第一皇子5 アオイが死ぬと思った瞬間に自分の心に気づかされました
辺境伯家を出た俺たちは一路帝都に向かったのだ。
アオイは馬に乗れないので、俺が乗せるしかなかったのだが、俺は前日から変にアオイを意識するようになっていた。
アオイの素足を見てしまったからだろうか? 今まで平気でアオイを抱いて乗せていたのに、アオイに近寄るのを何故か意識するようになったのだ。今も馬の上で出来る限り離れて乗っていた。
「凄いわね。ホワイト」
俺の心の葛藤などまるっきり気にせずにアオイはホワイトとじゃれ合っていた。
「クリフ、もう少し前に来てよ! 支えてくれないと少し怖い」
そんなアオイがこちらを見て文句を言ってくるのだが、いや、それは絶対に出来ない。
「いや、アオイ、一人で乗れるように練習するためにも少し距離を置いた方が良いから」
俺はもっともらしい理由を作って回避しようとしたのだが、
「どうしたの? クリフ、顔が赤いけれど」
そう言って手を俺に伸ばしてきたのだ。馬の上でそんな事をするなよ!
その瞬間アオイがバランスを崩して落ちそうになった。
「危ない」
俺は慌ててアオイを抱きとめたのだ。その瞬間俺の体がかっと熱くなった。
「アオイ、ちゃんと、前見て乗っていないと」
俺は注意するがなんかアオイを抱きしめた体中がドクンドクンいっているのだが……
「だって、クリフがちゃんと抱いてくれないから」
アオイが口をとがらせて文句を言ってくる。
「抱く?」
俺はその言葉にとても敏感に反応した。要らぬことを想像して真っ赤になったのだ。
「大丈夫、クリフ?」
そんな俺をアオイが前から見上げてくれたのだ。
何なのだ、これは!
こんなかわいいものがいるのか!
俺は思わずそのままアオイを押し倒してしまいそうになってしまった。
いかん、いかん、ここは馬の上だぞ、何を考えているんだ。
「ちょ、ちょっと、アオイ、前を見て」
俺は思わず注意した。
そうしたらアオイがにこりと意地悪い笑みを浮かべて、俺に思いっきり密着してきてくれたのだ。
頼む、止めてくれ!
俺の心臓はもうバクバクで俺の心は飛んでしまいそうになったのだ。
頼む、我慢するんだ! 俺の心臓。俺は理性のすべてを動員して何とか耐えたのだった。
「はい」
アオイが水を差しだしてくれた。
村のはずれの川の傍の広場で俺は休んでいた。
俺の為に早めの休憩を取っていたのだ。
アオイに密着されて馬に乗せた俺は興奮のあまり、もうダウン寸前だったのだ。
何故だ? 今までは普通にアオイを乗せられていたのに、急に意識しだすなんて絶対に変だ。
俺には良く判らなかった。
「クリフ、大丈夫?」
アオイは俺にくっ付いて座ってくれるのだが、それは止めてほしい。俺の理性が持たない。
俺はさりげなく体を離した。
そうしたら今度はアオイがムッとしてこちらを向いてくる。
俺は思わず視線を外した。
なんかアオイが少し怖い顔で見てくるんだけど、そんなアオイも可愛いと思わず思ってしまったが、今はそれどころではなかった。
でも、こんなことで帝都まで行けるのか?
