真は大量に売れた。それはチャーリーの声の外部への発信につながるはずだ。

 ジャンが生きていたら、何かの拍子に彼女の声が届くこともあるだろう。

 そのために自分はここにいるよと叫び続けなければならない。

 まるでサーカスの見世物にされているようもに、チャーリーは感じた。それを受け入れる。なりふりを構うことなく彼女は前に進むことを選んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 演説会の後のパーティーに、チャーリーは参加した。

 日本語のわからないまま、握手やサインに笑顔で応じた。サインについて言えば、彼女が持っていた万年筆が当時の日本で珍しかったらしく、万年筆に関する質問も多少あった。

 同じ万年筆を夫のジャンも持っている。夫婦で一緒に買ったのだ。

 ほどほどに疲れたという時期に、チャーリーは、主催者と同じ席に案内された。

 地位の高いひとたちのそばにいれば、彼女に話しかけることができる人数が減る。そのあたりの事情は西洋でも東洋でも変わりはしない。

 主催の鹿児島新聞社の社長であるノムラは、鼻に目立つ大きな傷のある男であり、協賛の玄洋社の社長であるヒラオカは、護衛のウチダの実弟だった。

 あと、日本の外務省からウエバヤシが賓客として来ていた(演説会の品格の向上!)。


 ウエバヤシは、ツルメ、ノムラ、ヒラオカと日本語で話をしている。

 その内容がチャーリーにわからなかった。本来の通訳であるクサガに説明を求めることにした(ツルメは本来にメイドである!)。

「私をいったん護衛に回して、新しい通訳を見つけようという提案があるのです」

「あなたが護衛に?」

「一時的に」

「マスター・ウチダは、新しい護衛を探しています。誰か適当な者が決まれば、私は通訳に戻ります」

「わかったわ。新しい護衛を見つけられたら、護衛が一人増える。あと、新しい通訳を見つけられたら、通訳も一人増える」

「ご理解が早いですね」

「新しい通訳って、通訳が多すぎるのでは?」

「カトーは外部との交渉の仕事で忙しいですし、ツルメは本来に通訳でありません」

「ふだん、私、ツルメばかりに通訳を頼っている気がする。貴方に通訳をしてもらうことが少ないかも」    

「だからこそ、私を護衛に回しても支障はないという話も出てきたのですよ。

 ただ、今日の私は通訳の仕事をしっかりしていますよ。

 民間の演説会には、押しの強い野蛮な男性客も多いです。そういう連中を相手にする場合には、私みたいな男性の通訳の方が良いでしょう」


 ところで、とチャーリーはたずねた。

「なぜ、ツルメが彼らと話しているの?」

「ご存じないですか? 彼女は、ここの地元の官立通訳養成学校の卒業生です」

「思い出した」

「落としどころとしては、官立通訳養成学校校長の推薦で、能力があり、身元のしっかりした者を選ぶ」

「彼らは何かもめているみたいだけど、何をツルメは一生懸命に話しているの?」

 それは、と久佐賀は言う。

「貴女のための新しいもう一人の通訳を男性にするか女性にするか、です。ツルメは女性の通訳がよいと主張しています。異国の地における貴女の話し相手として」

 即座にチャーリーは選択する。

「女性」

 クサガは言う。

「しかし、女性では秘密を守りにくいのではないか、とノムラとヒラオカは反対しています」

「秘密って?」

「チャーリー・サイモン。それは貴女に日本政府の直接の支援があること」

「馬鹿げている。秘密でも何でもないわ」

「日本の国際的イメージの向上の観点からすれば、ハナフサ公使らの英雄的朝鮮脱出行について、日本政府は貴女に効率的に宣伝してほしい。

 たとえ、貴女の背景に日本政府の支援があることは、多くの人が知っていても、それを前面に押し出さない方が好印象です。

 自分から触れて回る間抜けはお断りしたいのです。そして、そういう間抜けは女性の方が多いと日本では一般に考えられています」

 クサガの説明は明快だった。

 確かに、彼は日本の武術の使い手というだけでなく相当に知的であった。彼の話し方や態度は、実年齢よりもずっと大人びて見える。 

 

 クサガは続けた。

「彼女は夢をもっています」

「夢?」

「ツルメはイレギュラーな形で貴女の通訳をつとめるようになりました。

 それでも、彼女の今回の通訳としての働きは、外務省の上層部も高く評価しています。

 実は、三年前の日本政府の方針転換によって、現在に彼女の母校である官立通訳養成学校においては、新しい女子生徒の入学は禁止されました。

 女性は通訳に向いていないという日本政府の公的見解によって、官立通訳養成学校の女性の卒業生・女子在学生は、本来に希望していた将来の進路を閉ざされてしまったのです。

 ツルメもその内の一人。

 今回のことを足掛かりにして、女性通訳だの有用性を日本政府に認識してもらおう。

 いったん閉ざされてしまった女性の職業門戸を日本政府に再び開放させたい。それが今のツルメの夢なのです」

「あの子ったら・・・」

 チャーリーは驚きのあまり絶句した。

 余人に想像しがたい激情がツルメの中にあるだろう。

 普段にシャイで控え目な少女が、十歳以上も年上の男たちを二人も相手にして、自分の意見を曲げることなく渡り合っていた。


 チャーリーは問うた。

「貴方は彼女のその素敵な夢を応援するつもりはある、クサガ?」

「あります」

 ためらわずクサガは答えた。

「じゃあ、どうして、貴方は、今、彼らの話し合いに加わって、ツルメの味方をしてあげないの?」

「私は貴女の通訳ですよ、チャーリー・サイモン。今は仕事中です。貴女の許しなく、私は自分の持ち場を離れるわけにはいきません」

 生真面目すぎる。

 チャーリーは溜め息をついた。

「わかった。私も彼らの話し合いに加わりたい。私のための通訳を選ぶのですもの。私にも口を挟む権利はある。その通訳をお願いできるかしら?」

「喜んで」


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