第十四話 じゃじゃ馬チャーリー
八月十日。
アンドーほどではないが、この日の演説会で、チャーリーも相当な収入を手にした。
正規のスピーカーとしての報酬に加え、会場の聴衆から相当の寄付をいただくことができた。
チャーリーの気持ちも大きくなった。
余裕があるときには配下に優しくしてやるべきであろう。
ツルメの衣装のこと。
今回の演説会の客層が、事前にアンドーの予想した以上に良く、女性聴衆は誰一人として、ツルメのように、つぎはぎだらけの服など着ていなかった。
チャーリーは、クサガに言った。
「ちょっと、彼女の服、貴方が見てあげて、何か買ってあげなさい。費用は、私が出すわ。帰り道には、みんなで服のお店に寄りましょう。私も日本の服を買いたいし」
「女性の服を選ぶのは、私は苦手です」
「大丈夫よ。ツルメは可愛いから、色々な服が似合うわ。それに、貴方も慣れた方がいい、女性の服を選ぶことに」
「なぜ?」
「日本が文明国として認められるためには、貴方も文明国の男性にならなければいけないでしょう?」
手間のかかる。
クサガのために言い訳をチャーリーは用意してやった。
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今後の予定について話し合いがはカトーとイヌカイにまかせ、残りの者たちはチャーリー・サイモン夫人邸への帰路についた。
この日は、長崎滞在においてチャーリーにとって最良の日の一つだ。
与えられた仕事に成功と、大勢の人々に称賛され、正統な報酬を手に入れた。まだ、それほど有名でなかったので、護衛付きはあるが、自由に一八八二年の長崎の街を歩き回ることができた。
お目当ての服のお店に立ち寄った。
「いや、お気遣いなく。そんなことまで私は貴女にしてただくわけにはいきません」
ためらうツルメを、チャーリーは説得にかかった。
「貴女が私のスピーチの通訳として仕事をする以上、貴女の服装も、私のスピーチに対する評価にも影響するのよ」
どもりながら、横からクサガが口を挟む。
「あの、その。貴女の評価に直結すると外務省に説明したら、かなりの確率で、経費で落ちると思われます」
「何を言っているの? クサガ、じゃあ、貴方が彼女の服をきちんと選んであげて、日本の外務省が納得するように」
チャーリーは命令した。
店内でクサガはツルメのために必死になって彼女に似合う服を選んでいる。
普段は落ち着いた物腰で大人びて見える彼も、まだ十代の少年だった。色々と不器用。初々しい若さを感じさせてくれる。
朝鮮で未だに生死も行方も分からないままの夫ジャンのことを、チャーリーは思った。結婚する前、上海にいた頃、私もジャンも不器用な青春時代を送った。
チャーリーは、ツルメとクサガの二人の姿に自分とジャンの姿を重ねあわせながら、呟く。
「FIGHT」
みんな、戦っている。
ジャンも何とか朝鮮で生きているはず。過酷な運命と彼は朝鮮で戦っている。自分も日本で戦っている。戦う先にしか将来は見えない。
日本の少年少女たちにとってアメリカ女の余計なお節介なのだろうか?
二人を取り巻く日本社会の常識が堅牢なものであっても、簡単にあきらめないでほしい。
護衛たちとアンドーの口元は緩んでいた。きっと彼らもクサガとツルメの置かれている困難な状況を知っているのだろう。
━━私たちの未来に幸多からんことを!━━
チャーリーは神に祈った。
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夕方になって、買い物を終わらせた一行はチャーリー・サイモン夫人邸に帰宅した。クサガは自分の常宿とする旅館に戻っていった。
ふと思いついて、チャーリーはツルメに命じた。
「今日、彼が買ってきた服を、私も見てみたい。貴女が着たら、どんな感じになる? ちょっと見せて」
「お構いなく。また、次の演説会の時に」
ツルメは恥ずかしがった。
彼女と一緒にいると、たまにチャーリーは感じることがある。彼女は自分の気持ちを表に出すことが下手だ。感情を強く抑え込んでいる。
「今すぐ」
我ながら横暴な女主人だとチャーリーは思った。
ツルメが自室で着替えてきた。
「こんな感じです」
チャーリーは眺めた。ツルメのためにクサガが選んだアイテムは、くすんだ濃紺の無地のキモノ、黒い太めの帯。
「全体的に地味じゃないかしら?」
いいえ、とツルメは小さく首を横に振った。
「この服を私が普段使いもできるようにクサガは考えてくれたのです。それに、貴女の通訳としては、あまり派手な服装は不適切です」
あらためて、チャーリーは彼女の新しい服を見直す。
「キモノの下の方に白い小さな円がパラパラと散らしてあるのがアクセントとして面白いかも」
それについては、とツルメは言う。
「彼も言っていました。デザインにまったく工夫がないと、演説会の女性の聴衆たちから馬鹿にされるかもしれないから、多少の遊びは必要だ、と」
「悪くない判断ね」
と、チャーリー。
別にとびぬけて良い判断とも思わなかった。
ただ、今回に大切なことは、クサガがツルメの服を選んだということだ。彼女が彼のために自分の服を選んだのではなく、彼が彼女のために彼女の服を選んだ。及第点をつけてやってもいい。
