癒し魔術師が大けがの友人を見捨てて大した怪我もしていない高位貴族から助けると聞いてプッツンキレて友人にヒールをかけました
「何なのよ。あの女は!」
私は完全に切れていた。
「まあまあ、判ってくれてよかったじゃないか」
「そうだよ、アオイ。第二皇子殿下に手を出した女じゃないって判ってもらえて」
能天気な二人の男は言ってくれるが、
「でも、あのいい方は無いんじゃない! 何が貧相よ。何が地味よ!」
私は口角泡を飛ばして叫んだんだけど、
「俺は貧乳でもいいぞ」
次のボビーの言葉に固まってしまった。
「えっ、俺はでかい方が良いぞ」
「あんた、胸の事はアオイが気にしているに」
「貧乳って言うな」
驚く二人の前で私は思いっきりボビーの頭を叩いていた。
「痛い!」
しかし、私は叩いた手を押さえて喚いた。
ボビーの頭は石頭だった。それもとてつもなく硬い。私は思わず手の指が折れたかと思った。
叩かれたボビーはビクともしなかったみたいだけど、許さない!
「大丈夫か?」
ボビーが心配して私を見てくるが、叩かれたボビーに心配されるってどうなの?
「もう最低!」
怒って食堂を出ようとして、立ち上がろうとした私は机の柱の角に盛大に弁慶の泣き所をうって悶絶しそうになったんだけど……
「大丈夫なのか、アオイ?」
「アオイ、それでなくてもあなたはおっちょこちょいなんだから」
「そうだぞ。静かに座っていろって」
私は痛さのあまり、慌てふためくボビーはもとより、呆れて見ているポーラとエイブにも怒りを覚えるくらいだった。
まあ、貧乳って言ったボビーは許さないけれど……
それに私はあのチェルシーとか言う女にも、絶対に仕返ししてやると心に決めたのだ。
根に持った私の怖さ思い知らせてやる。
しかし、その機会はなかなかやって来なかった。
翌日の魔術実技の授業は能力クラス別に分かれて行われた。
私のクラスは五人だけだった。
そして、わざわざ学校指定のトレーナーに着替えたにもかかわらず、私達は訓練室ではなくて教室に集められたのだ。
「皆さん。おはようございます。この基礎クラスの担当をするゴードンです」
入って来た先生は今にも天国に召されそうな先生だった。基礎クラスと言うだけまだましだが、うちの担任は底辺クラスとか最低クラスとか散々言ってくれていた。
「皆さんは魔術はほとんど使えないと聞いています。このクラスは何故、魔術が使えるのか、その基礎の基礎からお話していきますね」
先生は今にも倒れそうになりながら話を始めたんだけど……
めちゃくちゃ眠たい。
ここに集められた生徒は魔力のほとんどない生徒みたいだった。
皆、ファイヤーボールはもとよりお風呂のお湯張りも出来ないみたいだった。
ちょっと待ってよ、私はお湯張りは出来るのに……
折角魔術実技の授業なんだから、私も練習したい。
教室の窓からは訓練室が丸見えで、ポーラ達がファイヤーボールを練習しているのが見えた。
ポーラなんかこちらに手を振ってくれている。
思わず手を振り返しそうになって、ゴードン先生と目が合ってしまった。
「はい、アオイさん。暇そうですね。私の代わりに教科書20ページから読んで下さい」
「は、はい!」
最低だ。私は教科書を仕方なく読みだした。
まあ、聞いているよりましだろうと思ったけれど、でも読むのもつらい……
「それだからして、世界創成された女神さまの御心において、魔術が使える様になったのである」
なるほど魔術を使えるようにしたのは女神様のおかげらしい。
「しかし、信仰心の少ないものは魔術も使えず、使える様になるためには信仰心をもって女神さまを奉らなければならないのだ」
何なの、これ? 魔術を使えないのは女神さまを信じていないって事?
「そうですよ。アオイさん。魔術が使える様になるには、まず、女神さまを信仰するところから始めないといけないのです」
「本当ですか?」
私は思わず聞いていた。
先生はそう言ってくれるけれど、聖女はいつも日本から召喚されているそうだけど、基本的に信仰心なんて持っていないんじゃないのか? 何しろ女神教なんて日本にはないし。
無信教の私でもヒールが使えるんだから、信仰心は関係ないのではないの?
それともヒールは魔術ではないのだろうか?
でも、もし魔術が使えるのに信仰心がいるのならば、ヒールこそ、信仰心が篤いものが使えるはずで、私みたいな無信教者はつかえないのではないの?
単純な疑問だった。
「な、なんという事を言うのです。その証拠に世界で一番魔力量のあるのはアリストン王国の聖女様です。すなわち信心深い人ほど魔力量が多いのです」
その一言で先生の言っていることが嘘であるのが私にはわかった。
だって凛が宗教に熱心だったなんて聞いたことは無いもの。
というか、凛は宗教なんてペテンだと言っているのを聞いた事がある。
そんな奴が聖女だって崇め奉られているのは本当に笑止物なんだけど。
そう思った時だ。
天罰が起こったのかいきなり大きな爆発音と悲鳴が訓練室から聞こえて来たのだ。
「何が起こったの?」
私は思わずそちらをみてしまった。
「アオイさん。今は授業中です。授業に集中してください。そう言う点も魔術を使えるようになるかならないかに関係あるのです」
「大変だ。けが人が出たぞ」
「すぐに医務室から医者を連れてこい」
大きな声が聞こえた。
「大変だ。先生行ってきますね」
「ちょっとアオイさん、魔術が使えないあなたが行っても足手まといになるだけですよ」
先生が制止しようとしたが、その時には私は窓を乗り越えて走り出していたのだ。
訓練室に飛び込むと、何人かの生徒が倒れていた。
「おい、ポーラ、しっかりしろ」
入り口から見ると端の方で倒れたポーラをエイブが抱き起こしていた。
ポーラは血まみれで、倒れていて、どう見ても重症だった。
「キャーーー、血よ、血が流れているわ」
何かアマンダが叫んでいるが、見た感じ指を軽く切った程度だ。
「おい、こちらの令嬢からヒールをかけろ」
A組の担任が私の横から入って来た癒し魔術者に命じていた。
でも、そんなの全然軽傷じゃないじゃない!
重症なのはどう見てもポーラだ。
「何しているのよ。治療するのは重症者のポーラからでしょ」
白衣を着たその男に言った。
「何を言うんだ。当然、全王女殿下の娘のアマンダ様からだ」
マラッカが言い切ってくれたのだ。
「はああああ、大した怪我もしていない奴は王女だろうが、公爵令嬢だろうが、後回しでしょ。というか上に立つ者は下の者から診る様に言うのが当然でしょ」
私は怒って言うが、白衣を着た癒し魔術の使い手は当然のようにアマンダの方に向かってくれたのだ。アマンダもそれを受け入れているんだけど。
「何なのこいつら!」
私は完全に切れていた。
「天におはします女神様よ。この哀れな神の子に憐れみを与えたまえ……」
何か男はお祈りを始めたのだ。おいおい、この男はこの大変な時に何をやっているんだ?
「アオイ」
「頼むから早くこっちに来てくれ」
C組の面々が私を呼んでくれた。
「判ったわ」
私はそう叫ぶと慌ててポーラに駆け寄ったのだ。
そして、何も考えずに叫んでいた。
「ヒール」
と。