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魔法少女の飾りごと②




 月明かりの下、二人は川沿いを並んで歩く。通夜のような、不安と困惑や悲哀に満ちた静けさの中だった。


 美咲と小夏はバディを組んでいた。片や『原石』でありながら魔法少女と戦い、片や『欠片』でありながら魔物と戦った。可能な限り寄り添うために。小冬からの圧力がかからない限り、小夏は美咲を支えていた。つまり定められたわけではないが、事実上のバディである。


 やがて歩くうち、車線が多く、だだっ広く、相対的に歩道が細くなっていく。海沿いの工業地帯である。無数のコンテナや倉庫のうち、いくつかは『宝石の盾』が所有しているものだった。目的地である。


「東から五番目。あの倉庫ね」


「……結構大きいですね。荷物置きのスペースを考慮して、4tトラックが三台くらいは停められそうな。二階には事務所とかも併設されてるんでしょうか」


「そうかも。間取り図なんかがあれば要求すべきだったわね」


 今回の任務はその倉庫の偵察、そして奪還。とある集団に占領されたとのことだった。敵の総数は不明だが、どうやら魔法少女に加えて一般人も居るらしい。連中の襲撃から、命からがら逃げ延びた魔法少女によって得られた情報だった。


 変身しないまま適当に離れたコンテナに登り、目を凝らす。閉め切られた正面扉と裏口に見張りがそれぞれ二人ずつ。加えて随所の窓には遮光シートが引かれており、その警戒具合が伺えた。


「……しかし、まだかしら。もうそろ予定の時間なはずだけど」


 二人は周囲を見回す。この任務は重要なものであり、加えて一般人は無闇矢鱈に殺害するわけにもいかない。『人払いの結界』による効果も、魔法少女の近くに居る一般人には効果がないのだ。


 とにかく状況にもよるが、魔法少女が貧弱である一般人を生かして捕らえることは殺すより難しい。乱戦が予想される場であれば尚更である。そのため、このような状況に適したもう一人が合流することになっているのだが。


「見当たりませんね。……零時になるとメンバーが増える。それまでにケリをつけなければ。……待つのも限界です」


「全く、何やってるのかしら……。仕方ない。あたし達だけでやるわよ」


 見切りをつけて立ち上がる。作戦は既に美咲が立てていた。制圧において最も効果的なのは奇襲である。限界まで変身せず、気付かれずに裏口の見張りを片付け、最奥であろう事務所部分に直接乗り込む。小夏にも異論は無かった。


 二人は私服のまま忍び寄る。倉庫周辺、特に裏口はコンテナや木箱、その他にも用途の不明な物品に溢れており、身を隠すにはおあつらえ向きだった。見張りの二人も談笑しているだけで、まるで役割を果たしていない。


「――あのクソ野郎は三メートルもブッ飛んだんだ。脳みそをブチ撒けながらね。私は確信したよ。これが姐さんの言う魔法なんだって」


「で、そっからは?」


「後はあんたと同じ。ずっと姐さんについてくって心に決めたよ。……私達は血で繋がった姉妹だ」


 お揃いの橙色の服に身を包んだ見張りの会話に顔をしかめたのは美咲だった。彼女にとって「姉妹」「姉」とは幸せの象徴であり、拠り所であり、そして苦難と喪失の類語である。今では姉のことを思うだけで雨に溺れそうになる。雨の河川敷はいつも夕陽で染まっていた。


「余計なことは聞かないようにしましょう。良いわね?」


「……はい」


 小夏はそれだけを伝えると、障害物の陰を伝い、見張りを挟んだ反対側へと移動する。視線でタイミングを示した後、懐に忍ばせていた溶液をハンカチに染み込ませた。特別性の昏睡薬である。それを手に、同時に飛び出した。


 見張りは気付いたとき、声を上げようとしたときには既に口を塞がれていた。それだけではない。片手の自由も奪われ、膝裏を蹴られて跪かされていた。美咲によるスパイ映画さながらの流れるような動きによって、呆気なく見張りは無力化された。一拍遅く、もう一人も小夏によって意識を失う。


「……全然バレてないみたいね。チョロいもんだわ」


 小夏は正面側の様子を窺うが、気付くどころか仕事をしている様子もない。タバコと談笑が仕事でなければだが。今無力化した二人と同じく、彼女達は高校生くらいに見えた。それも不真面目な。普段は可能であれば避けたいタイプの人間ではあったが、今はありがたかった。


「……一気に行きましょう。準備は良いですか?」


「大丈夫、問題ないわ」


 並んで頭上を見上げる。二階部分に扉はなく、窓には遮光シートだけでなく後付けの格子まで設置されていた。魔法少女の膂力であれば破壊できるだろうが、敵の使う魔法は未知数。試みない方が安定だろう。出来ることなら騒音も避けたかった。


「……」


 二人は視線で合図を交わすと、同時に変身する。するとまず小夏が跳び、窓枠に指をかけると同時に二階の外壁に手を添える。壁に紫色の光が染み込むと、瞬く間に大剣と共に1メートル程の穴が創生された。


 屋内から漏れ出す光に、美咲はコートを翻して跳んだ。精密な姿勢制御によって高跳びめいて穴を潜り抜け、床に着地する。その手には既にスタンガンが握られていた。


(――状況は――!?)