俺は少し不安になった。
「クリフ様、大丈夫ですか? なんでしたら俺がアオイ様を乗せましょうか」
「いや、いい。アオイは俺が乗せる」
ケンの申し出をムッとして断った。
他の男とアオイを一緒に乗せるなど問題外だった。そんな事は俺が許せるわけは無い。
「でも、大丈夫なの? 無理なら、ケンさんの馬に乗せてもらうけれど」
アオイまで言ってくれるが
「大丈夫だ。お前がくっつきすぎなければ」
俺は思わず言ってしまった。
「えっ、今までそんなこと言わなかったくせに。くっ付いていた方が安定感があって乗りやすいのに」
口を尖らせるアオイを思わず抱きしめそうになって必死に理性で止める。
「何かクリフ様って女には純情だったんですね」
呆れてジムが言ってきてくれたので、思いっきり頭を叩いてやった。余計なお世話だ。
俺は余程疲れていたのだろう。
近くまで男の子が歩いて来るのに気付かなかったのだ。
そして、俺たちの前でバタリと倒れたのだ。
俺の中で警笛が盛大に鳴った。
男の子の体に黒い痣があったのだ。
これはやばい奴だ。
「大丈夫?」
アオイが駆け寄ろうとしたのを慌てて抱き止めた。
「なにするのよ、クリフ」
アオイが文句を言ってくるのを
「近寄るな。この子は黒死病だ」
俺は冷酷にも言った。そうだ。この病はやばいのだ。これにかかるとほとんど死ぬ。
その途端に騎士たちも立ち上がってくれた。
「黒死病?」
アオイは不思議そうな顔で俺を見返してくれたが、異世界では黒死病はないのかもしれない。
この病のせいで国の一つが滅んだこともある。それほど危険な病なのだ。
「強力な伝染病だ。近寄ったらお前も感染するぞ」
俺は思わずアオイに怒鳴っていた。怒鳴る必要はなかったのに怒鳴ってしまったのだ。
「クリフ、その言い方は酷いわよ。この子も好きでその病気にかかったのではないのに」
アオイが怒って言うが、
「何言っているんだ。アオイ! 黒死病は致死率が5割を超える怖い伝染病なんだぞ。
下手したら近寄っただけでも掛かる可能性があると言われているんだ。悪いことは言わないから絶対に近寄るな」
俺はアオイを男の子から更に離したのだ。この時、俺はとても焦っていたのだ。
この伝染病はやばい。
皇子としても直ちにこの村を隔離しなければならない。
街道から離れた村とはいえ、これだけ人影が少なくなっているのをおかしい事だと警戒しなければならなかったのだ。
これ以上感染を防止するためにこの村を隔離しなければならないのは当然。周りの村々も調べて感染が広がっているのならばその村も隔離しないといけない。
それも早急にだ。
その焦りがアオイを見ていなければいけないのに視線を外してしまったのだ。
俺はアオイが黙って見て居られない性格だという事を忘れていた。
俺が部下に指示を出していた時だ。
「ジム、お前は、この村に境界線を引け。中に入った者は皆と一緒に隔離だ」
「じゃあ、アオイ様も隔離で?」
「えっ?」
俺が振り返った時はあろう事か、アオイは男の子を抱きしめていたのだ。
俺は唖然とした。
「アオイ! 何をしているんだ」
俺は思わず叫んでいた。
「すみません。殿下。私はこの子を見捨てるわけにはいきません」
アオイは俺に対して他人のようにふるまって俺に言って来たのだ。
「何やっているんだよ。病にヒールは効かないんだぞ」
俺は本当にパニックになっていた。
「殿下、ここでお別れです。今までありがとうございました」
アオイがアオイが俺に分かれを告げてきたのだ
「おい、待て、アオイ!」
俺は今生の別れを言うアオイを行かせるわけにはいかなかった。
慌てて追いかけようとしたが、
「殿下、ダメです。離れて下さい」
騎士達が俺を掴んで離さなかった
「ええい、お前ら離せ」
俺は必死にアオイの所に行こうとしたが、騎士達は俺を離してくれなかった。
そんな馬鹿な。
アオイが、アオイが俺を置いて行ってしまった……
俺はアオイが消えた先を茫然と見ていたのだ。
最初に守りの首輪を嵌めたらキョトンとしたアオイ。
その後で怒ったアオイ。
おっかなびっくりでホワイトに乗るアオイ。
釣れないとキャーキャー文句を言いながら魚釣りをするアオイ。
釣れたと言って飛び上がって喜ぶアオイ。
そのまずいダボハゼを我慢しておいしいと言って食べるアオイ。
辺境伯家で俺に抱きついて泣き出したアオイ。
俺の横で俺に抱きついて寝る可愛いアオイ。
俺の頭の中を走馬灯のようにアオイの姿が想い出された。
俺はその時、はっきり気付いたのだ。
アオイが好きだったと。
そんなアオイを一時でも離したのが間違いだった。
「ウォーーーーーーーー」
俺は思わず後悔の叫び声を上げていた……
ここまで読んで頂いて有難うございます。
続きは今夜です。
お楽しみに!