魔法少女の頼みごと④
周見 蓮は魔物を狩り続ける。『エリアル』という名前を得て、『ブレイズ』の下に師事しながら。自身の願い――月峰綾乃に代わり、人々を救うために。
早朝、目覚めてすぐに家を飛び出てパトロールを行う。その後帰宅して朝食を済ませ、いつも通り――何故か綾乃の死後でも一切変化のない学校へと通い、そしてスローガンの変わった生徒会の副会長としての仕事を終え、放課後も暗くなるまでパトロール。毎日その繰り返しだった。
(辛くはない……。これが会長の願いだったんだから。あの時、会長は言ってたんだから。今なら思い出せる……『後は任せた』って)
あの時、綾乃が亡くなってすぐは好奇や哀れみの視線を向けられていたが、それも今では無くなっていた。
というより、唐突に消え去ったのだ。綾乃がこの学校に居たという記録が、そして周囲の記憶共に突如として抹消されたかの如く。
(……このことは誰にも話してない。軽々しく話すようなことじゃないんだと思う)
蓮は綾乃を深く想っていた。そして、彼女の死が美咲によって引き起こされたことを知らない。故に疑惑は魔物へと向き、全霊を以て魔物を狩っているのだ。
せめて自分の周囲で、同じ悲劇を起こさないため。救える人を救うために。
ただ、そんな純粋な蓮の心にも一つのノイズが混じっていた。
あの日の前日。蓮は路地裏で、綾乃と一緒に誰かが居たのを見ていた。その時の綾乃の様子は明らかにおかしく、そして亡くなったのは翌日。
そんな「誰か」をまた見ることになったのは『宝石の盾』に入ってから暫く経った頃だった。一ヶ月ほど前にブラックリストに登録された少女と、まるっきり特徴が一致していたのだ。そんな少女こそが鏡座美咲。
それに気付いた時、ノイズが混じるようになったのだ。もしかしたら綾乃は――
(――ううん、よそう。私の分かってる確かなことは、会長が皆を守ってたってことなんだから!)
蓮はノイズを掻き消し、夜のパトロールへ向かうために気合を入れ直す。さっさと家に帰って荷物を置きに行こうと、校門から出たその時。
「居た! おーい、周見さーん!」
顔と名前を知っている程度の同級生から呼ばれ、駆け寄る。
「えっと……どうしたの?」
「んっとね、この人が周見さんを捜してるんだって。じゃ、私はこれで!」
彼女が去ると、そこに居たのは到底中学校には似つかわしくない少女だった。紫のインナーカラーが入った髪は低い位置で纏められ、両耳はピアスに覆われている。そして適性より何サイズも上のパーカーに身を包んでいる、どう見ても真面目には見えない外見。
「やっほー。周見 蓮ちゃんだよね?」
「そうですけど……。すみません、貴女は?」
「私は『ミラージュ』――って名乗ればまぁ分かるでしょ?」
「……っ! そ、そっちの方でしたか! 改めましてエリアルです!」
ミラージュ。そんな名を恥ずかしげもなく名乗るのは、つまり魔法少女である。そして自分に接触してきたということは、彼女も『宝石の盾』所属であるということ。
「あの、それで私を捜してたっていうのは……」
「ちょーっと用事があってね。今から時間ある?」
「今から、ですか」
蓮は暗くなり始めた空を見上げる。これからパトロールの予定だったが――。
「あ、周見ちゃんがいっつもやってくれてるパトロールなら、今日はクリプトに頼んどいたわ。その辺の根回しはばっちしよ」
「へ? ……な、なら大丈夫です! えっと、着替えたほうが良ければちょっとお時間とか――」
「大丈夫大丈夫! ほら、とりあえずどっか物陰行こっか」
「え、あっ、ちょっと――!」
見た目に反して力の強い細腕で、住宅地の路地へと引き込まれる。そしてミラージュは周囲を確認すると、パーカーからダガーナイフを取り出し街路樹に隠すように突き刺した。
「え――」
そして蓮が奇行に疑問を投げるより早く、制服の袖から覗く白い手をしっかりと握った。
「――はぁっ!? あの、何をいきなり……!?」
「ごめんねぇ。一緒に飛ぶにはこうしなきゃいけないんだよねー」
いたずらっぽく笑う綺麗な顔に目を奪われたその瞬間、視界の端が歪む。気が付くと、家やらブロック塀やら茜色の空が、古びた木の板へと変貌していた。
「――え? えええっ!?」
周囲を見回すと、それは単なる木の板ではない。壁であり、天井であり、床である。住宅地から建物の中へと一瞬で移動していたのだ。
