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魔法少女の恨みごと⑥




「……やるか」


 若葉が軽く跳びはねると、その両脚が薄緑色の光を帯びる。それは収束し、形を持ち、やがてブーツのように膝から下を覆う形の装備……レガースを形成した。

 非常に厚ぼったく、透き通るような薄緑色でありながらも無骨で重苦しい。それは印象に違わない重さを持っていた。


「テメェ、なんだそれ――」


 少女が言い切る前に、若葉の回し蹴りが身体の前を薙ぐ。さっきまでのようなスピードは影も形も無いが、しかし空を押し潰すような音と威圧感はまるで――。


「――ッ!!」


 いきなり水滴が落ちたように、少女の背筋が冷たくなる。若葉の空振った蹴りは全身のバネを活かした回転により、遠心力を伴って再度襲い来ていた。これを止めなければ。少女はそう直感し、血の爆破で迎え撃つ。


「――ッらああああ!!!」


 工場の中で、怒号と共に破裂音が轟く。手袋に染み込んだ量の血の爆破であれば、骨程度なら軽く砕け散るほどの威力を持っていた。無論、魔法少女の強靭な骨がである。仮に鉄塊とて無事では済まない。


 だが、爆発の中心地から弾き出されたのは、空気に曝された少女の右手。手袋は爆破によって形も残らず塵となっていた。


 しかし、若葉の蹴りは止まらない。まるでブレイクダンスのように両腕を支えとし、遠心力によって速度を増して、薄緑色の軌跡を描く。


「ぐ……テメェッ!!!」


 そして光の軌跡が揺れる。充分な速度を持ったその蹴りは、若葉が全身で跳ねたことで斜め上から振り下ろされる。それは蹴りというより、斧や鉈を想起させる一撃だった。


(受け止め――)


 少女は防御のために両腕をかざす。武術の心得を持たないために偶然の産物ではあるが、それは腕を十字に交差させた「十字受け」。少女の持つ耐久力と合わせれば、鉄壁の防御力を誇る。

 であれば、如何にレガースが装備されていたとて。全体重が乗り、重力にもアシストされ、遠心力を伴っていたとて、たかが蹴りの一発など――



「――っぐ――あああああ――ッッ!!!?」



 薄緑色の光がぶつかる。血の爆破など比ではない、地盤ごと揺らすような空気の破裂音が轟いた。


 少女は己の腕を見る。付いていた。吹き飛んではいない。しかし、そう錯覚するほどの激痛と衝撃に襲われたのだ。そして、それを表すように両腕は無惨にひしゃげていた。


「あぐ、うう……ッ!!」


 アドレナリンが過剰分泌されていなければ、きっとショックと痛みで気絶していただろう。

 だが、とはいえ動けるようなダメージではない。膝を着いた少女が出来るのは、クルリと回転して威力を吸収し、静かに立つ若葉を睨みつけることだけだった。


「……終わりだ」


「ぐ……クソッ……!」


 少女は直感していた。恐らく、今の一撃は本気では無いのだろうと。本気で蹴ったのであれば少なくとも腕は開放骨折し、血が噴き出るからあえて威力を抑えているのだろうと。そう直感し、同時に勝てないと悟った。


「クソ……クソッ……! 私が守らなきゃ……クソッ……!!」


「悪ぃな」


「うるせぇ、偽善者ぶってんじゃねぇ!! ……早く……殺せよ……」


 若葉のレガースが光となって解ける。


「殺さねぇよ。アタシが頼まれたのは、お前をこっから追い出すことだからな」


「……クソ……! 工場が無くなったら、私は……家族は……ッ! いっそ殺せよ……! 殺して……くれ……」


 少女の目からはポロポロと涙が溢れていた。誰もが全ての行動に理由を持つ。この少女の言葉からも、持つ理由は推察出来た。だが、だとしても助けられるわけではない。


(……ったく……)


 助けられるわけではない、が。


「……お前、金に困ってんだろ?」


「は……?」


「お前ぐらい強い魔法少女で金に困ってるってことは、つまり『宝石の盾』は知らねーってことだ」


「あ……? 何、言ってるんだよ……?」


「葵原に行って『宝石の盾』のメンバーを捜せ。そんで『ブレイズ』って奴に会え。……『クローバー』の名前を出せば、何かしら仕事を斡旋して貰えんだろ」


「……っ……」


「あと、暫く変身は解かないまま生活しとけよ。落ち着かねーだろうが、三日もすれば骨折は治る」


「……ぅ……なんだよ、それ……なんなんだよ……! う、ぐ……クソッ……!」


 若葉は変身を解き、嗚咽を背に歩き出す。重い扉を潜ると、人間のことなど知らずにてっぺんまで昇った太陽が煌々と輝いていた。


「……もしもし。終わったぞ」


「了解。……お疲れ様」


「……ああ」


 バンの荷台に乗り込むと、また走り出す。次の仕事か、あるいはただ走るだけか。


「……今度こそ、守らなきゃならねぇからな」


 呟いた言葉は廊下の静寂に吸い込まれ、誰の耳に入ることもなく消えた。

 そして深呼吸をひとつ。扉を開けた先には、肩までの黒髪をぴょこぴょこ跳ねさせる可愛らしい少女がベッドに腰掛けていた。


「――若葉さん! おかえりなさい!」


「おう。ただいま、美咲」


 守らなければ。二人は互いに一致する想いを抱いて、同じ気持ちで笑みを交わした。




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