魔法少女の独りごと③
少女は回想していた。自らに与えられた命令、使命を。そして、自らの強く固めた決意を。
(これを終えたら……『輝石』の座が手に入る。3つしかない幹部の席。そこにあたしが――姉さんより先に座れる)
姉は小学生で魔法少女になった。自分はその頃、テレビの中で輝く魔法に想いを馳せていた。
姉は中学一年生でピアスを空けた。自分はその頃、初めてブラを一人で買った。
姉は中学三年生で人を殺した。自分はその頃、初めて魔物に対して武器を振るった。
姉は高校一年生で髪にインナーカラーを入れた。自分はその頃、おかっぱだった後ろ髪を高く一つに結った。
姉は高校二年生で幹部の懐刀となった。自分はその頃、新人の教育係になり、幹部一歩手前まで評価されていたことを知った。
そして今日。
(今まで姉さんの背中ばかり見てきた。でも、今回は違う。……あたしが姉さんの前に立つ)
逸る気持ちを抑え、あくまで平常の歩幅を保って歩みを進める。ゴーストタウン一歩手前な葵原町の一角にある、かつては数多の中小企業が家畜厩舎のように詰め込まれていたという廃ビルへと。
彼女、『木枯 小夏』は『宝石の盾』に所属する魔法少女である。中学一年生の頃から活動を初め、キャリアは三年。魔法少女として特に影の魔物を狩る適性が高く、僅かそれだけの期間で最高幹部手前まで登りつめた実力者である。そして今回、その最終段を登るために与えられた試験が「天羽聖奈の確保」――転じて「天羽聖奈を守っている魔法少女『鏡座美咲』の無力化」だった。年若いながら、躊躇なく相手の急所にナイフを突き立てられるという。
(資料によると天羽聖奈の戦闘能力は皆無に等しいとのことだけど、それを守る鏡座美咲の方は相当に腕が立つみたい。……それに、何よりこれは普段の魔物狩りじゃない。魔法少女相手の……人間同士の命のやり取りなんだ)
『宝石の盾』に所属する魔法少女は役割によって大きく二つに別れている。一つは小夏も所属する、対魔物に優れた魔法少女が集まる『原石』。もう一つは対魔法少女に特化した『欠片』。その中の選りすぐりの三人が『輝石』となり、組織を治めるのだ。
『輝石』となった魔法少女には特別な名前が与えられる。皆を繋ぎ導く「コネクト」。暗部の執行者である「カラフル」。そして今現在は空席である――魔物を狩り、人々を守護する「ルミナス」。小夏を始めとした魔法少女達が挑んでいるのは、このルミナスへ至るための試験であった。
今までも何度か、自分の加入以前に『輝石』の更新はされているらしい。しかしその時の試験内容は『原石』であれば強力な魔物の討伐であり、『欠片』であれば無差別に力を振るう魔法少女の鎮圧だったとのこと。今回のように、自らの役割から外れた事案が試験となる前例は無かったという。異常。故に危険。しかし、小夏の歩みは揺るがない。
「……あたしなら出来る。大丈夫、あたしは強いから……大丈夫」
小夏は足を止め、アドレナリンが過剰に分泌されていることを感じながらに意識を集中する。脳内に描いた地図に波紋が広がるようなイメージで『人払いの結界』を展開すると同時に、その身体は光に包まれた。
ポニーテールは炎のように超自然的に揺らめき、毒々しくも明瞭かつ鮮やかな紫色に燃える。身体の動きを阻害しない位置には甲冑のような装甲が顕現し、スカートやフリルに彩られながらも凛としており、さながら中世の騎士と貴族のハイブリッドといった様相だった。
「――ねぇ! 居るんでしょ!? 魔力を……感じるわよ」
魔法少女の第六感。それは自らの魔力の他にも、張り詰めるような波長の魔力を捉えていた。まず間違いなく、これが鏡座美咲のものだろう。
廃ビルの前、街路樹も無く、ただシャッターの下りた建物や街灯がいくつかあるだけのつまらない道。ゴングなどもちろん無く、この場の空気が既に開戦を告げていた。
(来る……どこから……!?)
小夏は屈み込み、地面に手を着く。怖気づいて立っていられなかったわけではない。彼女にとってのこの姿勢は、魔法を素早く行使するための姿勢――腰に帯びた刀に手を添えているが如き状態だった。
「――ッ!!」
ヒュウ……と重く、空気を裂く音が徐々に近づいてくる。その主は頭上から落下してくる、人の頭ほどもあるコンクリートの塊だった。咄嗟にそれを避けた後、砕け散った破片には目もくれず、あれこれ考えるより先に身体を動かす。不意打ちを仕掛けてくるなら今だと、それだけを判断して魔力を地面に流し込む。
アスファルトに紫色の輝きが染み込むと、片手で握れる程度の太さの円柱――柄が、そして長方形に近い鍔が現れた。それを軸に身体を滑らせ、引き抜きつつ背中に構える。直後、まだ露出しきっていない剣身によってナイフが弾かれた。
「はああっ!!」
紫色に輝くそれは、厚く幅広い両刃の剣身、重厚な柄と鍔を携えていた。抉れた地面から大きく薙ぎ払うように引き抜かれたのは、1.6メートル強――つまり、跳び退いて一閃を回避した美咲の身長以上の全長を持つ大剣だった。
「なかなかのご挨拶じゃないの――鏡座美咲ちゃん。私は『ブレイズ』。よろしくね」
「……自己紹介、ですか。余裕ですね」
「そりゃあマナーだもの。あんたも返してくれても良いのよ? 本名は知ってるけど、魔法少女としての名前は知らないし」
「……」
美咲のジットリとした視線を受け、小夏は笑う。自分と同じくらいの女の子の瞳がこんなにも濁っており、声も澱んでいるものなのかと。そしてこんなにも冷徹で、殺意を孕んでいるものなのかと。
(まるで夜の海みたいな、暗くて深い眼。……姉さんと同じだ。全てを見透かされているような、見通されているような)
小夏の頬に一筋の冷や汗が伝う。全てを見透かされているとはあくまで直感的なものだったが、しかしある程度事実でもあった。
たった一度の攻防において、美咲は小夏の魔法の要点を多少理解していた。初めに小夏の取っていた姿勢の意味。地面から引き抜かれた大剣と抉れた地面に、現在も屈み続けているその意味。
(この人の魔法は「周囲の物体を媒体にして武器を創り出す」ようなもの、かな。わざわざ地面から出してたのを見るに、いきなり虚空から創れはしない。あと確認しなきゃいけないのは、創り出せる武器の種類。大剣を創ることしか出来ないのか、もしくは媒体となる物の大きさによって創り出せる武器も変わるのか。……それが重要)
美咲は小夏の攻撃を回避した後、安易にカウンターを取りに行かなかった。彼女が右手で大剣を振るったとき、左手が地面に着けられていたから。そして、美咲は今も容易に踏み込まない。左手が地面に着けられたままであるから。
(容易に踏み込んでは来ない……。なるほど、流石は何人も魔法少女を退けてるだけあるわね……!)
小夏は表情に出さず、感嘆した。美咲の立てていた予想は的中しており、まさにその通りの算段だったのだ。今こうして生まれている膠着は、おおよそ地面に着けたままの左手を警戒しているが故のもの――つまり、先程の算段まで一瞬で見抜かれていたことを意味している。
(なら……もう隠す必要はない!)
小夏の足元に紫色の光が染み込み、左手が輝く。そうして先程と同じく、全く同様の大剣が抜き放たれた。
「まぁ良いわ。あんたを倒して……天羽聖奈を渡して貰うわよ――ッ!!!」