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魔法少女の恨みごと④




 食事を終えた二人が店の裏手へ回り込むと、そこには白い大型のバンが停まっていた。周囲に人の目が無いことを確認してから荷台へと乗り込む。


 車内に伸びるのは長い廊下。左右には個室に繋がる扉が幾つもあり、二人はその一つに入室した。室内には窓もなく、一つのベッドとタンスに申し訳程度のコーヒーテーブル、それにシャワールームが備わっているのみ。


 しかしながら、無論、それらはバンに納まる広さであるわけがない。これが『闇医者』の魔法の産物であり、ここが『闇医者』の拠点だった。


「おう、すまねーな。これで一旦アタシらの予定は終わりだ。出発して良いぞ」


 若葉はベッドに腰掛けてスマホで電話をかけると、室内に微弱な振動が伝わり出す。バンが走り出したということだった。


「あっあの! 『闇医者』さん!」


 美咲は若葉の持つスマホに声が入るよう、大きく言葉を発する。


「すいません、我儘を聞いて下さって。ありがとうございます!」


 すると若葉は通話をスピーカーに切り替えた。


「この後、それだけ働いてもらうから」


 ぶっきらぼうな声。それだけが流れた後、通話は途切れた。


「はっは! アイツすぐ通話切りやがった! これは多分照れてやがるな」


 二人は『闇医者』と呼ばれる魔法少女によって匿われた。彼女は代価と最低限の信頼さえあれば誰にでも協力する人間であり、『宝石の盾』とも交流があるらしい。そのツテで若葉が協力を取り付けたのだ。ひとまず安全に、二人が落ち着ける場所として。


「……この後は何かするんですか?」


「アタシは代価の仕事だ。美咲はとりあえず休んでて良いぞ。暇なら筋トレしとけ」


 美咲は若葉の隣に腰掛ける。ベッドはシングルサイズであり、二夜ほど明かした感想として、長身の若葉と一緒だと小柄な美咲であっても正直狭い。だが、少なくとも美咲はそれが嫌ではなかった。


「あ、ベッド使うか? ならどいとく――」


「いえっ、あの! 私も……」


「――あん?」


「……私もお手伝い……出来ないでしょうか?」


 美咲は代価としての仕事が具体的にどういうものか聞かされていない。『闇医者』の仕事の手伝いというだけ。だが、きっと危険が伴うものだろうとの予想は容易に可能だった。


「心配なんです……。その、若葉さんに何か起きるんじゃないかって……だから……」


「駄目だ。情けない話だが、何かあった時にアタシがカバーしきれねぇ可能性もある。そんな心配が無くなるぐらいお前が強くなってくれなきゃな」


「……はい」


 気持ちを抑え、美咲はすんなり引き下がる。そう言われるだろうということは分かっていた。そして、自分に反論できる材料が乏しいことも。若葉の言葉は自分を守るためのものでもあることも。


(……強くならなきゃ。若葉さんは戦い方を教えてくれるけど、結局モノに出来るかどうかは私次第)


