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魔法少女の独りごと④




「まぁ良いわ。あんたを倒して……天羽聖奈を渡して貰うわよ――ッ!!!」


 小夏は左手に持った大剣を大きく持ち上げ、そして振り下ろす。大剣は紫色の光を溢れさせながら、重力を伴ってアスファルトへと向かう。


 切り込みの、仕切り直しの一撃。普通ならそうとしか見えない一撃ではあるが、しかし美咲はその攻撃に引っ掛かりを感じ、魔法を行使して思考の海に沈んだ。


(この状況でわざわざ大剣を創った。ならあのサイズの大剣しか創れないと見て良さそうかな。……でもこの状況、いくらあの剣でも間合いが数歩は遠い……。なのに迷いなく振り下ろしてる。振りながら距離を詰めるにしても、あの重量の武器ではもう間に合わない。つまり、この攻撃は――)


 現実におけるコンマ数秒以下の時間で判断し、美咲は横に大きく跳ぶ。一度目の攻防に続き、またしても判断は正しかった。


 振り下ろされた大剣は、叩きつけられた衝撃で紫色の光となって溶けた。否、破裂し、指向性を持った魔力の奔流として炸裂した。紫色の魔力はインパクトの地点から扇状に拡がり、数瞬前に美咲の居た空間を焼き焦がす。


(やっぱり、見た目以上のリーチの攻撃……っ! 射程自体は五メートルくらい……だったらとにかく間合いを詰め――)


 結論を出し、戦術を決めたその瞬間。美咲は自分を呪った。大剣しか創れないのであれば、最初に魔法を使ってカウンターに更なるカウンターを取りに行けば恐らく勝てていたと。――この状況に陥る前に倒せていたと。


(いや――結果論でしかない。あの場で警戒して、退いておくのは間違いじゃなかった。とはいえ、これは……!!)


 踏み込む為のステップを、どうにか正面から横方向に修正する。視線の先では、小夏は既に右手の大剣も高々と掲げ、そして振り下ろしていた。


「――っ!!」


 美咲は再度奔流を回避する。しかし、距離を詰めることは許されなかった。またしても小夏は左手を掲げており、そこには大剣が握られている。


「躱せるもんなら……躱しきってみなさいッ!!」


 三度目の空間を焼き焦がす奔流を美咲は避ける。そして、またしても小夏は右手を掲げている。無論、その手には大剣があった。続けざまに四度目、五度目の奔流も放たれ、美咲の動きを回避に釘付けにする。


 魔力の奔流を放つ際、大剣は溶けて消える。剣を構成している魔力を、構成の媒体としている物体ごと一気に解き放つからである。本来この技は、強烈な威力の代償に手持ちの武器を失う諸刃の剣なのだ。……そう、本来は。


 相手が回避行動を取っている間に新たな剣を創り出し、それを叩きつけて奔流を放つ。ひたすらに、ひたすらにそれを繰り返す。相手の「回避+接近」の間に「剣の創生+振り下ろし」を行う猶予が生まれるだけの距離がある状態で、一撃目を躱されることにより始まる連撃だった。


 後は相手の回避の癖を観察しつつ、フェイントなどを織り交ぜて命中を狙うだけ。無理に突破しようとすればただでは済まず、射程外まで下がるのであればこちらも踏み込むだけの単純な戦術。否、持ち味を活かしてはいるものの、ほんの少し頭を使っただけのゴリ押しと言えるだろう。ひたすらに力任せで、ひたすらにシンプル。だからこそ、嵌まってしまうと抜け出すのは容易で無かった。


(でも……それでも、敵わない……!)


 絶え間なく剣を創り出し、振るい続けながら小夏は脳裏に思い描く。自らの上に立つ――否、立っていた存在の姿を。頭上で煌々と輝く太陽のような力強さを持っていた少女、ルミナスの勇姿を。


 既に一部の魔法少女以外の記憶からは消されている事象だが、かつて町一つ分の空を覆うほど巨大な、そして強大な魔物が現れたことがある。幾人もの魔法少女が挑んだが、火の粉を払うかの如く蹂躙されていった。しかしながら、そんな相手にも関わらず死者は一人として出なかった。敗退した魔法少女達は命を懸けて倒すためではなく、ただ時間稼ぎのために戦っていたからだった。対魔物において最強を誇る魔法少女――ルミナスがその場に現れるまでの。


 彼女は途轍もなく強大な相手を、純粋なそれ以上の強大さで塗りつぶした。あの光景は圧倒的だった。両手から放たれた『ルミナリフレクション』は、それぞれが虚空で乱反射リフレクションし、魔物の存在する空間を埋め尽くす。それが数メートルだろうと、数百メートルだろうと。回避は不可能。防御も不可能。全てを照らす光で以ていとも容易く全てを呑み込み、滅ぼした。それが『ルミナリフレクション』という魔法であり、ルミナスという魔法少女だった。


