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魔法少女の支えごと①




 黒髪に留められた無骨なヘアピンを確かめると、美咲は大きな引き扉を開け放つ。公共の体育館なんて来たのは初めてだった。ただ、緊張はそこから来ているものではない。


 小夏の家で一時の休息を経た後、美咲に待っていた任務。「体育館に行け」と、いつも通り説明不足な指示だけを頼りにここに来たのだ。ただし――


(――今回は私だけ。小夏さんが完全にNGってっことは、それだけ危険が伴うか……。絶対に何かある)


 土足厳禁の屋内に土足で踏み入る。念のために足音を消し、玄関から運動スペースへ……体育館の本体とも言うべきエリアのドアを開けた。


「……!」


 美咲が僅かに眉をひそめる。体育館の真ん中ほど、ロビーと違って電気も点いておらず、カーテンも締め切られた薄暗い中に小柄な人影があった。


「やあ、こんにちは。いらっしゃい……スレイヴ。時間通りで偉いじゃないか」


 影が両腕を広げて歩いてくる。声に聞き覚えは――


(――いや、どこかで聞いた……ような? そんな気もする……)


 その体格は美咲と同程度。子犬の尻尾めいたサイドテールは、歩みに合わせて軽やかに揺れていた。

 そして顔の判別が出来る距離かといった時、彼女は光に包まれた。


「なっ……貴女は……!?」


 変身した少女の髪はたんぽぽの花弁を思わせる明るい黄色に輝き、ところどころスリットのように空色の輝きが差さっていた。服装は忘れもしない。脳裏に焼き付いた……”まさに魔法少女”とでも言うべきもの。


「……ルミナス……!?」


「おや、挨拶も返してくれないのかな? それに敬称も無しか。……まぁ良いさ」


 美咲は反射的に変身した。眼の前の少女はルミナスだ。顔は違う。声も違う。妙な色も混じっている。……しかしルミナスだった。魔力の色と波長、そして直感がそう告げていた。


(いや、直感だけじゃない。若葉さんに聞いたやつだ……。擬似的に蘇生したんだ。別の誰かの身体を乗っ取って)


 白と黄色、二つの輝きが相対する。かつて美咲が全てを失い――同時に、全てが始まった時と同じように。


 ただ違うのは、今の美咲には剥き出しの殺意が無いこと。話によれば、この「ルミナスという何か」には記憶や魔法が引き継がれている。


 しかし、顔も声も……確かに違う。「ルミナス」は自分が殺したのだから。どす黒い感情は渦巻けど、幸い抑制できる程度だった。


「貴女が……呼び出したんですか。何の用です?」


「それはもちろん、お仕事の話をするためさ。だがこうして直に呼び出したのは……君の顔が見たかったからだ」


 ルミナスは両手を広げ、芝居がかった笑みを浮かべる。


「私を殺した魔法少女は少ない。だから今の君が……姉の仇を討った君が、どんな晴れやかな様子で生き続けているかを見たかったのさ。なぁ、スレイヴ……いや、狂人」


「――ッ! だから……どの口が……ッ!!」


「っははは! 恐ろしいな、全く。また殺されてしまいそうだ」


 美咲の潤んだ視線を、ルミナスは一笑に付す。悔しい。だが、制御できる。制御しなくてはならない。自分の命は……若葉の命と繋がっているのだから。逆らえば彼女がただでは居られない。


 あらゆる感情を、過去を噛み潰し、美咲は口を開く。


「……早く……要件を……任務を……。余計なお喋りは……必要ありませんので」


「はっはは! そうか。では完結に済ませてあげよう」


 そう言ってルミナスは右手を掲げると、空色の傘が現れる。魔力によって翼のような意匠が刻まれた、スマートなコウモリ傘だった。くるりと頭上で回した後、杖めいて両手で地面につける。


 そして語り始めた。


「――橙色の集団。私達に仇なすギャングじみた連中の尻尾を掴んだ。……いや、頭まで掴んだか。奴らのボスの居場所を把握した」


 不動のままルミナスは続ける。


「ボス……『赤橙(せきとう)の血』と名付けた魔法少女を襲撃し、一気に制圧する作戦を近々行う。その鉄砲玉を務めるのは……君だ」


「……」


「『赤橙の血』を殺せ、スレイヴ。……今日は顔が見れて良かった。後の情報は追ってクリプトから伝えさせる」


 帰れ。その命令を受ける前に、美咲は踵を返していた。


 もうルミナスを睨みつけてはいなかった。ただ……自分はやるべきことをやるしか無いのだから。奴隷(スレイヴ)である自分には、それしかないのだから。 


「……あぁ、それと――」


 体育館の扉を潜った時、背中にルミナスの声がかかる。


「――鉄砲玉とはいえ、しぶとい君なら生き残るかも知れないな。組織としてもその方が得だ。だが、個人的には……君にはぜひとも死んで欲しいな」


 美咲は振り向かず、扉を閉めた。


……自分は生きて帰って来なければならない。若葉のため、そして小夏のために。


 今度は――自分が彼女たちを助けるために。




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