魔法少女の誓いごと③
「おつかれさんでーす! ミラージュですけどー」
「ああ。首尾は?」
『宝石の庭』の一室、「かなた」の部屋でカラフルは通話に出た。
「もちろん、命令通りにちゃーんと生け捕り。感謝してよ? ホントは殺してやりたかったんだから」
「ああそうだな、感謝するよ。……流石だな」
カラフルは腕を組み、壁に寄りかかりながら固い表情で応える。意識はスマホの先、小冬の声に割かれながらも、視線はベッドに居る二人――金色の少女カラフルと、サイドテールの少女 周見蓮に向けられていた。
「で、どうだ? 使えそうか?」
「手駒としては充分じゃない? 割と手の内を晒さなきゃだったし。ま、とはいえ私の圧勝だったけど!」
「そうか。では既に確保した『クローバー』はこちらで管理するが、鏡座美咲は――」
「しっかり『コネクション』を繋いどいた方が良いと思うわ。何をしでかすか分からないタイプだし……」
「――いや、手綱はクリプト持たせろ。コネクトの負担になる」
「ほーん。つまりあの不確実な『首輪』を着けただけで、小夏の近くに置くことになるってわけね。……相変わらず素晴らしい采配だこと」
「……それと、もう一つ。回収時には――」
「はいはい邪魔やら何やら入らないように、クリプトが来るまでしっかり見張ってれば良いんでしょ。分かってるっつの!」
カラフルは切れた通話画面に溜め息を吐くと、ジャケットの内にスマホを仕舞う。
「終わったのかい?」
ベッドで様子を見ていた蓮が問いかける。その態度に、僅か一時間前――この場に来たときのような遠慮や萎縮は無い。脚を組み、膝を台として頬杖をつきながら尊大な笑みを浮かべていた。
「うん、綾ちゃん。騒がしくてごめん。『コネクション』の副作用で頭痛が酷いだろうに」
「何、構わないさ。しかし……流石はミラージュだな。私を殺した奴を一蹴とは」
蓮は呆れ混じりに感慨する。その素振りは普段の所作からは到底及びつかない、芝居がかったものであった。
しかし、それもそのはずである。彼女は声や顔はそのまま周見 蓮であっても、中身は『コネクション』によって月峰 綾乃が上書きされているのだ。
ここに居るのは、自身を心から想っていた少女を贄として蘇った――『ルミナス』という魔法少女なのだ。
そんな魔法の使い手であるコネクトは、自らの所業になんの疑問を持つ様子も見せず、ただ雑談を続ける。
「でも、本当に良かったのかしら? 負けず嫌いさんのことだし、自分の手で復讐したがると思っていたのだけれど」
「確かに可能であればそうしたかったが、我儘ばかり言ってもいられないだろう。ただでさえ蓮の育成として自由時間も貰っていたわけだし、何より私の魔法はフルで扱うには手間がかかる。……損得を天秤にかけた結論さ」
自虐めいた高笑いをするさまを、どこか蚊帳の外といった空気でカラフルは眺める。と、ルミナスはその視線に気付く。
「……紡希。どうした、何か気になることでも? いやに静かじゃないか」
「うん。その……周見 蓮のことで、ちょっと」
「蓮? この子がどうかしたのかい? 別に身体の調子は良好だし、おかしいところは無いが」
ルミナスは自らを指差す。そこに視線を向けるカラフルの表情は、やはり固い。
「いや……そこだよ。こんなにすぐ馴染んだってことは、周見蓮はそれだけ強く綾ちゃんを想って――いや、愛してたんだよ。想いは繋がりを深める。……そこまでの子を後継者にしちゃって本当に良かったの?」
問われ、ルミナスは思い返す。少なからず存在した蓮との記憶を。確かに記憶している彼女の笑顔を。それらをなぞったうえで、答えた。
「まぁ、そうだな。確かに友人ではあったが……必要な犠牲だったのさ」
「……そっか。綾ちゃんがそう言うなら」
カラフルは乾いた笑顔を浮かべた。そしてコネクトに近づき、その手に触れる。細く、白く、脆く、ただ力なく在るだけの手に。
「――あら、紡希? ……ごめんなさい。少しぼーっとしてたわ」
