第十三話 最初の演説会
小宮里女「韓国不可征論」『小学教文雑誌』 1882年8月15日
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1174384
日本が朝鮮半島で戦争を行うと英国・露国が朝鮮半島を握るという本章のチャーリー・サイモンの主張は奇異ではない
当時の小学生向けの雑誌に女性名の論文が投稿されている。。
八月九日。
朝から蒸し暑い日本の夏に、チャーリーはうんざりしていた。
通訳のカトー、新聞記者のイヌカイ、カメラマンのアンドーの三人が彼女の部屋にやったきた。
何か話があるという。
口火を最初に切ったのは、イヌカイだった。
「私の所属している新聞社の政党支持者の集会に出てもらいたいのです。これはカトーとアンドーのアイデアです。ほら、カトー、君が話せ」
押し出されたカトーは言う。
「いや、これは、もともとアンドーのアイデアです」
チャーリーは苛ついた。どちらでもいい。余計なことで話の前置きが長い。
「では、アンドーが話すの?」
「私が話します」
「どうぞ」
「取材を待っているだけでは、日本国内における貴女に対する支持は広まりません。
現在の日本において、政治に興味のある多くの人々が長崎に集まってきています。
日本の長崎の間には朝鮮の釜山の間には一八七六年から定期航路がありますよね?
もしも、日本軍が朝鮮に侵入するのであれば、多数が義勇兵として参加しようと考えています。彼らは正規の軍人ではないのですが。
今の長崎において、貴女が演説会にスピーカーとして参加すれば、朝鮮情勢に関心を持つ大勢の人々が集まります。
さらに言えば、政府が陰で貴女のことを保護しているのですから、他のスピーカーが少々に過激な発言をしたとしても、官憲は干渉を躊躇わざるを得ない。
集客と保護。
以上の二点において、貴女を演説会のスピーカーとして呼ぶ政治団体にはメリットがあります。
そして、もちろん、スピーカーになる貴女にもメリットがあります。自分の主張を人前で話すことができます。一銭も払う必要もない。むしろ、お金をもらえますよ」
カトーは目を輝かせている。
「支持者からの寄付金も期待できますよ」
彼らの提案を断ろうと思ったが、その気持ちを変えさせたのは、アンドーだった。カトーの後ろで黙っていアンドーが横から口を挟んだ。
「狭い家の中で、ずっと引きこもっていたら、頭がおかしくなります」
「わそれもそうね」
チャーリーは、うなずいたか
外では、セミと呼ばれる日本の虫が狂ったように鳴き続けていた。
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八月十日。
長崎で開かれた立憲改進党系政治団体・佐賀県郷友会の演説会にチャーリーたちは参加した。
護衛として、オオシマとウチダ。
通訳として、クサガとツルメ。
佐賀県郷友会との交渉役として、イヌカイ、カトー。
あと、物品販売、アンドー。
日本人たちは全員が私服姿であった。
チャーリーの服装については、カトーが準備した。
他のスピーカーたちの服装に合わせてハカマとハオリという日本の衣類を着せられた。
この時代には、女性が完全な男装するのはよくないとされていたので、女性用ハカマという日本の独特のスカートを使用した。走ることもできる。
床に裾を引きずる欧米の上流階級女性用のドレスと違って、軽敏な動きができた。
「このスカート、便利ね」
「馬車を雇うよりも安いのです」
カトーは説明した。
会場になる港近くの寺院は、チャーリー・サイモン邸から近いということで、みんなで歩いて行った。
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長崎の港に到着してから、翌日には、欧米人の多い長崎の出島にチャーリーは放り込まれた。
これが初めて日本人の街を歩く機会となった。見るもの全てが新しく珍しい。確かに、日本という国に来たのだと思う。
「全て木でできた家ね」
「日本では多いですよ。それで、火事が家事が起きると、燃え広がって大変なことになるのです」
「燃えたら、どうするの?」