 強くなる。今の自分はかつてとは違う。守れなかったものを守るためのチカラを持っている。だから、守れるだけの力を持たなければならない。


「……シャワールームに居ますね。懸垂してきます」


「あ、そんならアタシが見てやるよ。やり方でも効果は変わってくるしな」


「はい。……お願いします」



 トレーニングと休憩。その繰り返しを何度も経て美咲がへとへとになった頃、部屋の振動が止まる。車が停止したのだ。

 それと同時に若葉のスマホが鳴る。


「……アタシは仕事だ。美咲は休んどけ」


「は、はいっ……お気を……つけて……」


「おう」


 肩で息をしながらも律儀に身体を起こす美咲に手を振り、若葉は車から出る。そこは大した規模もない工場だった。


「もしもし。ここで何すりゃ良いんだ?」


「目の前の工場。あの中に魔法少女が居るから、ボコボコにして追い出して。二度と歯向かおうと思わないくらいに」


「まぁそれは構わねぇけどよ、いったい何がどういう訳でソイツをボコらなきゃいけねぇんだ?」


「……これは私の知人の手伝い。気にしないで、言われたことだけやってくれれば良いわ」


「ったく……わーったよ。で、ソイツの魔法ぐらいは分かってんのか?」


「血よ。爆発するらしいわ」


「あん? それはどういう――」


「情報はそれだけ」


「――おい。ったく、切りやがった。……はぁ、しゃーねぇなぁ」


 若葉はスマホをポケットに突っ込むと、魔法少女へと変身する。服は飾りっ気のなく、丈の短いチャイナドレスのような薄緑色の装束へ。足元はそれと同じ色のショートブーツに。髪もツンツン外にハネたセミロングのまま輝いている。ドレスのスリットからは非常に靭やかで筋肉質な肢体が覗くが、そこに魔法少女という言葉から連想されるような華美さはさほど無かった。


「……居るな」


 若葉の『真眼しんがん』は扉越しに中の少女の姿を見とめる。どこか回り込める場所を探し、不意打ちを仕掛ける選択肢もある。だが、若葉は正面から堂々と扉を開け放った。


「邪魔するぞ」


 埃の舞う中、雑に敷かれた布団に座っていた少女がこちらを振り向く。既に変身しているようで、橙色の燕尾服に似た装束に身を包んでいた。調子が悪そうに点滅する電灯によって映し出されるのは、若葉に負けず劣らず吊り上がった鋭い目付きの端整な顔。長い髪は前髪ごと大胆に纏めて縛られており、身長は若葉より一回り以上小さいものの、時代が時代なら男装の令嬢とでも呼ばれていたことだろう。


「チッ……ヤクザは魔法少女まで抱えてるのかよ」


 しかし、その口調は無法者とでも言うように荒々しい。


「あん? ヤクザ?」


「何をとぼけてるんだよ! 良いからさっさとかかって来いよ」


 橙色の少女は布団の側に置かれていたペットボトルを二本掴むと、ズカズカとこちらへ歩いてくる。滾るのは紛れもない敵意。

 そして、若葉はこの仕事について思い当たる。


(……これ、もしかしなくても地上げか借金のカタじゃねぇのか? 居座ってんのが魔法少女だったからヤクザが自分のとこで解決できなくて、何の因果か『闇医者』んとこに依頼が来たみてーな。……畜生、気分悪ぃな。美咲が来なくて良かったぜ)


 嫌気が差す仕事だが、仕方ない。若葉は拳を構える。


「こっちは譲れないものを持ってんだよ。さっさと消えろよ、ヤクザの駒が」


「ちげーよ、アタシはヤクザじゃ――」


 若葉が言い切らないうちに、橙色の少女は片方のペットボトルを放り投げる。半分ほど入っている液体は赤色の――十中八九、血だろう。『闇医者』からの情報によると爆発するとのことであり、若葉の『真眼』も血に込められた魔力の膨張を確認していた。


 若葉は素早く横に跳ぶ。情報通り、ペットボトルは人ひとりなら包み込むほどの光を放って爆ぜた。


(……なるほど。爆発するっつっても、熱やら爆風があるわけじゃねぇ。()()()のは魔力の衝撃だけだな)


 それを回避した若葉の様子に、橙色の少女は顔を更に歪ませる。


「驚かない……魔法を知ってる。やっぱりそうじゃねえかテメェ。ヘタクソな芝居なんぞ打ちやがって!」


 再度少女は腕を振りかぶり、ペットボトルを投擲する。それに対して若葉は避けるのではなく踏み込み、血に込められた魔力が膨張し切るより速く蹴り飛ばした。

 橙色と薄緑色。二つの間で光が弾ける。


「お前らみたいなのが居るから……!! こっちには守らなきゃいけない……絶対に譲れないもんがあるんだよ!!」


「……譲れないもの、か。それならアタシも持ってるよ。だから……すまねぇが、仕事は果たさせてもらうぞ」



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