(……正直、今でも信じられない。席が空いているってことは、あのルミナスが命を落としたということ。……そして、それだけじゃない。目の前の相手を……鏡座美咲を倒せば、あたしがそのルミナスの名を継げるということも)


 ルミナスの死は一般の構成員には伏せられている。故に、誰かが継がなければならない。あの光り輝く名前を自分なんかが背負うことはできるのだろうか。否、きっと出来ないだろう。自分には不釣り合いな輝きだろう。姉の背中だけを追って来た自分には、それ以上に大きな信念も、己の芯となるバックボーンも無い。だが、それでも引かない。怖気づかない。


(姉さんを超えたい……前を歩きたい!! それがあたしの願いなのよ――!!!)


 小夏は一層力強く大剣を叩きつける。美咲もまた横に跳んで回避する。変わらず何度も繰り返される攻防だが、しかし確実に奔流の精度は高まってきていた。このまま地道に、確実に追い詰める。


 この奔流の連撃に対して相手が取れるおおよその動きに対して、対応策は用意していた。前後左右や上方への回避、そして強引な突破など。しかし――用意されていたのは、あくまで戦闘の中で行われる行為への対応だけだった。


「なん――っ!?」


 何度目か分からない奔流を回避したその瞬間、美咲は真後ろを向き、脱兎の如く逃げ出した。思わず大剣を振るう手が止まる。美咲のそれは戦闘・応戦の動きではなく、明らかに戦闘を捨てた逃走であった。


 小夏は追うか、あるいはこのまま放置して聖奈を捜すか逡巡する。「鏡座美咲の無力化」を目標と捉えていたのは、「天羽聖奈の確保」において鏡座美咲が障害となるから。そして無力化さえしてしまえば、確保そのものには大した危険が伴わないから。であれば、ここは美咲を放置し、恐らく近辺に潜んでいるであろう聖奈を――


(――駄目だ!! 馬鹿かあたしは……!! ここで逃がしたら、鏡座美咲は間違いなくまた不意打ちを仕掛けてくる!! その場合、不利なのはあたし……! 楽な方に逃げたいばかりに、楽な方に考えるな……!!!)


 小夏は左の大剣を創生する暇も惜しみ、右の大剣を引き摺って駆けた。ここで美咲を逃がしてはいけない。奴は既に十数メートルほど先の路地を曲がったところ。絶対に見失ってはならない。ギアをひとつ上げ、瞬時に曲がり角まで到達する。絶対に逃さ――


「――ぁうぐっ!!?」


 曲がり角に差し掛かったその瞬間、眼前にナイフが突き出される。美咲は完全な逃走を選んだのではなく、戦闘の中で成り立つ撤退を選んでいたのだ。


 しかし、流石にこの程度の不意打ちは小夏の想定内。念のため、曲がる先の壁からやや離れた位置を走っていた。だからこの不意打ちを、僅かに頬を斬られただけでやり過ごすことが出来た。


(本当に顔を……いや、首を狙ってきてた……っ!! でも……怖がったら負け……! 大丈夫、あたしならできる!!)


 小夏の狙うところは連撃の再開だが、それには間合いが近すぎる。ひとまず距離を取るべく、引きずる形で右下段に構えていた剣を薙ぎにゆく。美咲がナイフを持っているのは右手であり、突き出した直後で腕も伸びきっている。そのまま無理に攻撃するにしても動きが限定されるため、装甲の着いている左腕での防御が可能だろう。


 つまりこちらが一方的に攻撃できるタイミングであり、しかも下段を薙ぎ払った勢いのまま距離を取りつつ剣を振り上げ、奔流の連撃に繋げられる。先ほどの逃走には惑わされたが、結局のところ自らの有利は揺らいでいないと、小夏は僅かに笑みを浮かべ――


「――はっ……?」


――ようとして、歪む。表情も、動きも共に。

 剣は動き始めた時点で止まっていた。否、正確には止められていた。剣身の側面と地面を縫い留めるかのように、黒いブーツが上から押さえつけていた。


(……精確に……剣の横を……!? 剣だって平らじゃないのに……少しでも位置かバランスがズレてたら――)


 一瞬の思考の後、小夏が頭の隅に追いやっていた記憶が呼び起こされた。資料に記載されていた、鏡座美咲の持つ魔法についての情報が。直接的な攻撃に繋がるものではないからと無関心でいた魔法。その魔法が真価を発揮しているのが正に今の状況だと……取り返しのつかないタイミングで初めて理解した。



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