第十六話 配置転換の提案
八月十二日。
和戦両様の備えをした上で、花房全権公使が翌日の十三日に朝鮮の現地に到着する予定。
朝鮮半島に近い下関まで出張して対清・対朝鮮の外交を指揮していた井上馨外務卿は、そろそろ帰京する潮時と判断していた。
そんな折に、外務省警察の藤田からの報告があった。
「サイモン夫人を使った国内外報道機関への工作は、当初の期待以上にうまく行っております」
日本公使一行が朝鮮半島の生命がけの脱出の時に列強国家の美女サイモン夫人を助けた。
それだけでも日本人の虚栄心をくすぐる話題であった。
彼女は、海外記者向けの記者会見や民間の演説会で、今回の壬午軍乱における日本側の道徳的優位を宣伝してくれている。
サイモン夫人も、彼女についた日本の女性通詞・五代鶴女も、すこぶるつきに器量が良い。
「ほう」
井上馨外務卿は評判の写真を両手に持って眺めて目を丸くした。
「女性通詞」
「久佐賀のアイデアです」
「なかなか、頭の柔らかいところもある」
「外務省警察で私の配下に欲しいです。同じ蒼海先生の門ですから私にとって気心が知れております。あと、今回のチャーリー・サイモン夫人の護衛に関わった者たち、論功行賞として、三、四人ほど」
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八月十二日。
昼間、藤田からの電信が久佐賀宛に届いた。
━━シュウリヨウシ゛コ゛エイヨニンマテ゛サイヨウカ゛イムキヨウカクヤクス フシ゛タ━━
声をあげて読む。
「終了時、護衛四人まで採用、外務卿、確約す」
護衛の増員についてどうするつもりなのか、同じ旅籠に逗留している内田に久佐賀はたずねてみることにした。
チャーリー・サイモン夫人の護衛の責任者である内田は、難色を示した。
「そんな簡単には用意できんのよ」
久佐賀からすれば、意外な答えが戻ってきた。
「え?」
「わしの道場は福岡にある。福岡から長崎は相当に遠い。弟子たちも簡単に来ることはできないだろう」
と、内田。
でも、と久佐賀は言った。
「七月二十八日の連絡で、内田先生は三十日の朝の顔合わせに参加しておられたではないですか? どうやって?」
そいつには種も仕掛けもある、と内田は説明する。
「最初から、わしは大島と壁山は、長崎に近い諫早に逗留していたのだ。だから、わしらにとって長崎に来るのは簡単だった。
諫早の男に乞われて七月十日から八月十日まで諫早に滞在する予定が最初からあった。
先月の末にわしとお前と初めて顔合わせした時に、七月二十日頃に、蒼海くんと会ったという話をしたはず。
アレは、たまたま諫早にわしが来たということで、蒼海くんからたずねてきたのだ。
蒼海くんの弟子、外務省の藤田は、蒼海くんからの手紙で、無料で滞在させてくれる弟子がいて羨ましいという手紙で、わしが七月十日から八月十日まで諫早にいることを知っていた。
それで、七月二十九日、藤田の指示をうけた外務省の上林くんが、諫早におるわしのところまで足を運んだのというわけだ。
長崎に三十日までに確実に来ることができて、サイモン夫人の護衛をまかせてよいと信頼できる在野の者で、藤田の知人というのが、まず、わじたった」
久佐賀は納得した。
「つまり、内田先生たちは、急いで福岡から長崎に来たというわけではなく、最初から長崎の近くにおられたのですな」
花房公使がフライングフイッシュ号から長崎に帰還すると七月二十六日に東京に打電してから、二十九日に長崎に到着するまでの間のこと。
長崎で下船させる負傷者や民間人からの聞き取り調査の必要性が高いため、海軍が連絡船を何本か東京から長崎に送っていた。
その連絡船の一つにに久佐賀と加藤は放り込まれたため、七月二十八日で東京から出立して二十九日に長崎に到着することができたのである。
極めて異例。
通常の交通手段をとっていれば、久佐賀も加藤も七月三十日の顔合わせの時間まで間に合ってはいなかった。
はあ・・・
大きく久佐賀は溜め息をついた。
「昨日のような騒ぎがありましたので、護衛を増やすことは急務であろうと思っておるのですが、困りました」
内田からの提案。
「今すぐ護衛を増やしたいというのならば、お前が通詞の役割を降りて護衛に入ればいいだろう」
「俺が?」
「蒼海くんの弟子であるお前の技量ならば、十分に護衛がつとまる。
すでに、他の護衛たち、大島とも仲良うなっているようだし、意思を通じ合わせるのに手間がいらない。
それに、アレだ。
鶴女は去年まで長崎の通詞の学校に入っておったのだろう? お前が通詞の役を降りても、代わりの通詞であれば、アレの伝手ですぐ近くで見つけられるはず」