 魔法を行使し、世界が遅くなった。情報収集、状況判断に最適な、限りなく停止した世界である。


 部屋は狭く、荒らされていた。電気は点いていない。安物のラックからはファイルが落ち、地面は紙に埋め尽くされている。この状態で放置されているということは重要ではないということ。当然のように誰も居なかった。


「……大丈夫です。誰も居ません」


 小夏も部屋に飛び込んだ後、美咲はコートを穴に貼り付け塞ぐ。壁に固定するためにナイフを使ったのは自信の表れか、あるいは自殺願望めいたものか。


「ここまでは静かに来たけど、後はパーティってことで良いのよね?」


「はい。ただし、はしゃぎ過ぎないよう。……魔法少女は私が相手をしますので」


「……ええ、悔しいけど任せるわ。それじゃあ行くわよ!」


 ドアが開け放たれた瞬間、美咲は飛び込む。眼の前には手すり、吹き抜け、奥の暗がりには階段。覗く一階部分は二メートル弱の木箱がいくつかの積んであるだけで、明らかに広さを持て余している。そこに居た敵も少女がたった二人だけであった。


(――あの人達は多分……魔法少女じゃない。この場には居ない……? 荷物の運び出された形跡……。なるほど……もっと重要な地点に居る……!)


 美咲は二階から飛び降りる。木箱の側で水筒に口をつけていた二人は反応できず、蹴りとスタンガンによって為す術なく叩きのめされた。


「流石、良い手際ね!」


 感嘆しながら、小夏は正面扉を開け放つ。状況判断は完璧だった。屋内を美咲だけで制圧出来るのであれば、自分が担うのは外である。自分達の拠点から現れた謎の人物に困惑する見張り達を、剣の腹で打ち付け気絶させる。暗がりに紫色の軌跡が残る間の、実に呆気ない制圧だった。


「なんかあっさり行っちゃったわね」


「ええ。魔法少女もここには居ないみたいです」


「警戒して損したけど……まぁ良いわ、楽なのに越したことはないし。こいつらにも薬を嗅がせときましょ」


 大剣を光として解き、倒れる二人に昏睡薬ハンカチを押し付ける。この薬は暫く前に支給品として与えられたもので、魔法少女には効果が薄いものの、一般人であれば数秒で無力化できる優れものである。それでいて記憶障害などは起こらないというのだから驚きであった。


「そっちはどう? 特に何も無いなら完了の報告を――」


 小夏はドアを潜る。視界の先では美咲が屈み、倒れた一人に薬を嗅がせていた。何の異常も見られない。問題なく完了しているように見えた。……その瞬間までは。


「――きゃあっ!?」


 美咲が声を上げる。唐突であり、完全な想定外だった。多少過剰とも思える程にスタンガンを当て、薬を嗅がせていたのに、少女の瞳は見開かれた。そして橙色に輝いたのだ。


「こ、この――っ!?」


 跳び退こうとする。が、出来なかった。手首を掴まれていた。手首を振り解こうともがくも、解けない。明らかに一般人の力では無かった。どころか瞳の輝きは増していき、握り込む力は強くなる。


(魔法少女じゃないのに、魔力を感じる……!?)


 手首の骨がギシリと軋む。少女は痙攣を伴って、憤怒の形相で口を開いた。


「誰だ……お前……ッ!!」


「――それはこっちの台詞!」


 美咲は掴まれた手首を庇いつつ、少女の腕に膝を添えて倒れ込む。テコの原理によって腕は許容域を超えて曲がり、断末魔を上げてへし折れた。


(……今!!)


 握力が弱まる。その隙に手首を引き抜き、折れた腕を踏みつけ、もう片足で顎を蹴り抜いた。すると瞳の輝きは電池切れのフラッシュライトめいて急速に失われ、今度こそ力なく倒れた。


「――ちょっと! 大丈夫!?」


「ええ、なんとか。いてて……」


「その手……! 折れてはないのね?」


「大丈夫です。大丈夫です、が……」 


 駆け寄った小夏は痣のついた手首をさする。ゲートコントロール(いたいのとんでけ)によって痛みが和らぐ感覚に違和感を覚えつつ、美咲は今の状況に思考を巡らせ――


(……)


――ようとして、止めた。自分達の役割はこの場の制圧。その後どうするかを判断するのは報告を受けた上層部の役目である。


「みさ……スレイヴ? どうかしたの?」


「いえ、なんでもありません。ひとまず、()()と応援が来なかったことを報告して終わりにしましょう」


「……そうね。増援の対応までは言われてないわけだし、さっさと帰っちゃいましょ」


 小夏はあっさりと身を翻し、倉庫を後にする。かつての彼女であれば自らに与えられた役目以上に働こうとしていただろう。組織で成り上がるために、そして姉の小冬に殺しを止めさせるために。


 だが今は違う。美咲との出会い、若葉への協力、そしてこの二ヶ月で目撃した闇の数々が彼女を変えていたのだ。彼女の目に映る宝石は、酷く濁って霞んでいた。


 しかしそれでも、小夏は『宝石の盾』の為に働き続ける。「それ以外の生き方を知らない」「組織が恐ろしい」「美咲が心配」「結局は姉のことも無視できない」――理由は無数にあった。ともあれ、組織の為に任務を遂行し続けていた。


 美咲スレイヴと同じ、まさしく奴隷のように。





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