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第十話 怪人の幼き日々(二)

 八月五日。

 夕方になると通訳は急いで帰っていく。

 護衛たちは誰も英語を話せない。

 夜になると、チャーリーにとっては話し相手がメイドのツルメしかいない。彼女の英会話の能力は相当に高い。つい一年前まで官立の通訳養成専門学校に通っていたという。

 異国の地における話し相手としてツルメは合格点をつけても良い(贅沢を言えば際限がない)。

 それに、彼女の今日の仕事ぶりはおかしかった。

 背景の事情はカトーから聞いた。

 寝る前に、チャーリーはツルメとの対話の時間を持つことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 チャーリーは言う。

「クサガが貴女と同じ十代と聞いたときが一番のショックだった。嘘でしょう? あの顔は、どう見ても、私よりも年上だと思っていた」

「昔から、クサガの態度は落ちついていて、年齢よりも上に見られるのです」

「同じ学校に通っていたのね?」

「ええ」

「その頃のクサガは、どんな感じだった?」

 ツルメは控えめに微笑した。

「クラスであまり目立つタイプの男の子ではありませんでしたよ、あの頃のマッキーは」

「マッキー?」

「すみません、つい。マッキーは彼の子どものときのあだ名です。彼のフルネームはマンキチ・クサガと言います」

「貴女は彼のことをそう呼んでいたの?」

「私だけではなく、みんな、そう呼んでいましたよ。私とクサガの在籍していた熊本洋学校は、日本では特別な学校で、教師がアメリカ人で授業は全て英語で行われました」

「彼は、あまり目立つ存在ではなかった?」

「そうですね。

 私よりも一年遅く入学してきました。同じ年齢だったので、私はちょっと気になりました。

 クサガは、父親に早く死なれて、貧しい家庭で育って、あまり、みんなと遊びませんでした。

 授業についていくために懸命に努力して、それで、毎日が終わるという感じでした。とりたてて優れていると言えるところが何もありませんでした」


 でも、とツルメは言う。

「彼について一つだけ忘れない記憶があります」

 チャーリーは引き込まれるようにして問う。

「何が?」

「洋学校にいた頃、私は『わからないことは知っている人にどんどん聞けばいい』と一人で努力する彼に忠告したことがあります。

 その時に、『わからないことが多すぎて、何がわからないのか、正しく質問できるか、わからない。正しい問いができなければ、正しい答えは返ってこない』と彼は答えました。

 腹立たしく私は思いましたよ、ずいぶん小難しい考え方をする子だ、一人で閉じた子だ、と」

 でも、心に引っかかりました。

 ━━正しい問いができなければ、正しい答えは返ってこない━━

 そう言ったあの時の痛々しい表情は今も心に残っています。だから、彼のことを私もずっと忘れなかったのかもしれません」


 チャーリーは質問した。 

「その頃のクサガのことをあまり好きではなかった?」

「怖かったのですよ」

 ツルメは目を閉じて思いにふける。

「かわいそうだと思って同情で好きになってしまうのが怖かったのです。それは失礼です。

 それに、私は家長である祖父から、彼の家の名跡を継げるような医者と結婚するように小さい頃から厳しく言われていました」

 そして

「今では立場が逆です。私が同情される側です」

 と言った。

「洋学校の時の私の友人たちは、もちろん、長崎の通訳養成学校の時の私の友人たちに話しても、きっと驚くと思いますよ。

 クサガが、将来の外交官にふさわしい人材として、政府要人から期待されているだなんて!

 有望な青年として評価されているのでしょうね、彼は。同窓生として誇らしく思います。

 それに引き換え、今の私は、貧民街の小さな家で、父親と二人暮らし。ろくな仕事もなく、公債の利子で何とかその日その日を空しく生きているだけ」


 彼女の涙に、チャーリーは怒った。もしも、私が貴女の立場ならば、そんなふうに泣いてあきらめたり絶対しない。

「馬鹿ね」

 言葉をテーブルに叩きつける。

「クサガは、昔から、貴女のことが好きなのよ。

 これは。カトーから秘密にしろと言われたけれども、私は自由に話すわ。秘密にすることについて彼に私は同意を与えていないし、それに、少し考えたら、わかることは秘密にする意味がないしね。

 貴女は、クサガが初めて好きになった女の子なの。

 十一歳か十二歳かのときの一緒の学校にいたというだけの女の子の顔を、六年もたって、故郷から遠く離れた土地で、チラリと見かけただけでそれとわかったなんて普通ありえない」


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