「今日は、本当に、ありがとうございます」
ツルメは深々と頭を下げた。
その仕草にチャーリーは驚く。いつも冷静で淡々としている彼女が、そんな態度を見せるとは。
「どういたしまして」
ツルメの表情を見て、チャーリーは何となく嬉しくなった。
化粧机の上のウイスキーの小ボトルに手を伸ばす。小麦を使用するアメリカ・ライ・ウイスキー。遠い祖国の酒。帰り道に買った。
「今日は私が日本で自由に使えるお金がたくさん手に入ったから、ご機嫌なの」
「グラスは?」
「コルク栓抜きとグラスを二つもってきて」
「二つ」
「貴女も飲むの」
「私は仕事中です。まだ夕食の準備や片づけなど、色々とすることがありますから」
「これも貴女にとっては仕事よ」
「わかりました」
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チャーリーはツルメにグラスを勧めた。酔わせてしまえ。
「飲んでみて」
「美味しいですね」
アルコールが入ると、ツルメの口も軽くなった。
「驚きました」
「何に?」
「私が通訳養成学校で教わっていた西洋の女性のイメージと違います」
西洋の女性って、とチャーリーは苦笑した。
「何でも簡単に一括りにしないで。それは、本当に本当の本当に愚か者のすることよ。
私の祖国、アメリカには色々な女性がいるのだもの。
イギリスの上流階級のレディ・ファーストの習慣も持ち込んで、社交界のお人形になることが女性の全てだと考えるひともいる。
また、プロテスタントの宗教的信念から、イギリス流の職業女性を目指す人もいる。
開拓地では、女性も男性と同じように働いてくれなければ困るという意見があって、そういう社会的圧力の下で、大して男性と変わらない暮らしもする人だっている。
それに対して、男性に適した仕事だけで人間としての価値をはかるのは、女性にあまりにも不利すぎるから、家庭における女性の仕事を評価して女性の地位を確立する動きも起きた。新しいホーム思想で良妻賢母を目指す人もいる」
続けて、
「貴女が私のことをどう勘違いしていたか、想像はつくわ。
私は開拓地の文化で育った。ご期待に添えす、申し訳ない。でも、仕方ないじゃない? 私の父親は在上海アメリカ公館の職員なのだから。
今の文明の時代に未開な極東の地に自分から飛び込もうとするような者たちは、荒くれの冒険者が多いの」
「そんなものですか」
ツルメが通ったという日本の通訳養成学校では教えられない知識だろう。
この控え目な日本の少女に対して、チャーリーには言うべきことがあった。
「私が貴女ぐらいの年には、じゃじゃ馬チャーリーって呼ばれていたわ。上海にいた頃には、一つ年下のジャンのことをいつも連れて引っ張りまわしていた。
私が彼と結婚する時だって、周囲の反対が多くて、本当に大変だった。ジャンの父親はフランス人、母親は朝鮮人。そしても彼の宗教は、カトリック。
私はメチャクチャ頑張った。
ジャンが朝鮮語通訳としてこれからのアメリカの朝鮮政策に役立つということを言い立てて何とか周囲に認めさせたの。その時のことがあって、今でも私は親と折り合いがよくない。
そして、アメリカの朝鮮政策に役立つところを見せてくれ、とジャンは今年の六月の新婚早々朝鮮に送り込まれた。私との結婚が原因でしょ? だから、私も彼について朝鮮へ。
そして、今回の朝鮮の戦乱な巻き込まれた。今、ジャンがどこにいるのか、生きているかどうかさえ、わからない」
言葉がうまく続かない。飲みすぎたのかもしれない。こらえきれず涙がこぼれる。
「ねえ、ツルメ。
お昼に、クサガが貴女のために服を選ぶのに大騒ぎしている時、私は自分とジャンのことを思い出した。
ジャンも初めて私のために服を買うとき、可愛らしく、あたふたしていた。私は貴女と違って、彼の横からさんざん文句をつけた。それも彼のパニックの原因の一つだったのかも。
私は彼のことをあきらめないわよ。彼はきっと生きて無事に私のもとに戻ってくるわ。子どものときから彼はそうなの。余計な心配ばかり私にさせて。だから、さ」
「だから?」
「貴女もあきらめるな。
もしも、上海でじゃじゃ馬チャーリーと呼ばれていた頃の私ならば、貴女の頬っぺたに平手打ちの一発でも遠慮なく入れている。
怖がらないで、お願い。
ごめん、私は本当はこんな女なのよ。
それでも、今、私は別に間違ったことは言っていないと思う。あきらめるのは、いつでもできる。あきらめるまで、本気でみっともなく無様にあがけ。
そうしなければ、自分のことまで嫌いになるよ。どうだ? ご清聴ありがとうございました」
「貴女のご意見はわかりました」
と、ツルメ。
チャーリーは畳みかけた。
「それで、貴女はどうするつもり? 私は頑張れと思いっきり無責任に言うよ。貴女は若く美しい。クサガは貴女に好意を持っている」
「知っています。でも」
ツルメはうつむいて小さく肩を震わせた。
声を殺してさめざめと泣いている。
やりきれない気分で、チャーリーは祖国のウイスキーのグラスを重ねた。もう一本ぐらい買っておいても良かった。