「また木で家を建て直すのです」
「燃えにくい家を建てた方が、長い目で見たら、経済的かもしれない」
「お金がある人たちならば、壁に土などを塗って、防火対策をしています」
ツルメが横から色々と解説したくれた。
つぎはぎだらけの彼女の衣類がチャーリーには気になった。
「失礼かもしれないけれども、その服」
「いいんですよ。[[rb:繕 > つくろ]]った服を着ることは日本の平民では普通のことです」
「彼女はそういう服装をした方が、演説会の平民女性の聴衆から好感を持たれるでしょう」
横から、アンドーが口を挟んだ。
彼の気遣いはわかったが、チャーリーは言った。
「あなたは、いい服を着ているわ」
「向こうの会場で、先日の貴女とツルメの写真の焼き増しを私は売るつもりです。私はそれなりの服装をしていないと、客に信用してもらえませんから」
「私の写真の焼き増しを売る?」
チャーリーは驚いた。
当時の明治日本の法律においては、人物の写真は当人の許可なく売ることができた。
いきなりアンドーは話題を変えた。
「今回の演説会の主催者の佐賀県郷友会。
佐賀県は一八七七年になくなったのですよ。。
その契機になった佐賀の反乱の首謀者エトーは首を切られ、その写真が各県の役所の壁に貼りだされました。五年前のことです。
当時の私は東京府の府庁の身分の低い役人をしていたのですが、そのエトーの首の写真をみて、カメラマンになろうと思ったのです」
自分がチャーリーとツルメの写真の焼き増しを会場で売りさばくことに、アンドーはあまり触れてほしくないのだろう。
この若いカメラマンも裕福でなく、ツルメと同じ貧民街に住んでいるという。
それに、彼の話は興味深かった。
チャーリーは許してやることにした。
「反乱の首謀者の首を切ってその写真を役所の壁に貼りだしたの?」
「近代国際法の法理において、国家は文明国・野蛮国・未開国に分類され、日本は野蛮国に位置づけられています」
アンドーの眼鏡の奥の茶色の目の色が暗くなった。
「日本にとって悲願の条約改正も、なかなか難しいでしょうね、今のままだと」
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日本の寺院におけるチャーリーの演説は好評であった。
先のアンドーとの会話をヒントに、条約改正の話も混ぜてみたところ、港町の長崎で貿易に関わっている者が多かったらしく、強い反応が戻ってきた。
━━壬午軍乱に対して、どのように日本が対処すれば、欧米諸国から文明国として認められ、条約改正につなげることができるのか━━
「事後処理にあたって、日本だけでなく、アメリカやフランスなどに、朝鮮半島における行動の範囲を拡大できるように条件をつけていくことが大切だと思います。
なぜ、アメリカとフランス?
この両国は、日本よりも先に、朝鮮半島に関心をもって入りこもうとしていました。両国の存在を日本が安易に無視するべきではありません。
イギリスが朝鮮半島に関与を強めれば、清国に対するイギリスの影響力が強くなりすぎて、それは他の列強からすれば望ましくありません。
また、ロシアが朝鮮半島に進出すれば、ロシアの海軍が列強の太平洋航路を脅かすことになります。それも他の列強は歓迎しません」
在上海アメリカ公館の職員の娘であるチャーリーは、ある程度の外交知識があった。
演説会の終了後、チャーリーは聴衆から取り囲まれるという経験をした。
悪手を求めてくる人数があまりにも多くて閉口すると、護衛の男たち、ウチダとオオシマが間に立ちふさがったくれた。
護衛との通訳には、クサガが担当した。
ツルメは演説会のチャーリーのスピーチと質疑応答の通訳を担当した。
カトーは次の演説会のセッティングに向けて、イヌカイとともに、関係者に対する挨拶回りに忙しくしていた。
アンドーが会場に商品として持ち込んで販売したチャーリーとツルメの写真は、飛ぶような勢いで売れた。
「今日の一日で、三か月くらしていけるだけの収入がありました。これは人生の転機です」
とのこと。
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