魔法少女の頼みごと②
「どうした美咲。寝れなかったのか?」
「いえ……大丈夫です」
若葉が仕事を終えた翌日。部屋に窓はないものの、時計の針が午前六時を指していた。
自然とこの時間に起きた若葉が目を開くと、まず見えるのが美咲の顔だった。しかし。
「いやでも、目ぇ真っ赤だぞ? つーか腫れてるじゃねぇか」
「こ、これは……アレルギーです。ハウスダストの」
「ホントかよ? その割にくしゃみもしてねぇじゃねーか」
「へぷちっ」
「おい」
「今は出てないだけです。寝てる時は凄かったんですよ」
「ふーん……って、アタシのシャツびしょびしょじゃねぇか!? もしかしてこれ――おいコラ顔を背けるな」
早朝特有の空気を肌に感じながら、若葉は変身と解除によって服を綺麗にする。その最中に美咲の様子を窺うが、視線を床に向けたままどうにも落ち着かない様子でベッドに座っていた。
(……こりゃあ、なんかあったな)
若葉はスマホに『闇医者』からのメッセージが無いこと、そしてバンが停止していることを確認する。
「美咲。ちょっと散歩でも行かねーか?」
「……え? あんまり外に出ないほうが良いんじゃ――」
「良いんだよ別に。『宝石の盾』に見つかったらぶん殴ってやる。ほら、行くぞ」
「――は、はい」
美咲は背を押されながらバンを出る。陽射しに目を細めながら周囲を見回すと、そこは二人の見知った土地ではないようだった。
ひんやりとした外気に、道路はところどころヒビが入っている。周囲には高い建物は見当たらない。バンは砂利の敷き詰められた空き地に停まっていた。
「なんつーか……田舎だな」
「でも人家も店もしっかりありますよ。まぁ若干くたびれてますし、通りを外れればもう森やら山って感じですが」
二人は歩き出す。建ち並ぶ民家はどれも時代を感じさせるもので、庭も広い。土地代が安い相応の場所ということなのだろう。それを裏付けるように、名の知れたコンビニやファミレスのチェーン店は何処にも見当たらなかった。
「個人経営のお店ばっかりですね」
「ああ。しかも流石にこの時間だと閉まってんな。ったく、どっかで飯でも食いたかったがしゃーねぇ……。まぁ散歩だけってのもオツなもんだろ」
「……ですね」
鳥のさえずりに耳を傾けながら、二人は歩く。涼風に揺れる木々を見ていると、まるで時間がゆったりと流れているように錯覚してしまう。
「美咲」
「……なんでしょう?」
「聞いて良いのか分かんねぇけどよ。なんで泣いてたんだ、お前」
そう言って立ち止まった若葉の方へと美咲は振り返る。若葉の顔が木々へと向けられているのは、その鋭い目つきでの威圧感を少しでも与えないための気遣いか。
「……いえ、あれは……別に」
「そうか」
「……すいません」
顔を伏せる美咲に対し、若葉は何も追求しない。ただ一言だけを述べると、すぐ近くにあった店の前に立つ。
「ほらこれ、見てみろよ」
店外に置かれたワゴンの中には雑多な小物が値札付きで置かれている。かんざしやら小箱やら植木鉢やら、良くわからない土偶か埴輪のような物まで。張り紙曰くそれら全てが手作りのようで、備え付けの箱に料金を支払う形のいわば無人販売だった。
「綺麗なもんから良くわからねーもんまで色々入ってるぞ。田舎とはいえ流石に不用心だよな、全く」
「……確かにそうですね。でも、それだけ治安が良いってことですし。……良い場所ですね」
「ああ」
若葉はポケットから財布を取り出すと、小銭を箱に放り込む。そしてワゴンの中身を一つ手に取り、美咲に向き合う。
「なぁ、美咲。全部をアタシに言ってくれる必要はねぇ。お前が話したいと思ったことだけ話してくれりゃ良いさ」
「え……」
「自分で言ってただろ。『私は面倒くさいんだ』って。アタシはそれを承知で居るんだ。承知の上で、お前の居場所になってやるって言ったんだ」
若葉の細くも角ばった指が、優しく前髪に触れる。きっと数え切れないほどの戦いを越えてきたであろうその手には、黄色で厚ぼったいシンプルなヘアピンが握られていた。
「だからな、まだまだ信用できねぇかも知れねーけど……謝ることなんてねぇよ」
角の削れた、装飾もないシンプルな長方形のヘアピン。それは真っ直ぐな若葉を表しているようで、不器用な美咲を表しているようで。しかし綺麗で、艷やかで、可愛らしくもある。
「安心しろ。どんなだってアタシは一緒に居てやるから」
目に掛かっている前髪の半分を左に分けてまとめ、目尻の近くでパチンと留める。そうして覗いた瞳は海のように深く、それでいて星空のように輝いていた。
「……若葉、さん……」
「ん?」
「ありがとう……ございます」
「……おう」
微笑む若葉の隣を美咲は歩く。地面に伏せられていた顔は、既に前を向いていた。
「さ、そろそろ帰るか。『闇医者』には連絡入れといたとはいえ返事ねぇし、いつ出発するか分からねーからな」
「はい! で、その……帰る時なんですけど、えっと……」
美咲はせっかく上がった顔をまた伏せながら、おずおずと手を差し出す。
「……手を……繋いでも良いですか?」
薄い唇は固く結ばれ、僅かに震えている。耳まで真っ赤に染まった顔は、ヘアピンのせいで隠し切れていなかった。
 