「うん。そろそろグラタンが焼き上がる頃だから。皆で食べよう」
「グラタン……ああ、懐かしいな。頭痛も引いてきたことだし、私も行こう」
カラフルはコネクトを抱き抱えながら。そしてまだ少しよろめくルミナスに肩を貸しながら、階段を下りる。その先、憩いの場であるリビングには既に聖奈が座っていた。
「あら、用意がよろしいこと。お腹が空いていらしたのなら、遠慮なさらずおっしゃってくだされば良かったのに」
椅子に座らされたコネクトは、カラフルの視界を介して聖奈を見る。今朝方と比べて明らかに平静さを欠いており、普段用意されている個室ではなくこの場に居る理由も容易に想像がつく。
「冗談も、前置きも結構よ」
「それは残念ですわ。ですけれど、お望みとあれば本題からお話いたしましょう。一之瀬若葉さん……それに、鏡座美咲さんのことについて」
カラフルによって机に四皿のグラタンが並ぶ。クリームとチーズの甘く香ばしい匂いがふわりと立ち込めるが、聖奈は一瞥もくれない。どころか当然のように増えているルミナスにすら反応を示さず、ただ対面の少女の覆われた双眸を注視していた。
「お二人とも、わたくしたちが身柄を確保しております。特に一之瀬若葉さんは大変な抵抗をなさったようでして。被害は、ええと……カラフル。何人だったかしら?」
「二十五人だ」
「そう! 二十五人もの同志が返り討ちに合いながらも、ようやく捕らえたのです。……わたくしたちに齎された被害は甚大ですわ。他の者にどう示しをつければ良いのでしょう……くすん」
コネクトは表情だけで稚拙な泣き真似をしていた。意図は明確。二人の安全を保証する取引として、聖奈に相応の対応をしろと言っているのだ。
「……二人は本当に無事なのよね?」
「勿論ですわ。なんなら、たった今ビデオ通話で確認いただいてもよろしくてよ」
泣き真似を止めたコネクトは笑顔になっていた。きっと手が動くのであればパチンと打ち鳴らしていたことだろう。ボロ布に隠れた魅惑的な笑顔、威圧的に反り返った雰囲気、そして尊大に脚を組み向けられる視線。その全てが聖奈を突き刺し、続く言葉を制限していた。
「――……分かった。従うから……なんでもするから、二人の命だけは……お願い……」
「ええ、勿論。約束致しますわ」
聖奈の目からは涙が溢れる。この場で、この世界で起きている事の全容を把握できているわけではない。しかし、悪い方向に進んでいることだけは理解出来ていたから。自分がその重要なパーツであること、そして何かの引き金を引いたことだけは理解出来ていたから。
「しかし、なんだ。どうしてそこまでするのかを聞いても良いかな? ねぇ、天羽聖奈」
場に満ちる空気もどこ吹く風と、冷蔵庫からピッチャーを取り出しながらルミナスが問いかける。
「こらルミナス。弁えなさい」
「悪いね、でも気になるのさ。君にとって一之瀬若葉はスパイであり、鏡座美咲はただ数ヶ月間面倒を見ただけの存在だろう? 特に後者は狂人だ。……一体どんな義理がある?」
聖奈は涙を拭う。力のない自分が言えたことではないと自覚しながら、しかし蛮勇を携えて答えた。
「二人とも大切な友達だもの。それに……美咲ちゃんのことは『ハーモニー』と約束したから」
「……ハーモニー」
ルミナスはその名を呟く。かつて自分が殺めた、銀色の魔法少女。鏡座美咲の姉、鏡座 優香。自らの死の発端。
「それは――」
「ルミナス。何度も言わせないで」
先ほどの形だけの叱責と違う、強い語勢であった。圧されてルミナスは口を閉ざす。そしてコネクトは続けざま、一転して涼やかな声を全員に投げかける。
「さあ、お喋りが長くなってしまいましたわね。せっかくカラフルが作ってくれたご飯だもの、冷めてしまう前にいただきましょう」
反論も遮る言葉もない。聖奈でさえも大人しく、三人に従って手を合わせる。そして部屋の中に、偽りの温かな言葉が響いた。




