魔法少女の恨みごと⑤
「お前らみたいなのが居るから……!! こっちには守らなきゃいけない……絶対に譲れないもんがあるんだよ!!」
「……譲れないもの、か。それならアタシも持ってるよ。だから……すまねぇが、仕事は果たさせてもらうぞ」
「ブッ殺す!!!」
彼女には恐らく若葉の言葉など耳に入っていないだろう。怒りの形相で拳を握り込み、そして叩き付けるため大股で踏み込む。
(さっき爆弾を投げたのは右手だった。そしてこのパンチも右……利き腕の大振り。なかなか素早いとはいえ、素人だな)
若葉は空気を押し潰すような拳を避けると、カウンターで腹部に拳を叩き込んだ。が、同時に拳を違和感が襲う。
「うおっ!? なんだこの――」
「避けんなッ!!」
二度目の拳も躱し、今度のカウンターは頬に突き刺さる。しかし、僅かにぐらつくものの大きく隙を見せることはない。そして、またしても拳には違和感。殴った頬は明らかに生身とは思えないほど硬かった。
(――コイツ……)
若葉は追撃をせずに距離を取る。姿勢を低く構えると、警戒してか少女は足を止めて攻めに来ない。その間に目を凝らし、『真眼』によって魔力の流れを見通す。
「オイ、どうした? ビビってんのか?」
「……ある意味そうかもな。お前、態度の割に器用じゃねぇか」
若葉を含めた普通の魔法少女が肉体に魔力を帯びているのに対し、橙色の少女の魔力は毛細血管の一本一本にまで細かく浸透していた。つまり「自らの血に魔力を流す」ことそのものが彼女の持つ魔法であり、素早く硬い身体……肉体の強化幅が大きいのもそれ故だろう。血の爆発についても、過剰な魔力を流すことによってさながら風船のように破裂させているのだ。
「んだと……ナメやがって……!」
「いや、褒めてんだよ!」
またしても大股で距離を詰めながら腕を振り上げる少女に対し、若葉は遠間から拳を突き出しつつ広く取っていたスタンスの後ろ足で地面を蹴り、突進する勢いそのままに殴り付ける。刻み突き。美咲に教えた技の一つであった。
拳は顎を正確に射抜くが、やはり大したダメージにはならない。
「――ッラァ!!」
構わず振り回される拳をダッキングで避け、ワンツーで顔面を叩く。だが、やはり少女は怯まない。若葉は続けざまの不格好な前蹴りも半身になって躱すと、懐に入り込みがてら鳩尾に肘をねじ込み、下腹部に鉄槌、そして顔面に裏拳と続け、最後に腰を入れた左ストレートで殴り飛ばす。幾度もの鈍い打撃音が響き、そして身体がコンクリートの床に叩きつけられたものの、それでも少女は鼻血を流す程度だった。
「チッ……! クソが!!」
パンチが当たらないと見ての破れかぶれか。タックルとも呼べない不格好な体当たりを仕掛けた少女の顎を若葉は膝蹴りでかち上げ、左中段回し蹴りで脇腹を叩いた後、顔面へと野球選手の投球フォームように大きな軌道で鉄槌を叩き込む。
少女は更に鼻血を流して大きく仰け反る。しかしまだまだ目は血走り、怒りと闘志に満ちていた。
「な、マジかよ……。タフって言葉はお前の為にあるんじゃねぇか?」
「うるせぇッ!!」
少女はすぐさま右手で鼻血を拭うと、怒りと共に振るう。それを若葉は躱してカウンターを入れるでもなく、大きくバックステップして距離を取った。忘れてなどいないからだ。
少女の拳が伸び切った瞬間、その拳が――付着した血が爆ぜ、空気を押しのける衝撃を放った。
「チッ――!」
拳はゼロ距離で衝撃に曝されたにも関わらず、未だ健在である。だがそれは少女の防御力あってのものであり、他の魔法少女ではこうはいかないだろう。そして少女はその利点を最大限活かすように、ポケットから取り出した赤い手袋を右手に装着する。言うでもなく、その赤色は生地に染み込んだ血。
(コイツは……なかなか厄介じゃねぇか)
戦いが進むほど、必然的に少女は血を流す。そうなるとどんどん相手の武器が増えていき、化け物じみた耐久力も相まって苦しくなっていくだろう。
無論、血を流さない攻撃……絞め技も考えたが、それは難しい。密着して力を込めなければならない都合上、今のように血を染み込ませた物体を隠し持たれていたなら、それを回避出来ないからだ。若葉の『真眼』はあくまで魔力の流れを視れるもの。魔力がまだ流されていない状態の血では隠し場所を看破できない。
「……やるか」
若葉は呟く。かつて美咲にやったように、顎を掠めて一撃で気絶させるのは不可能。あの時は美咲が動こうとしない状況であり、思うままに狙えたから成功させることが出来たのだ。正面からの戦闘では、精密な技巧が求められる技は難しい。
ならばやはり力。今より強い力で無理やり押し切る。頭部のような急所ではなく、狙うは腕や脚。血の流れづらい場所を狙い、ゴリ押す。馬鹿みたいにタフな相手だとしても、若葉にはそれが可能なのだ。




