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魔法少女の祈りごと⑦




 月明かりに照らされた大通り。真夜中ながら未だ明かりが点いている店舗もあるが、しかし一人として客も店員も姿は見えない。『人払いの結界』が貼られているからである。


 そんな明かりの中に一人、適正より何サイズも上であろうぶかぶかの白いパーカーで細身の身体を包み、紫のインナーカラー入りの黒髪を低く一つに結った少女が歩いていた。その足元には夥しい量の血と――両断された少女の遺体。


「ったく……『欠片』として認められたからって、何でもない魔法少女までやたらに斬りまくってるんじゃないよ。あんたのせいで学校休んで九州まで飛ぶ羽目になってんだけど? ねぇ、『プライド』……永峯ながみね 長門ながとちゃん」


 両耳のピアスをきらきらと輝かせ、黒髪の少女は言葉を投げる。視線の先、月明かりの下に立つ影――死装束を思わせる雪色の着物と長髪、そして腰には一振りの刀を携えた艶めかしい印象の少女『永峯ながみね 長門ながと』へと。


「なーがーとーちゃーん、聞いてる〜? 昔から伝わるちょーマイナーな剣術の使い手で、『正しき事の為に剣を振るいますぅ』って言って『宝石の盾』に入った長門ちゃーん?」


「……人を――」


「へぇ? なーに?」


「――人を斬り続けることで至る頂。それが、古来より受け継がれる『永峯流ながみねりゅう』の極致。……この血の抱く渇望は……容易に止められるものでは御座いません」


 雪のように、氷のように冷たい視線と共に長門は腰の刀を抜き放つ。こびりつき、ぬらぬらと照る血と脂は、纏う冷気によって刀の一部となっていた。


「あーそっすか。要するに自制心が足りなかったってことね。元々武術の心得があるような子が魔法少女になるとね、よくあるのよー……そういう馬鹿な考えをすることが」


「『ミラージュ』さん。貴女にならご理解いただけませんか? 同じように……いえ、私以上に殺しを重ねている貴女なら」


「ん、いや全く。戦うのは嫌いじゃないけどさ、私はあくまで仕事でやってるだけだし。あんたみたいな殺人鬼とは別。……あんたみたいな、どうしようもなくなった奴らを殺しまくってきただけだからさ」


 長門は場に殺気が満ちたのを感じ、大上段に構える。現在の間合いは十歩。


「……どうぞ、変身なさってください」


「あ? あんたみたいな雑魚、このままで充分でしょ。ま、とはいえ私もあんたと同じ一刀使いとして……永峯流の奥義とか見てみたいよね。あるんでしょ、そういうやつ」


 ミラージュが言うと、ぶかぶかのパーカーの右袖口から両刃の剣が現れる。持ち手付近は袖により隠れているが、長門が見るにその長さは30センチ程度であり、ダガーナイフなどと呼ばれるものだった。刃渡りは長門の持つ刀の半分も無い。現在の間合いは七歩。


「……如何に『カラフル』さんの懐刀とはいえ、剣でこの私に挑むとは笑止。良いでしょう。お望み通り、三途の川の渡り賃代わりに見せて差し上げます」


 長門は握りを確かめ、爪先へと力を込めた。永峯流の奥義である『かね』を放つために。


 それは三の太刀によって構成される。一の太刀は敵を逃さぬため、間合い、体格差、得物の差を考慮することにより「受け()()させないこと」「避けさせないこと」に主眼を置いた大上段からの袈裟斬り。


 これより繋がる二の太刀は左一文字斬り。一の太刀により弾かれた敵の得物の位置により、腿、胴、手首あるいは握り手を狙う。重要なのは得物を避けるようにではなく、むしろ巻き込むように斬り払うこと。瞬く間に別方向への力を加えられることにより、技を受けた者の半数は得物を手放してしまうことになる。そうでない者も、連続した力の流れに翻弄される。


 それらの布石を経て振るわれるのが、最期を告げる三の太刀、手首を返しての逆袈裟斬り。一の太刀によって退くことは叶わず、二の太刀によって流された得物如きでは止めることも叶わない必殺の一撃である。空に三角を描くようにして放たれる剣技、これこそが奥義『鐘』。


 『鐘』は必殺であるが、使えるのは対武器に限られる。そして二刀以上の相手に対しては多少追加の工夫が必要であるものの、ミラージュが携えるは一刀のみ。故に長門は迷いなく重心を、呼吸を整えた。心拍で間を図る。そして――




――五歩。それは『鐘』の間合い。




「――せいッッ!!!」


 完璧な間合いとタイミングで放たれた一の太刀は、ミラージュが防御のために掲げたダガーナイフを捉え、下方向へ流した。狙い通り、受け止めさせず受けさせる。


「――ふッ!!!」


 二の太刀。狙いは腿の位置。『鐘』を完成させずに直接胴を斬ることも考えたが、しかし長門は定型通りに下方まで流された得物を、ダガーナイフを狙って斬り払う。強かに打ち付けられ、ミラージュの手からそれが弾き飛ばされた。


(変身すらせずに相対するだと!? 私を……永峯流を修める私を雑魚だと――侮った報いを与えてやる!! 貴様の死を告げるのは、この『鐘』の音こそが相応しい――ッ!!!)


 そして、三の太刀。一の太刀によって退くことは叶わず、二の太刀によって既に得物も失われている。それが意味するのは、すなわち完全なる『鐘』の完遂。必殺の一撃、最期を告げる逆袈裟斬りがミラージュの脇腹に吸い込まれる――直前。


「――っ……か……ぁ!?」


 長門は理解できなかった。辛うじて分かるのは、喉に激痛が走っていること。そしてその激痛は、脳が身体への信号を即座に停止させるほどに強烈なもので、逆袈裟斬りが放てなかったということ。そして痛みの大元は黒い棒のようなものであり、生身であるはずのミラージュの左腕が人間ではありえない速度で動き、その袖口から突き出されたものだということ。


「いーや凄い凄い! やっばい技じゃんそれ! ……ま、技の内容とか弱点とか……お宅にお邪魔して聞いた後だけど」


 長門の手から刀が零れ、脚から、全身から力が抜けていく。喉に深々と突き立てられていたのは、ミラージュが左袖に隠していた特殊警棒。三の太刀より速く、そして隙間を抜けるように放たれたのは、伸縮機能を使い喉仏を潰す一撃だった。


 軽薄な笑みを浮かべて警棒をくるくると弄ぶミラージュを睨みつけ、長門は呼吸もままならない喉から声を絞り出す。


「……ぁ、がぁ……っ……お、同じ……一刀……ぃ、言った……のに……」


「あ? いや言ったけどさ、これ刀じゃなくて警棒だし。ちゃーんと『同じ一刀使い』じゃん。勝手に勘違いして何言ってんの?」


 ミラージュは倒れる長門へゆらりと歩みを進める。その瞳は濁った深い海のようであり、それでいて全てを見透かすように、見通すように――黒く輝いていた。


「……ひ……きょ……ぅ、もの……ごほ……っ……」


「あーはいはい、そうですねー。まぁアレだよ、アレ――」


 ぶかぶかのパーカーに隠れた、デニムパンツに包まれた細い脚がゆっくりと持ち上がる。スニーカーが作る影は月光を遮り、長門の雪色の髪を、そして怒りと屈辱に歪む顔を真っ黒に染めた。


「――そういうの、マジウケる」



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