「あ、あのあのっ! これって何が……っていうかどこなんですか!?」
「あっはっはっは! 良いリアクションするじゃん! ここはね、『宝石の盾』の本拠地。んで、彼女が周見ちゃんを『呼んでこい〜!』って私に命令した人」
「はいい!? ほ、本拠地!?」
蓮は戸惑いを隠せないまま、ミラージュの指差す先を見る。すると、自分の立つ廊下の最奥。「かなた」と書かれた部屋の扉が開き、仕立ての良いジャケットを着た短髪褐色の少女――カラフルが現れた。
「……遅かったな?」
「サーセンね、この子の下校を待ってたもんで。カラフルさんと違って学校行ってるからさぁ」
カラフルに睨み付けられるのも意に介さず、ミラージュは手をひらひらと振って踵を返す。そのまま階段を下ろうとするところに、蓮が待ったをかけた。
「ちょ、ちょっとミラージュさん! カラフルさんって、その、すっごい偉い人じゃ……!? 私はどうすれば……!?」
「ごめんねぇ。私はお腹空いちゃったからさ、後はその怖いおねーさんから聞いてちょ」
そうしてミラージュは振り返ることもなく姿を消す。取り残されたのはさっぱり状況を理解していない蓮と、ミラージュのいい加減ぶりに溜め息を吐くカラフルのみ。
「……悪かった。あいつは優秀なんだけど、同時に適当なんだよ」
「い、いえ……そんな……」
見た目の印象に反した気遣いを見せるカラフルに、蓮は少し安堵する。
「あの、それで……私はどうしてここに……」
「あぁ、それすらも説明されてなかったのか。……分かった。ここじゃなんだし、落ち着けるところで話そうか」
カラフルは「かなた」の扉を開き、中へと手招きする。
「良いよ。こっちへ」
「は、はい!」
蓮は屋内で靴を履いたままなことも忘れ、扉へと歩いてゆく。そこからは懐かしいような、恋しいような雰囲気――あるいは気配のようなものを感じるのだ。
そして、その正体がそこに居た。金色の燐光をはらはらと散らす、病的に細身ながらも艶かしい少女『コネクト』が。
「こんばんは。来て下さって嬉しい……というより、相当ムリに連行されたようで。わたくしから謝罪致しますわ」
「い、いえ! そんな!」
コネクトは上体だけを起こすようにしてベッドに座りながら、ただ優しく語りかける。ただそれだけであるにも関わらず、薔薇の香りのような妖艶さを漂わせていた。
「申し遅れました。私は『コネクト』。宜しくお願い致しますわ……エリアルさん」
「は、はいっ! こちらこそよろしくおねがいしますっ!」
蓮は素っ頓狂な声で挨拶を返すが、そのまま硬直してしまう。頭がこの状況に追い付いていなかったのだ。
そんな様子に、コネクトはクスリと笑う。
「ふふっ……。どうぞ、そこの椅子にお掛けになって。あまり質の良いものでなくて申し訳ないのですけれど」
「いえっ、いえいえそんな――わたたっ!」
慌てて転びそうになりながらも、蓮は木の温かみが詰まった椅子に腰掛ける。
「さて。ここに貴女をお呼びした理由についてですが……お話しても宜しいかしら?」
「……はいっ……! 大丈夫、です!」
未だコネクトの雰囲気に気圧されながらも、蓮はなんとか平静を保って言葉を待っていた。
そして呼吸がやや落ち着いたのを見計らったように、コネクトが口を開く。
「貴女に……『ルミナス』を継いではいただけませんか?」
「……へっ?」
またしても頭が追いつかなかった。ルミナスというのは会長の――月峰綾乃の名であり、それが『宝石の盾』においてとてつもなく高い地位にあることは知っている。だからこそ、理解が追いつかなかった。
「あ、あのっ? 私が、え……継ぐ? 何を……じゃなくって、何でそんな……私……!?」
全く纏まらない言葉で、なんとか意図を伝える。蓮が継ごうとしていたのは、綾乃の地位ではなく意志と願い。だからこそ、持ちかけられた提案は全く予想外であった。
あたふたする蓮に対し、コネクトは相変わらずの笑顔でゆっくりと確かに言葉を続けた。
「貴女がルミナスの――綾乃の想い人だったからですわ。……周見 蓮さん」
「――……へっ……?」
扉の前から感じた懐かしいような、恋しいような気配がまた広がっていた。そのせいか、あるいは。
またしても、蓮の理解はまっっっっっったく追い付かなかった。




